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〜追放された鑑定士は、世界の真理を読み解く〜  作者: レノスク


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第五章 制御と代償

丘を離れてから、しばらくは言葉がなかった。

 風は戻ったが、空気はまだ重い。

 世界が完全に元の形に戻るまでには、時間がかかる。

 レインは先を歩き、ルナは少し後ろをついてくる。

 距離は、第三章の頃よりもわずかに近い。

「……さっきの」

 ルナが口を開いた。

 声は落ち着いているが、どこか慎重だ。

「私、何を……したんでしょうか」

 レインは歩みを緩めた。

「拒否した」

 それだけを告げる。

「力を使った、というより……

 世界に対して、意思を示した」

 ルナは自分の手を見る。

 震えてはいない。

 だが、感覚を確かめるように、指を開閉している。

「……怖く、なかったです」

「それが、危険だ」

 レインの言葉は淡々としていた。

「恐怖がないまま力を使える者は、

 制御を学ぶ前に、世界を歪める」

 ルナはその言葉を、すぐには理解できなかった。

 だが、否定もしない。

「私の力は……何なんですか」

「今は、分類できない」

 レインは正直に答えた。

「魔法でも、祝福でもない。

 才能という言葉も、正確ではない」

 少し間を置き、続ける。

「君は、環境と同調する。

 自分の感情を、世界の構造に反映させる」

 だから、拒否した瞬間に地面が応じた。

 破壊ではなく、境界として。

「……じゃあ」

 ルナは小さく息を吸う。

「私が、嫌だって思ったら……

 世界が、嫌だって、言うんですか」

「近い」

 完全ではない。

 だが、本質から外れてはいない。

「だから、遮断された。

 君の感情は、世界にとって重すぎる」

 ルナは歩みを止めた。

「……じゃあ、私が怒ったら」

「何かが壊れる可能性がある」

 それを聞いても、ルナは怯えなかった。

 代わりに、視線を落とす。

「……私、どうすればいいですか」

 初めて、はっきりとした問いだった。

 レインは立ち止まり、ルナの方を向く。

「学ぶ」

「……何を」

「境界だ」

 世界は、常に変化している。

 だが、すべてが許されているわけではない。

「感情と現象の間に、距離を作る。

 君が拒否しても、世界が即座に応じないようにする」

「そんなこと……できるんですか」

「できる」

 断言だった。

「方法はある。

 ただし、時間がかかる」

 そして――

「代償もある」

 ルナは顔を上げた。

「……代償?」

「力を抑えるということは、

 常に“余白”を持つということだ」

 つまり、

 本来なら届くはずのものが、届かなくなる。

「君は、鈍くなる。

 感情も、感覚も」

 それは、能力者にとって致命的な欠点になり得る。

「それでも、制御を優先するなら、

 私は手を貸す」

 選択は、彼女に委ねられている。

 ルナはしばらく黙っていた。

 風が草を揺らす音だけが、二人の間を流れる。

「……それでも」

 ルナは、ゆっくりと言った。

「誰かを、怖がらせるより……

 自分が、少し鈍い方が、いいです」

 その言葉に、揺らぎはなかった。

 レインは一度だけ、目を伏せる。

「なら、契約を更新する」

「……更新?」

「新しい条件を加えるだけだ。

 主従でも、拘束でもない」

 レインは短剣を取り出し、掌に置いた。

 刃は相変わらず錆びている。

 だが、情報ははっきりしている。

 ――媒介、適合率上昇。

 ――制御補助、可能。

 ――代償、記録開始。

「痛みはない」

 レインはそう告げ、短剣を地面に立てる。

「私が、境界を示す。

 君は、そこから先へ出ない」

 ルナは一歩、前に出た。

「……はい」

 短剣が、淡く光る。

 だが今回は、周囲に影響は出ない。

 世界は、静かに見守っている。

 ――制御層、形成。

 ――同調率、低下。

 ――安定度、上昇。

 ルナは胸に手を当て、深く息を吐いた。

「……少し、遠くなりました」

「それでいい」

 レインは短剣を収めた。

「力は、近すぎると危険だ」

 ルナは頷いた。

 表情は穏やかだが、どこか寂しさも滲んでいる。

 それを見て、レインは一つだけ付け加えた。

「失われたわけではない。

 必要な時には、戻せる」

「……本当に?」

「私が判断する」

 その言葉に、ルナは小さく笑った。

「……信じます」

 それは、依存ではなかった。

 役割分担だ。

 その日の夕方、二人は山間の古い祠に辿り着いた。

 使われなくなって久しいが、

 地脈の流れは安定している。

「ここで、しばらく留まる」

「追ってきた人たちは……?」

「すぐには来ない。

 君の反応が、急に鈍くなった」

 それは、灰の監査官にとって異常だ。

 管理対象が“壊れた”可能性を疑う。

「時間を稼げる」

 だが、永遠ではない。

 レインは祠の中を見渡す。

 壁、床、柱。

 すべてが、かつての役割を忘れかけている。

 ――再定義、可能。

 レインは小さく息を吐いた。

「ここを、拠点にする」

 ルナは目を見開いた。

「……住むんですか」

「一時的にだ。

 君が、自分の感情を言葉にできるようになるまで」

「……言葉に?」

「そうだ」

 感情を、即座に世界へ流さないために。

 まず、自分で理解する。

「それが、制御の第一歩だ」

 祠の外で、日が沈む。

 世界は、まだ静かだ。

 だが、水面下では確実に動いている。

 灰の監査官。

 勇者制度。

 そして、この才能が本来向かう場所。

 それらが交わるまで、

 今はまだ、準備の時間だった。

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