5月3週目 対東星学園 ⑦
7回表の東星学園の攻撃は俺たち桜阪学園にとって当初の想定外といっても過言ではない形でスタートすることとなった。
「4番清川に代わって村田」
ここまで2打席で無安打に抑えていたが、打線の柱とも言うべき4番打者に対して代打を送られたのだ。
そしてこれは清川に限った話ではなく、その後もスタメンで出ていた選手に代わりベンチで出番を待っていた選手に次々と替わっていくことになった。
東星学園のコーチとしてはせっかくの練習試合なのだからベンチ入りしているメンバーを試したいのは当たり前のことだろう。
それは俺たちも同じ話で、普段の練習試合はなるべく多くのメンバーに出場できるチャンスを与えるために打順やポジションを試行して試合に臨んでいる。
だが今日の試合はこの学校にとって少なくない因縁のある黒崎監督が監督を務める学校であり、またもしかしたらチームメイトになっていたかもしれない相手が数名所属している相手と言うことで、俺たちは妥当東星学園と言うことをモチベーションにこの試合に臨んでいた。
だが、終盤戦とは言え相手の主力選手が次々とベンチに下がっていくのはなんとも言い表せない状況であった。
とは言ってもそれは相手チームの選手も同じだろう。現にベンチでチームを応援する清川や下原たちは納得の行かない表情を見せている。
7回の攻撃を無失点で抑え、守備につくナインもスタメンから全員が交代してしまった。守備につく選手たちは出番をもらったことにやる気を見せて声を出しプレーしている。
6回までの結果でいうなら2-0で俺たち桜阪学園が勝っているのだが、出来ることであれば残り3回もスタメンとの戦いで勝敗をつけたかったというのは傲慢な考えなのだろうか...
「相手の選手が総入れ替わりしたからと言ってこちらがいつも通りのプレーをして勝利を目指すことは変わらないわ。それとも相手が交代したからこちらも手を緩めてプレーするの?」
少なからず俺と同じような事を考えていた部分があるのだろう、桜木さんの問いかけにはっとして気持ちを切り替える選手が複数名いた。
「凰花、そうだったな。まだ2点差で勝ってるだけだった」
「天江君の言うとおり、ゲームセットまで勝敗は決まらないわ。まずは追加点を取りに行くわよ」
「「「おぅ!!!」」」
桜木さんの言葉に意識を入れ直して俺たちはこの回の攻撃に集中する。
打順は7番の小松から、マウンドには引き続き鳴瀬が上がっているが、受けるキャッチャーは新田から控えの捕手に代わっている。
初球のスライダーは外角高めに投じられたが小松は見送り1ボール。2球目は内角にストレートがコーナー一杯に決まりカウントは1ボール1ストライク。
3球目は同じコースにシュートを投じられ、小松は上手くバットを出すもタイミングが少し早くレフト線のファール損にボールが飛び、1ボール2ストライクとなった。
そして4球目に投じられた外角のスライダーにバットを合わせるも打球に勢いはなく、セカンドへのゴロとなりアウトとなった。
「渡部君、いくわよ」
ネクストバッターズサークルにいた安藤が打席に向かうのを見送りながら、桜木さんが山田に声をかける。
「田川君、ここからはベンチで応援をお願い。渡部君と代打で交代よ」
「了解、ここまで試合に使ってくれてありがとう。渡部、あとは頼むぞ」
桜木さんの言葉に残念そうな表情を浮かべるも、渡部に声をかけながら交代を受け入れてベンチで声出しに加わる。
「レオ...あとは任せろ」
「渡部君、安藤君が出塁するかで作戦を変えるつもりはないわ。バントの指示をするつもりはないからヒッティングのためにタイミングを合わせておいて」
「あぁ、了解だぜ」
そう言うと渡部はネクストバッターズサークルに入り、マウンド上の鳴瀬の投球モーションからタイミングを掴もうと集中して見つめている。
打席に立つ安藤は外角に投じられた初球のスライダーを見逃したがストライク。2球目に投じられたストレートは初球と同じく外角に投じられ、これも見逃したがストライク判定となり2球で2ストライクと追い込まれてしまう。
3球目は外角のストレートだったが、これは大きくコースを外れてカウントは1ボール2ストライク。
4球目に内角へのスライダーを投じられ、安藤は上手くバットに合わせたが、打球はサード正面のライナーとなり、サードのグラブに収まって2アウトとなった。
安藤がベンチに戻ってくるのに合わせて、山口先生は主審に選手交代を告げる。そしてネクストバッターズサークルに控えていた渡部が打席に向かった。
この日初めてとなる打席で左打席に入ると渡部は気合いの入った表情でマウンドの鳴瀬を睨み付ける。
渡部としては田川にスタメンを譲ったことで内に秘めている思いもあるだろう。それを発散するべく、この打席で結果を求めているのだろう。
鳴瀬が投球モーションに入った初球、ボールは内角にストレートが投じられる。だがややコースが甘めに入った球を見逃さず、渡部は初球からバットを振り抜いた。
「セカンド!」
一二塁間に飛んだ打球は鋭い勢いで外野に抜けようと転がっていく。キャッチャーはセカンドが捕球するよう指示の声を上げている。
スタメンであった湯川であれば捕球されていたかもしれない打球だったかもしれないが、代わって入ったセカンドは湯川ほどの打球処理能力はなく、ボールはライト前へと抜けていった。
打球の行方を見守りながら全力で一塁に到着した渡部はベンチに向かい大きくガッツポーズを見せる。
「「「ナイスバッテイング!!」」」
「アマ、続けよ!」
「この回で3点目取るぞ!」
2アウトながら打順は1番の天江に戻ったことで得点チャンスとベンチも盛り上がる。
「天江君!期待してるわよ!」
桜木さんからの声援に天江は普段以上にやる気を見せて打席に入っていく。
俺も2番打者の打順ということでプロテクターを外し、レガースをつけた状態でネクストバッターズサークルに待機する。
相手ベンチ前では控え投手がアップを始めており、天江の打席に結果によっては俺の打席、または次の回から交代されるかもしれない。
まったく情報のない投手よりは目の前の鳴瀬と勝負したいところだが
初球と2球目はコーナーをついたボールを投じたが、コースを外れてカウントは2ボール。
3球目に投じられた内角低めのストレートを天江ははじき返すと、打球は三遊間を抜けるヒットとなって状況は2アウト1塁2塁となった。
「ナイスバッテイング!!」
「カナ!2打席連続頼むぞ!」
「もう1発放り込めー!!」
チームメイトの声援を受けて打席に向かうと、相手ベンチから新田が伝令役としてマウンドに向かっていく。
どうやらこのタイミングでの投手交代というのはなさそうだ。
マウンドに集まった野手陣にベンチからの指示を伝えていくと、最後に俺の方にちらっと視線を向けてからベンチに戻って行く。
俺はここまで3回打席に立って2安打(1HR)と死球ですべて出塁している。俺が逆の立場であればこの打席はなんとか抑えて終わらせたい、それをベンチから見守ることしか出来ないというのは非常に悔しい思いだろう。
俺が打席に入るとマウンド上の鳴瀬は次こそは打たれないという表情を見せている。
塁上のランナーを警戒しながら鳴瀬は投球モーションに入る。
初球、外角低めにスライダーが投じられるが、変化の途中でコースを外れていきボールとなり1ボール。
続く2球目、3球目も外角のスライダーを連続で投じられるが、どちらもコースを外れてカウントは3ボールとなる。
もしかするとここは勝負をしてもらえないのかもしれない。
ストライクゾーンに甘い球が来たら振り抜こうと思っていたが、俺の予想は外れていなかったようで、4球目は明らかに外角に外したストレートが投じられ四球となり、俺はこの打席一度もバットを振ることがなく出塁となった。
「ダメ押しの一打にはならなかったな」
「しょうがない。最後は佐藤に任せるよ」
1塁ランナーコーチに入っている山田と言葉を交わす、四球で俺が出塁したことで、これで2アウトながら塁はすべて埋まり満塁となった。
「ゲン!ここで勝負決めちまえ!」
「打てよ!!」
打席には3番の佐藤が向かっていく。
マウンド上では鳴瀬と捕手が2人で攻め方の打ち合わせを行って守備位置に戻っていく。
鳴瀬はこの打席でもコーナーをつく攻めを続けていたが、4球目のスライダーが真ん中に抜けてしまい、佐藤はバットを振り抜くと打球はレフト線を破る長打となり、2塁ランナーの天江までがホームインして4点目を奪い、俺が3塁、打者走者の佐藤が2塁に到達した。
そしてここで東星学園ベンチが動き、投手交代が告げられる。
鳴瀬に代わってマウンドにあがったのは大友という右投手。投球練習では球速は他の2名と大きな差はなく、持ち玉は今のところわからない状況だ。
打席に入る4番の羽川は所見で打ち崩すことができるだろうか。
大友が投球モーションに入り初球を投じる。
低めに投げられたカーブは良いブレーキがきいており、羽川はバットを振ることなく見送る。
「ストライク!」
審判の判定はストライク、カウントは1ストライクとなる。
続く2球目も外角のカーブでカウントを取られて2ストライクと追い込まれる。
3球勝負で攻めてくるのか、ランナーもいるのでここからは慎重に攻めてくるのか。
塁上から相手バッテリーの攻め方を予想していたが、結果として投じられた3球目は内角高めへのストレート。恐らく見逃せばボールだったかもしれないが、吊り球に羽川はスイングをしてしまい、三球三振となって3アウトで7回裏の攻撃は終了となった。
そして試合は8回も野上は打ち崩される事なく無失点で抑え、裏の攻撃もチャンスを作ることは出来ず好守交代となった。
そして9回表2アウト、最後のバッターの打席。
「ストライク!バッターアウト!!」
最後の打者もストレートで三振で抑えて、試合は4-0で俺たち桜阪学園は勝利を収めることが出来た。
「ゲームセット!」
主審のかけ声で両チームは整列のために集合する。
「4-0で桜阪学園の勝利です。両チーム、礼!」
「「「ありがとうございました!!!」」」
試合後の礼儀として審判と相手チームに礼をして目の前の相手に握手を求めにいく。
俺の目の前には相手チームで先発した下原がいた。
「結果は受け止める。だが次に対戦するときは絶対に俺たち東星学園が勝つ」
「そうならないように俺たちはさらにレベルアップするよ」
下原の言葉にそう答える俺。
「それよりもなんであの金沢遙人がこんなところにいるんだよ。それにそんな体型で」
下原の言葉に近くにいた新田や湯川も無言でこちらを興味深そうに見つめている。
「ま、まぁいろいろあって野球に復帰したんだよ。それにこれでも徐々にスリムになってるんだぜ」
俺の言葉に近くにいた野上がぼそりと「たしかに」と呟いた。
「野球を再開するのならもっと強豪校にでもいけたんじゃないのか?たとえばあいつが言った学校とか」
「あいつはまだ俺が野球を再開したことなんて知らないよ。それに野球を再開することにしたのがこの高校に入ってからだからな。それに中学では実績もないんだから強豪校からの誘いなんて全くなかったよ」
「そうか。まぁお前らバッテリーが揃っていたらもっと厄介だったから、それが半減していることを喜ぶべきか。結局はどちらも倒さないといけない相手に変わりはないからな」
そう言って下原たちはベンチに戻るべく背を向ける。
「次は夏の大会だ。俺たちは2・3年に食い込んでベンチ入りを目指す。そこで改めてチームとしてリベンジを果たすからな」
俺の答えを聞くことなく東星学園の選手たちはベンチへと戻って行った。
下原の言うとおり、今日の試合を含めてこれまでの練習試合は強豪校のレギュラークラスとの試合はまだ経験していない。東星学園の選手たちも野球の基礎能力は高いが、強豪校クラスのレギュラーたちはそこに高校野球での経験も上積みされている。
俺たちも努力を緩めることなく全力で練習を続けなければ、府大会で勝ち進むことは出来ないだろう。
だが今日だけはこの勝利を全員で祝いながら喜ぼう。そう考えながらチームメイトたちとベンチに戻って行くのであった。




