勇者はスケートボードで通学する
勇者リリエはスケートボードで通学する。
朝の道を歩く俺を、アスファルトとローラーの擦れる軽快な音を立てて、リリエが追い越していった。
リリエが髪を周囲にぱらりと舞わせて小さくターンし、停車した。
「クーヤおはよう」
「おはようございます」
リリエのスケートボードは車高が高い。
ボードの下に彼女の武器、ライトニングサーベルが格納されているのだ。街中で武器を持ち歩くためのカモフラージュらしい。剣が少しだけ先端からはみ出している。リリエは、突撃の勢いで敵を突き殺すことが出来る、と言っているが、危ない。
足も固定していない車輪付きの板が、ガレー船の衝角のように頼りになるとは思えなかった。
「そもそもスケートボードを移動手段に使わないで下さいよ。怒られますよ」
「大丈夫だ、許可は取ってある」
「そんな許可、聞いたことありませんよ」
どういうわけか、勇者は特別に、スケートボードで公道を走ることが出来る免許を持っているようだった。緊急事態に素早く移動することが出来るよう、申請さえすれば認められることらしい。
「私は一輪車の特例も持っているぞ」
「それ、かえって遅くなると思いますよ」
一輪車に乗ったまま戦う勇者がいたら、きっとそいつは魔界のモンスターを舐めているに違いない。リリエならやりかねないとも思えてしまうあたりが、彼女の仲間としては不安だ。
「クーヤもスケートボード乗ろうぜ。ショーンホワイトみたいなカッコいい技を使おう」
リリエはスケートボードに乗ったまま垂直にジャンプした。彼女の足を離れたスケートボードは空中でくるりと上下に一回転して着地する。
「俺はリリエのように運動神経が高くないんですよ。そんな乗り物なんかで町を走れないですって」
「そうだなー。クーヤは重心が高くて不安定になりそうだからなー」
「背の高さは関係ないでしょう」
リリエは何かと話しを俺の身長に結び付けてくることがある。俺が気にしていることを知っていて、ちょっかいを出してくるのだ。小学校の頃からずっと、クラスの中では背が高いまま。そのせいで、カワイイ系の女の子になることは、諦めるしかなかった。それに、運動が出来るのだと思われることも多く、体育で何か凄いことをするんじゃないかと期待される度に、穴にでも潜って息を潜めていたい気分になるのだ。
「ボードに乗ってモンスター倒しに行くパーティとかかっこいいと思うんだけどなー」
「勇者っていうよりファッショナブルなチーマーみたいですねそれ」
或いは、かつて軍隊の機動力を高めるために乗り物を与えられた自転車化歩兵のようだなと思った。
* * *
ある日、俺は叩きつけるような雨の中を登校していた。
傘に水滴が当たる音は絶え間がない。夏が終わりきっていないというのに、見渡す限りの道路を覆う飛沫が、町の気温を下げていく。
風に流された雨が足を濡らしていて、学校に着いたら授業中に痒くなりそうで嫌だなあ、と思った時のことだ。
「クーヤおはよー」
こんな日でもスケートボードに乗って通学しているリリエが、呑気そうな挨拶をしてきた。
「おはようございます。よく雨の中それに乗ろうと思いますね」
「雨の中だからこそだよ。自転車と違い、これは両手がフリーなんだぞ。傘さしながら乗れるじゃん。それに、風を受けていつもより速く走れるんだぞ」
リリエは帆船のように傘で風を受けて加速し、俺の前方へと走っていった。彼女は結局傘を傾けているので、もろに雨を浴びている。
ただ単に、いつもと違う状況で速く走りたいだけではないか。
台風の中、町に出てスリルを味わう小学生と何ら変わりない。
楽しそうにスケートボードを旋回させるリリエは、小学校高学年に見えそうでもある。幼い。
「危ないですよ。あなたが怪我したら誰が勇者の代わりをするんですか」
「クーヤが治してくれるからへーきへーき」
リリエはこちらにスケートボードを向けた。
その時、びゅお、と不意に強い風が吹き、リリエの軽い体を押した。
「うわわ」
「うわわ、じゃないですよ!」
どういうわけかエンジンでもついたかのように急加速したリリエのスケートボードが、一瞬で俺の目の前までやってきていた。
素早く身体の軸を回転させ、リリエを避けた。俺の足元の空間を、ライトニングサーベルの剣先が切り裂いていった。
「俺の足首を斬り落とす気ですかっ」
「ごめんごめん。でもクーヤは回復魔法使えるからへーきへーき」
「限度がありますよっ!」
リリエは俺を何だと思っているのだろう。もちろん冗談で言っているのだろうけれど。
そしてまた、強い風が吹く。彼女の運動能力を持ってしても、スケートボードの上で不規則な風を受けるにはスキルが足りていないようだった。
「うわわ」
スケートボードを前に蹴り出す格好になり、リリエの身体が後ろに傾いていく。彼女に近寄って、服の裾をなんとか掴んで、支える。
「ほら、危ないじゃないですか」
リリエの手から離れた傘が、風に吹かれて道路の上を転がった。彼女は、ごめんごめん、と悪びれもせずに言うと、俺と目を合わせた。
「でもこうやってクーヤが助けてくれるから、へーきだね」
濡れた髪を頬にこびりつかせても尚、リリエの顔は可愛さを失うことはなかった。むしろどことなく色気まで帯びていて、笑みを向けられると……ええい、同性だぞ、リリエは。思わず胸の奥の脈が弾けてしまい、文句を言いかけた俺の口からは何の音も出なかった。
「いっ、いつもあなたが怪我しないように見張ってるわけにもいかないんですよ。風の強い日はヘルメットでも被っててください」
「ちぇー。わかったよ」
リリエは口を尖らせた後に、急に「あ」と言った。スケートボードが滑走していった先を見ている。
俺もそちらへ視線を向け、リリエと同じ言葉を発した。
緩い坂を単独で加速し続けるスケートボードは、進行方向を少しずつ斜めに変え、停車中の乗用車に突っ込んでいった。
タイヤに突き刺さるライトニングサーベル。
「流石は私の愛車だ。格上の車にダメージを与えたぞ」
「えっへんじゃないですよ。あれ『戦闘による一般器物破損』で済むんですかね」
「うわー、マジか。あれ書くの滅茶苦茶めんどくさいんだよー」
モンスターとの戦いで勇者の攻撃が町に被害を与えてしまった場合は、報告書を提出することになっている。今回の場合、戦闘すら発生していない。反省文も追加する必要があるだろう。
「クーヤ、書いといてくれない?」
「だめです」
だよねー、とリリエが言い、俺たちは並んで歩き始めた。
今日の放課後は、和室でリリエの報告書作成に付き合うことになるだろう。多分、半分以上を俺が書くことになるのだろうけれども。
「このスケートボード、モンスタートラックとか倒せるかな」
「やめた方がいいと思います。ライトニングサーベルが粉々になりますよ」
スケートボードを回収したリリエは、歩いて登校することにしたようだ。
水気の多い場所を避けるリリエの足取りは、ちょこちょこと小さい。やはり、遠目から見たら小学生に見えそうだな、と思った。
後日、風の強い日にスケートボードで通学するリリエは、シンプルな原付用のヘルメットを被っていた。
彼女なりに、俺の言うことを聞いてくれたらしい。
頭が安全だからとバク宙のトリックを決めようとするので、かえって怪我をしそうではあった。