俺とリリエ
放課後、校舎の中にある和室に入ると、リリエが畳の上に座り、机に伏せて寝ていた。
窓からは春の日差しが射し込んで、部屋の温度を暖めている。授業が終わった解放感よりも、眠気の方が大きかったようだ。
上履きを脱いで畳に上り、リリエを見おろす。彼女が丁度、寝返りでも打つようにして顔を横向きにした。
リリエの顔は西洋人形のように綺麗だ。
美しい、というよりは、彼女の身長が低いせいで、可愛い、という表現の方が合っている。リスいずれにしろ、彼女をみて気を悪くする者などいないに違いない。
顔の綺麗さは、同性としては嫉妬すべきところでもあるはずだが、特にリリエに対してはそのような感情は生まれない。
きっとオーラのようなものが、リリエからは出ているのだ。俗人ごときが妬むのは、おこがましいのではないかと、なんとなく感じてしまう。彼女は、他人から敵意を持たれにくい性質があるのかもしれない。
リリエを眺めながら、ナチュラルメイクすら無しでこの可愛さか、と感心していると、彼女の口が僅かに動いた。
夢でも見ているのか、リリエは俺の名前が入った寝言を言う。
「むにゃむにゃ。クーヤの身長がまだ伸びるのか―。高すぎて顔が見えなくなったぞ」
俺は夢の中で巨人にでもなっているのかよ。
身長が高くて悪かったな。
頬でもつまんで引っ張ってやろうかと思ったけど、リリエがとても気持ちよさそうに寝ているので、邪魔をする気が薄れてしまった。
のんびりとした和の空間の中、微かに運動部が練習をする掛け声が聞こえて来る。
鞄を部屋の隅に置き、リリエと対面になるように幅広の机に座った。
そのうちに、眠くなってくる。
俺もリリエと同じように、自分の腕を枕にして、陽気の中に意識を溶け込ませていった
* * *
俺とリリエの身長差は、15㎝以上ある。特に俺の背が高いのだ。
身長169.4cm。四捨五入すれば、俺の身長はギリギリ170cmの大台に乗らないで済む。しかし、でかいことには変わりがない。
以前リリエが「私はあと5㎝くらい身長が欲しいぞ。分けろよー」などと言って来たことがある。
出来ることならばそうしたい。モデル体型と言えば褒め言葉なのだろうけれど、俺は女の子らしく、可愛くありたかった。
慎重が高い女性が「カワイイ系」の服を着ると、なんだか「カッコカワイイ系」になってしまうのだ。
どれだけぶりっ子っぽくしても、でかさだけは隠せない。背が低いだけなら、ヒールを履くなりして、丈を伸ばせるのに。
可愛いは似合わない。そう自分で思い込んでしまったせいで、一人称は俺になっちゃうし。
せめてもの抵抗で髪を伸ばしているので、俺の後姿はちゃんと女の子に見えることだろう。
もし俺の髪がショートカットで、リリエと並んで町を歩いたら、遠目にはカップルにでも見えるのかもしれない。彼女の可愛さに、俺が釣り合うかどうかはともかくとして。
リリエを恋人にでもできたら、さぞかし幸せなことだろう、とは思う。
でも、俺には女の子同士っていう、そっちの趣味は無い。
リリエの容姿に対する感想は、猫を見て、可愛いと思うのと似たような意味合いだ。