入学2日目 ②
俺にとってもクラスにとっても寝耳に水というべき、桜木凰花という美少女の来訪という事件と言って差し支えない出来事がおこった4組の教室。
その場にいたクラスメイトや古賀たち3人を含め誰も言葉を発せず、事の経過を眺めている。
桜木さんは教室を見回して俺の姿を見つけると、一直線にこちらへ歩いてくる。誰も彼女に声をかけることもできず、俺と彼女の間を遮るものはなかった。
「突然失礼します。金沢さんですよね?すこしお願い事と言いますか、お話したいことがあるので少しお時間よろしいですか」
言葉は予定の確認だが、彼女の言葉には断ることを許されないと感じさせるような何かがあった。
「えっと、金沢は俺であってるけど。なにか桜木さんを困らせるようなことをしたのかな。全く心当たりはないんだけど、もし何かしていたのならお詫びするけど」
俺の言葉に桜木さんは横に首を振る。
「何かあったと言うことは全くないのでだいじょうぶです。先ほど伝えたとおり、お話したいことがあるので、お時間をいただきたいのです」
「それってここで話せることかな?結構時間とりそうな感じ?」
「こちらでもかまいませんが、皆さんに聞いてもらって問題ない内容かの判断は金沢さんのお考え次第です」
失礼しますといって、桜木さんは俺にだけ聞こえるようにそっと耳打ちして俺にあることを伝える。
「元U12の日本代表正捕手の金沢遙人さんにお話があります」
その言葉に俺はぎょっとした視線を桜木さんに向ける。たしかにこれはできるなら周りに聞かれたくはない話である。大木さんもこのことを知っていたであろうが、俺が意図して話題を変えてまで伏せていた情報を、何故初対面の彼女が知っているのか。それを含めて彼女の話は聞いた方が良さそうだ。
「その話なら時間をとった方が良さそうだね。場所はどこにしようか」
「それでしたらこちらで場所は準備していますので、付いてきてもらえますか?」
彼女の言葉に同意して、俺は鞄を持って教室を出る準備をする。
こちらの様子を伺う3人に後で事情は伝えると伝えて、桜木さんの後に続くことにした。
怖いのはこの後に変な噂にならないかが心配ではあるのだが、話の内容について無視できないので諦めた。
数分ほど彼女の後に続き歩くがその間に特に会話はなく、むしろ彼女の後に続く俺の姿にまだ校舎に残っている他クラスの同級生からは好奇の視線にさらされていた。
そんな状況も遂に終わりが近づき、彼女が足を止めた場所はまさかの場所であった。
「り、理事長室?ここって...?」
「詳しい事情は中で説明します。とりあえずお入りください」
そう言って彼女は扉をノックすると、返事も確認せずその扉を開き中に入っていく。
入学2日目で理事長室への呼び出し!?
俺の高校生活はどうなってしまうんだ。
先ほどの話の内容と連れ出された場所の関連性も全くわからず、全身に不安を抱えておずおずと理事長室へと足を踏み入れる。
恐る恐る踏み入れた理事長室の中を見渡すと、部屋の中には俺を呼び出した桜木さん以外の姿はなかった。
「こちらにどうぞ。本当は公私混同はしては駄目なんだけど、今日だけはお願いしてこの場所を借りたの」
そう言って彼女は理事長室内に準備された応接用のソファに俺を促す。
桜木さんは俺に声をかけると理事長室に準備されたコーヒーサーバーを気兼ねなく操作して、準備をしている。
準備が終わるまで手持ち無沙汰になった俺は、立ちっぱなしになるのも気まずく、彼女の言葉に従ってなるべく音を立てぬようにソファーへと腰を下ろす。
おそらく高級品であろうそのソファーは座り心地が抜群で、背もたれにもたれかかり目を閉じればすぐに眠れそうな感触だった。
理事長室の内装を見回していると、数分ほどで桜木さんがコーヒーカップを2つのせたお盆を持ってこちらに戻ってくる。
「ミルクとお砂糖はご自由にどうぞ。ここにはコーヒー以外の飲み物がないから、口に合わなければ申し訳ないけど」
「いや、さすがにブラックは苦手だけど大丈夫、です」
お互いにコーヒーに一口つける。
ミルクと砂糖を一つずついれたが、正直に言うともう一つずつあるとうれしい。
が、そんなことを言い出せもせず、苦みを感じながら口に入れたコーヒーを飲み込む。
「それでは早速ですが、先ほどのお話を...とその前に、初めましての挨拶がまだでしたね。桜木凰花といいます」
「あ、金沢遙人です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。まずは突然の呼び立てに応じていただきありがとうございます」
「いえ、とりあえずまずは事情を説明していただけると助かります」
「もちろんです。けどその前に。お互いに同級生なので堅苦しい話し方はこれでやめましょう。お願いする立場だけど大丈夫?」
彼女の言葉を否定する要素は一つもない。説明はこれからだが、なるべく堅苦しくならないように彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
「大丈夫。俺もひとまず気軽に話させてもらうね」
「ありがとう。まず気になっていることを一つ解消させてもらうわね。何故ここで話をしているか、ということだけど。簡潔に伝えると私のおじい、祖父がこの学園の理事長なの」
「えぇ!?」
「誤解して欲しくないのは、私は理事長の孫という存在だけど、それを盾に何かしようとかそういう気持ちは一切ないの。いや正確に言うと、この後の話について一つだけわがままは言ったんだけど、それ以外でなにか優遇されることはないの。入学した同級生と同じ扱い」
理事長の孫と言うことも驚きだが、それよりもやはり気になるのはその後に出てきたひとつのわがままという言葉。
俺がこの場に呼ばれた理由とその話がどう結びつくのだろうか。
「それであなたをここに呼んだ理由を説明していくんだけど、その前提から説明しても大丈夫かしら?そこから話さないと、私の気持ちも伝わらないと思うから」
彼女の言葉に俺は首を縦に振る。結局は話を聞かなければ呼び出された理由も何も納得ができないからだ。
「そうね。先にわがままの内容というか、私の野望から話そうかしら」
そう言ってコーヒーを一口口に含むと意を決したように彼女はこう切り出した。
「私、この学園の野球部の監督になりたいの」




