バレンタイン前
今年活動報告にあげた小話です。
「恵美、買い物行くからついてきてくれない?」
「えー? 荷物持ち?」
忙しいのに…って呟こうとしたけど、ママの視線が痛かったから諦めた。ノックなしで部屋に入るのは遠慮してほしいなぁ。
考え事をしていて忙しくはあったんだけど。
「色々と考えることが」
「ベッドで寝転んでできるんだから買い物しながらでもできるでしょ」
言いながら身支度。といってもコートとか着るだけだけどね。
買い物って近所のスーパー?
コートにマフラー、手袋装備でママの後をついていきつつ気付く。時間帯の所為なのか、誠司と学校帰りに寄る時に顔見知りの人に会った事は無かったんだけど。
ママと一緒に居るところを店員さんとかに見られるって思うと気恥ずかしい。
でもここが一番近いもんなぁ。生ものとかあるから特別な製菓材料以外はここで買うし…。教科書とか荷物もあるのに遠いところで買って帰ろうなんて言えないし、いったん帰ってから遠くのスーパー行こうとか論外だし。
うーうー唸るその悩みが杞憂だって知るのはすぐだった。
まっすぐスーパーへ向かうって思っていたママが、駐車場に向かったから。
スーパーに行く時は歩きでいくからね。持ちきれない大荷物になる予定で、って車を使う事もあるけど、荷物持ちとしてあたしを呼んだんだから、たぶんそれはないはず。
どこに行くんだろう?
「こ、ここは」
ママが向かった先は戦場だった。
勿論比喩だけど。
確かに商品を取り扱うお店だから買い物だろうけど、ちょっと扱う商品が偏ってると思う。
一言で言うなら雑貨屋さん。
可愛い雑貨を取りそろえることで定評のあるこのお店をママがご贔屓にしていた記憶はない。
それにね。時期がね。
2月に入ったからね。
スーパーやコンビニが恵方巻きの販売に力を入れていた時期はこの間過ぎてしまったわけで、じゃあ次のイベントに、ってお店側も切り替えてきていて。
節分の関連商品をこの雑貨屋さんが取り扱っていたかは分からないけれど、つまりまぁ、店内は2月にあるもう1つのイベント推せ! 推せ! な状況……うん、濁したってどうにもならないからはっきり言っちゃえば、バレンタイン商戦開幕中、なワケで。
確かに来たかったけど。
「パパに買うの?」
バレンタインにパパにチョコをあげるのはママだけ。チョコよりは好きな晩御飯を作ってくれた方が嬉しいっていうパパの言い分に則っていて、ママがあげるチョコは1口分。代わりにその日のお夕飯は手が込んでて、あたし達も手伝う。ちょっとだけだけど。
こんな乙女の戦場に赴くなんて事は今までなかったのに。
「へー恵美、このチラシにレシピいっぱい載ってるわ。たくさん作れて友チョコ向き、とか親切ね。まあ、昔は義理か本命しかなかったんだけど」
ぽいぽいと押し付けられた小冊子のフリーペーパー。フルカラーのそれにでかでかと銘打たれているのは『バレンタイン』。
同じ物をママも手に取ってざっと眺めてる。あたしが最初のページに目を通すよりも早く、「これなら恵美も作れそうじゃない?」って言われてびっくりした。
「へ? え?」
「今年は誠司君にあげるんでしょ? 誠司君にはいつもお菓子貰ってるし、少しカンパしてあげる」
「!?」
さらっと言われた言葉にあたしは黙るしかなかった。
だって、言ってないのにっ!!
そう、クリスマスデートの時も、結局ママ達には言えなかった。
で、デートはしたもん!
イルミネーションはどうしても夜遅くなっちゃって家族が心配するからダメだったけど。
クリスマスケーキ、を、アイスケーキ、に、したから。
あたしの家に誠司が届けるのも当日じゃなくてもよくなって………ええっと、あの、そのっ、充実したクリスマスでしたっ!
うう…恥ずかしい…。
って、今は考え事してる場合じゃなくて!
そろりと視線を上げると、苦笑するママの顔。
「気付いてないとでも思ってた?」
「…思ってた」
「舐めてもらっちゃ困るわね。ママ、恵美よりもずっと長く女やってるのよ?」
気付いたのは女のカンって事? と、言う事は?
「勿論由美も気付いてるわよ? パパは気付いてないみたいだけどね」
パパには言わないで、って口止めしたのは悪くない、はず。
手作りを推進するフリーペーパーを手にしたままあたしが居たのは綺麗に包装されたチョコの売り場。
包装の中身はこんな風になってますよーって説明を熟読。
あたしのお小遣いよりも高いチョコとか……彼氏がいる人の本命用チョコなんだろうな。
普段のスーパーとかではお目にかかれないチョコを前に悩む。学生なあたしも誠司もこんな高級チョコホイホイ買える身分じゃないから、お菓子作りの研究大好きな誠司はたぶん喜んでくれると思う。思うんだけど。
「あら、売ってるの買うの?」
あたしが迷っていたチョコの説明書きを読んで「高っ!」って思わずな感じで呟いてた。
「手作りしないの?」
「お菓子作りが趣味の人相手に手作り渡せる度胸なんかないよ」
ママだって誠司がお菓子作るの上手いの知ってるのに。
だからお世話になってたけど、既製品の義理チョコすらあげた事なかったのに。
「それはそうだけど、誠司君は手作りが欲しいんじゃない?」
…そんなの分かってるよ。
思っても言わなかった。無言を貫いて、高額チョコをじっと見つめる。
…怨念がこもっちゃいそうだからやめなさいってママに言われて止めたけど。
最初から、売られてるおいしい物を買おうって思ってた。
手作りなんて考えが思考を掠める暇もなく決まってたのに、揺らいだのは誠司に言われたから。
――作ってくれる? って。
チョコ、とは言われなかったけど、節分を過ぎてからの問いかけに「恵方巻き?」なんてボケた質問を返すほどにあたしは馬鹿じゃない。
ただ、即答するのはハードルがね、たっかいからね!
誠司が『手作り』を期待してくれるのは嬉しいんだけど。
結局答えを濁したまま、今に至る、というわけです。はい。ダメダメだって自覚はあるんです。ごめんなさい。
「悩むんだったらこういうのにしたら? ラッピングまでセットになってるみたいよ?」
とん、とママがあたしに手渡したのはチョコの手作りキット。
40個くらいできる配布用と思われるチョコじゃなくて、作れるのは4個。その中でも出来のいいのを選別してプレゼントって流れになるのかラッピングは1個分だけ。
「こういうの、誠司は嫌いって」
「それは誠司君が自分で作る場合でしょ? 恵美の料理の腕が大したことないのは誠司君だって知ってるんだから、こういうのに頼っても別に怒らないんじゃない? 既製品渡されるよりはずっと喜ぶと思うけどなぁ」
「う」
こういうの、頼ってもオッケーなのかな?
「それも割高だとは思うけどね。普段お菓子作らない子が頼るには良いんじゃない?」
勧めてはくれるけれど、ママも誠司みたいにこういうの好きじゃないのかな?
「材料に書いてある小麦粉だって卵だってウチにあるのよ? チョコとカップケーキの紙の型とラッピングあればこんなの買わなくても作れるんだから」
それはそう、だよね。
ちらりと視線を向ければ、キットじゃない製菓材料が並ぶコーナー。
「溶かして冷やし固めるだけでも手作りは手作りよ。誠司君が上手だからって変に気負わないの」
きっと、キットに頼った方が難易度高目なチョコが綺麗に出来ると思う、けど。
それは誰にでも作れる代わりに、誰が作っても同じ味になる。勿論、多少のアレンジはできるだろうけど。
ママに軽く肩を叩かれて、それに心を推されて、ゆっくりと、でもまっすぐに。
誠司はお菓子作るの好きだけど、自分じゃそんなに食べたりしてないから…。
たどり着いた先で真っ先に、あたしは誠司の事を考えながら製菓用のビターチョコを手に取った。
……何作ろう?