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美しい夢は獏(ばく)のご馳走  作者: なぎ・けい


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名医

 兄が三つか四つのころだったという。

 急にほっぺたやお腹などを掻きむしり始めた。そしてやめる様子がない。それまで見たことともない動きだったので、なにせ昔のことでもあったし、母や祖母は「キツネが憑いた」と思い込み、神主さんのところへ連れて行った。

 神主さんは神妙にお祓いをしてくれた。だが兄の奇妙な動作は止む気配がない。

 夜になって父が仕事から帰ってきた。兄の仕草を見て「これはいかん!」とあわてて近所の診療所へ連れて行った。

 医師は一目見るなり兄に下剤を飲ませた。やがて兄の尻からは、赤や黄色など色とりどりの錠剤がポロポロ出てきた。

 兄は救急箱にあった常備薬を、飴玉と思って大量に食べてしまっていたのだ。

 それにしても兄の症状を見て、一目で原因を見抜いた医師は、なかなかな名医だったのではないか。

 一方、神主さんのほうはどうだ。無知な母や祖母に頼まれるままにお祓いなんかしちゃって。「金返せ」と私なら言いたい。

 医師のほうはやはり評判がよかったのか、小さな診療所はやがて地域で中核をなす大病院に建てかわり、長らく院長をされていた。

 その院長先生の息子は歯科医となり、大病院の隣に小さなクリニックを開いた。

 歯科医師は気さくでユーモアあふれる先生だったが、すこぶる面食いだったらしい。受付を担当する事務員が、何度ひとが代わっても、常に若い美人だったことが知られている。

 やがて先生の娘が大学を出て、同じく歯科医師として父のクリニックで働くようになった。面食いの父医師を責めてはいけない。その娘医師が、美人の受付事務員たちも凌駕するほどの超美人だったのだ。

 しかも人柄は父医師に似て気さくで明るい。

 私はやや難しめの治療でそのクリニックに通っていたが、途中で新米の娘医師に担当が交代した。

 娘医師にせっせと治療してもらっているかたわらに父医師が来て、娘が可愛くてならないように聞く。

 「どうかね、きみ?うまくいくかね?」

 娘医師は「むっ」と怒りをこらえる雰囲気で黙り込んだ。

 そりゃそうだよね、いくら新米医師でも患者が目の前にいるのに「うーん、どうもちょっとうまくいかない〜(泣)」なんて言えないもんね。

 私だったら「何聞いてんだよ、このクソ親父!」と罵りたくなっただろうが、もちろん医家のお嬢様はそんなお下劣なセリフは口にしない。

 でもこんな似たような状況が(娘がむっと怒りをこらえるような状況が)家庭内で繰り返されているに違いないことは、薄々想像できた。

 地域の住民に敬慕されるお医者様でも、娘にかかったら形無しという話でした。


 

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