上
1945年8月10日、広島県呉市の軍港から一隻の潜水艦が出航した。艦橋には、「イ49」と描かれていた。甲板には、親の鯨の背中に乗った子鯨のように特攻兵器「回天」が二隻、載せられていた。その「回天」を艦橋で見ているひげを生やした海軍軍人が一人いた。
「・・・外道の兵器が・・・」
その男は、「回天」を見ながら言った。
「山本艦長、潜行準備整いました。早く艦内へ。」
山本艦長―――山本三郎は頷いた。報告した男は艦内へ降りるハッチに入ろうとしていた。
「・・・安部副長。後で「回天」搭乗員を艦橋に呼んでくれ。話しておきたいことがある。」
「了解しました。・・・艦長、我々は負けるのでしょうか・・・」
副長から質問された問題は、既に答えが出ている。
「・・・日本が負けるだろうな。原子爆弾のような物を落とされているんだ。持ってあと一週間ぐらいだろう。」
「・・・そうですか。」
副長はそう言って艦内に降りて行った。
「・・・・・そう、日本は負けるのだ。」
山本はそう呟いた後、艦内に降りた。
小笠原諸島 硫黄島沖
この海域を、輸送船十隻と駆逐艦四隻の艦隊が通過していた。向かう先は、沖縄。
「艦長、艦隊司令から入電。クレから潜水艦が一隻が出航した模様、警戒されたし。との事です。」
輸送船団の護衛の駆逐艦「スタンフォード」の艦橋で、通信士が報告した。
「分かった。ソナー班に警戒させておけ。なんたって、今輸送しているのは、ニホンへの最期のプレゼントだ。」
「了解しました。」
通信士が艦橋から出た後、副長が質問した。
「トスカ艦長、たかが一隻の潜水艦ですよ。そんなに警戒しなくても・・・・」
「副長、今輸送しているものは何だ?」
「それは・・・「リトルボーイ」です。」
「もし、その潜水艦が沈めたらどうする。我々は左遷されて、ニホンに勝ったとしても喜べる状況じゃなくなる。」
「・・・了解しました。」
副長は、下がった。何処と無く、恐怖の色が顔に出ていた。
「・・出来れば、沈めて欲しいものだがな。」
艦長―――トスカ・J・ヒィリップスは呟いた。そして、「リトルボーイ」原子爆弾が艦載してあるはずの輸送艦を見た。
伊四九は、潜水したまま豊後水道を進んでいた。かつて、日本海軍の象徴であった戦艦「大和」が出撃して行った豊後水道にも、B-29によって機雷が投下されているからである。伊四九の艦橋に二人の少年兵が呼ばれていた。
「「回天」搭乗員、鈴木定一であります!」
「同じく、松永紀久雄です!」
山本の前に立っている少年兵は、どちらも16歳ほどの年齢である。
「・・鈴木君、松永君、君達は「回天」に乗るつもりだな?」
「当然であります!」
「この時の為に訓練してきたんです!必ず敵をしとめます!」
二人がそういい終えた後、山本の手が頬に入っていた。
「馬鹿者!お前達にも家で待っている者が居るであろう!なのに命を粗末に扱う者が居るか!」
殴られた二人は、目が点になっていた。昨日まで死ねと言われてきたのであるのに、出撃したら死ぬなと言われたのである。
「本日で、「回天」搭乗者から解任、この艦の予備役に入ってもらう。以上だ。」
「・・・了解しました・・・」
二人が艦橋を出て行った後、副長が声をかけて来た。
「艦長、「回天」は破棄しますか?」
「いや、このまま残しておけ。後で役立つかも知れん。」
「了解しました。 艦長、作戦会議の時間です。」
山本は、伝声管に静かに言った。
「各持ち場の班長は艦橋に上がれ。作戦会議を行う。」
数分後、艦橋には数十名の者が集まった。
「これより、作戦会議を行う。まず、敵の戦力及び航路についてだ。航海長。」
「は。まず、偵察機の報告によると、敵の戦力は駆逐艦四隻、輸送艦十隻による輸送艦隊です。沖縄に向かって直進、10ノットで航行しています。」
「それに対してこちらは潜水艦一隻か・・・」
他の将校がそう呟いた後、ほぼ全員がため息をついた。
「水雷長、魚雷本数は?」
「魚雷は二十本、「回天」を使えば二十二本です。」
「一隻に一本ずつとして、残りは八本か。水雷科の奴らが腕が良ければ余裕だな。」
「大丈夫ですよ。この艦に乗っているのは、海中の針を鉄砲で当てられるほどの奴らですよ。」
それは言い過ぎだと思う、と数名が思ったらしく、苦笑いを浮かべていた。
「我が艦は、沖縄から二千km離れた海域で待機、輸送船団を待ち伏せる。以上だ。解散。」
山本が、そう締めくくって作戦会議は終了した。
輸送船団の「スタンフォード」の艦橋では、トスカがコーヒーを飲んでいた。艦内からは、笑い声も聞こえる。
「艦長、あの原爆は使って良いものなのでしょうか・・・。ジャップが戦争を続けているとは言え、一都市を軍民問わず一発で消滅させる。そんな物を使って・・・」
「良いはず無い。軍人はともかく、国民を巻き込む。この戦争で、アメリカは危険すぎる物を手に入れてしまった。この先、何発の原子爆弾が投下されるのか、そして、何人が犠牲になるのか・・・・」
その時のコーヒーは、彼の人生で一番苦かった。その時、通信士が報告に来た。
「艦長、艦隊司令より入電。敵潜水艦はオキナワの沖、二千kmにて待機中である。以上です。」
「・・・他の駆逐艦に通信しろ。三隻は、先行してオキナワへ向かい、潜水艦を沈めろ。護衛は「スタンフォード」がする。と。」
「了解です。」
通信士が去った後、副長がトスカに話しかけた。
「三隻を出せばこちらの護衛は手薄になるのでは?」
「ニホンには、潜水艦一隻出すのもバレているんだ。他に展開している潜水艦は0。奴さえ倒せば後は安全だ。」
「そうでしょうか。」
沖縄の二千kmの海域に到着した伊四九を出迎えたのは、駆逐艦三隻だった。三隻は、二隻が爆雷攻撃、一隻がソナーを打って場所を教えていた。艦内には、カーンと言う音が鳴り響き、その後、周りに爆雷の赤い花が咲き乱れて、伊四九をもて遊んでいた。
「畜生!まだ一撃も加えてないのによ!」
副長が、表情を歪めて叫んだ。すると、あざ笑うように爆発がした。
「メインタンクブロー!深さ二十まで急速浮上!」
伊四九の巨体が、速度を上げて上昇していった。いくつもの爆雷がそばを通っていった。そして、つい先ほど伊四九が居た所で爆発した。
「よし!次はこちらの番だ!1番と2番は魚雷発射用意!敵さんに思い知らせてやれ!」
伊四九は、20mまで浮上。潜望鏡を上げて、正面に駆逐艦を捕らえた。急速転舵中で、その駆逐艦の前前にはさらに駆逐艦がいた。
「1,2番、魚雷発射!」
山本の号令によって放たれた九五式酸素魚雷は、あまり目立たない雷跡を残しつつ、駆逐艦の横腹を貫き航行不能にした。続いて、その駆逐艦の正面に居た駆逐艦に衝突、二隻を戦闘不能にした。
「測的員!もう一隻はどうした!」
「衝突した二隻の方に向かっています。救助に向かう模様。」
「・・・艦長、どうしますか?」
「・・・最大戦速で海域を離脱、敵の輸送船団を攻撃する。」
「了解しました。取り舵一杯、最大戦速。」
伊四九潜水艦は、その場から離脱して、輸送船団の攻撃に向かった。
終戦2日遅れですが、終戦手前の物語です。「真夏のオリオン」及び、「終戦のローレライ(小説)」を参考にしています。
ご感想のほう、お願いします。