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〜追放された鑑定士は、世界の真理を読み解く〜  作者: レノスク


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第八章 許可された揺らぎ

朝の空気は、昨日よりわずかに湿っていた。

 祠の周囲に広がる森が、ゆっくりと息をしているように感じられる。

 それは錯覚ではない。

 この一帯は、感情の波に敏感だ。

 ルナは立ったまま、両手を胸の前で組んでいた。

「……感じることを、許可する」

 レインの言葉を、何度も頭の中で反芻している。

「でも……どうやって?」

「止めない」

 答えは短い。

「今まで君は、

 感じた瞬間に“抑えよう”としていた」

 レインは地面に小石を置く。

「今日は逆だ。

 湧いた感情を、逃がさず、

 ただ観察する」

「外に出さずに……?」

「出さない。

 だが、閉じ込めもしない」

 ルナは困ったように眉を寄せた。

「……難しいです」

「難しくていい」

 訓練とは、

 できない状態を正確に把握することから始まる。

 最初の課題は、単純だった。

 森の中を歩く。

 目的地は決めない。

 危険も排除しない。

 ただ、進む。

「……少し、落ち着かないです」

 ルナの声は小さい。

「理由は考えなくていい」

 レインは数歩後ろを歩く。

「今は、“ある”と認識しろ」

 木々の間を抜けると、

 視界が一気に開けた。

 崖だ。

 深く、暗い谷が下に広がっている。

 ルナの足が、止まる。

「……怖い」

 はっきりとした言葉。

 その瞬間、風が強まる。

 だが、地面は揺れない。

 世界は、耐えている。

 レインは一歩も動かず、告げる。

「いい。

 そのまま、続けろ」

「……落ちたら、どうしようって……

 考えちゃいます」

「考えていい」

 禁止はしない。

 ルナは息を吸い、吐く。

「……でも、今は、落ちてません」

 風が、弱まる。

 レインは小さく頷いた。

「今のが、解放だ」

 感情を否定せず、

 現実と切り分ける。

 それができた瞬間、

 世界は過剰に反応しなくなる。

 次の瞬間だった。

 谷の奥から、低い唸り声が響いた。

「……魔物?」

 ルナの声が、震える。

 だが今回は、抑え込まない。

「……大きい。

 怖いです」

 地面の小石が、わずかに浮く。

 同調が始まっている。

 レインは、即座に前に出た。

「見るな。

 聞け」

「……え?」

「感情じゃない。

 音だ」

 ルナは目を閉じる。

 唸り声。

 足音。

 距離。

「……遠ざかってます」

 浮いた小石が、落ちる。

 魔物は、谷を下っただけだった。

 ルナは、その場にへたり込む。

「……今の、危なかったですか」

「境界線上だ」

 成功でも、失敗でもない。

「だが、以前なら崩れていた」

 ルナは、安堵と疲労が混じった表情で笑った。

「……少しだけ、自信が出ました」

 昼過ぎ、祠に戻る途中。

 ルナは、ふと立ち止まった。

「……楽しい、かもしれません」

 その言葉に、レインは足を止める。

「何がだ」

「感じること自体が……

 悪いことじゃないって、思えて」

 レインは、少し考えてから答えた。

「感じることは、中立だ」

 良いでも、悪いでもない。

「使い方で、意味が変わる」

 ルナは、静かに頷いた。

 その頃、別の場所。

 勇者一行は、山道で足止めされていた。

「……進めないな」

 ガルドが言う。

 霧が濃く、視界が利かない。

「魔力反応が多すぎる」

 セリアが眉をひそめる。

「どれが自然で、どれが危険か……」

 アルドは、剣を握りしめる。

 以前なら、

 “進行不可。回避推奨”

 そう明確に示されていた状況。

「……今日は、引き返そう」

 判断は遅く、慎重だった。

 それ自体は間違いではない。

 だが、彼らの時間は確実に削られていく。

 夕方。

 祠の近くで、ルナは空を見上げていた。

「……今日、世界が少し、優しいです」

 レインは隣に立つ。

「優しくなったのではない」

 変わったのは、距離だ。

「君が、触れ方を覚えただけだ」

 夕焼けが、雲を染める。

 その色に、ルナの胸が静かに揺れる。

 だが、もう暴走はしない。

 世界は、応えず、

 ただそこにある。

 夜。

 レインは再び、情報の流れを読む。

 ――灰の監査官、観測強化。

 ――勇者一行、接近ルート変更。

 ――偶発的接触、確率上昇。

 完全な交差は、まだ先。

 だが、線は近づいている。

 祠の中から、ルナの声がした。

「……レイン」

「どうした」

「……今日、怖かったです」

「そうか」

「でも……

 逃げなくてよかった」

 レインは、短く答える。

「それでいい」

 強くなるとは、

 恐怖が消えることではない。

 恐怖と、並んで立てるようになることだ。

 夜が深まり、

 世界は静かに次の局面を待っていた。

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