いつもの放課後~現代に生きる化石のようなもの~
ぴこ、ぴこ
とポップな効果音が、学校の和室に鳴り続けている。
リリエは伏せながら携帯ゲーム機で遊んでいた。
部員不足で茶道部がこの学校から消滅した後、手芸愛好会という名目で、リリエと俺は放課後の和室を占拠し続けている。
編み物や工作をやったことは無い。リリエが居心地のいい溜まり場を作り出しただけだ。この学校では、愛好会は活動報告すらしなくていいので、リリエと俺は和室を使い続けることが出来るのだ。
放課後、リリエと俺が一緒にいるのは、一応、俺達が勇者のパーティということになっていたからだ。町にモンスターが出現する日には勇者とその仲間が集まる決まりがあるのだ。
週に何日かを二人一組で行動するうちに、いつのまにか、常にそうしているのが習慣になっていた。
俺は英語の予習で長文をひたすら訳し続け、リリエはずっとゲームをしていた。
「クーヤも化石彫ろうぜー」
「手分けして訳するはずじゃなかったですか。なんでリリエだけずっとゲームしてるんですか」
「モンスター倒してからでいいって。もうすぐ出るんだからさー」
リリエはタッチペンで携帯ゲーム機を操作し続ける。この前は結局、俺が8割の英訳をしたような気がする。
学校にゲーム持ってきて、面倒くさがりで、勉強も適当で、こんなのが勇者だ。
「ゲームや漫画が好きな子供たちがあなたを見たらがっかりしますよ」
「現実を知るいい機会じゃないかー。昔の勇者達だってきっとこんなもんだって。今はネットとか発達してるからさー、英雄譚とか作られにくいんだって」
「あなたには勇者としての誇りが無いんですか。活躍した先祖とかいるんでしょう?」
「クーヤ、誇りで飯は食えないんだぞ」
「何を達観した大人達みたいなこと言ってるんですか。厨二病ですか」
「勇者だからなー、存在が厨二だぜ」
確かにそうだ。勇者らしくしろ、とリリエに言ったところで、そもそも彼女は本物なのだ。
「現代は夢が無いぜー。化石彫るのも全部誰かが作ったゲームだぜ? 少年たちが山に発掘しに行っていた時代が羨ましいなー」
リリエがしみじみと言った。それは、現代社会ではもはや創作でしか語られることのない、勇者の戦いや冒険とよく似ているのかもしれない。
「それにしても訳わかんねえゲームだなこれ。何で97式中戦車改の化石が出るんだよ」
「いや、むしろそれはそれで興味を注がれるんですが……」
俺は携帯ゲーム機を覗き込もうと立ち上がってリリエの傍まで歩いたが、ほぼ同時に、畳の上に置かれた彼女のスマートフォンが鳴った。
『モンスターが出現しました。勇者は速やかに対処してください』
画面にはそう表示されている。
現代では、モンスターの出現を検知して勇者に知らせるようになっている。情報技術の発展が、勇者の活動をシステマチックなものにしているのだ。
だが、いつもモンスターが出現したらすぐに倒しに行くリリエが、今日は床に転がったままだった。
「リリエ、何をしているんですか」
「今いいところなんだよー。アンモドラゴンナイトの化石が発掘できそうなんだ。モンスターどころじゃないぜ」
「何ですか、その強そうな騎士みたいな名前の化石は。って、モンスターを倒す方が先ですよ、いきましょう」
つい俺も、リリエがプレイしているゲームの内容が気になってしまう。
俺は首を横にぶんぶんと振り、リリエの首根っこを掴んで引っ張り上げた。軽量小型なリリエは、特に力が強いわけでも無い俺でも余裕で持ち上げて、立たせることが出来る。
「あー、クーヤまってー。まだセーブしてない、電池切れちゃうよー」
「じゃあそれ持ったままでいいですから、早く行きましょう」
和室の入り口で上履きに足を突っ込み、俺たちは廊下を走り出した。
このように、勇者リリエは、片手にライトニングサーベル、もう片方の手に携帯ゲーム機を持って、モンスターを倒しにいくような奴だ。
* * *
■参考資料:勇者たちのランク
・神格級勇者
大魔王を撃破可能な戦力を有する勇者。
・伝説級勇者
魔王を撃破可能な戦力値を持つ勇者。
・英雄級勇者
魔王軍の将軍クラスを撃破可能、
または魔王軍配下の1個軍団と交戦可能な戦力値を持つ勇者。
・勇者
魔王軍軍団長、または同等の敵戦力と交戦可能な勇者。
※勇者リリエはここに分類される。
・ゴミ雑魚カス勇者
スライムとの戦闘で敗北する戦力値。