5月3週目 対東星学園 ⑥
5回裏の桜阪学園の攻撃は7番の小松から。
一方の東星学園は下原に代打を送ったことでピッチャーが代わり、2番手として鳴瀬という右腕がマウンドに上がった。
マウンドで投球練習をしている鳴瀬のピッチングを確認すると、ストレートの球速は120km後半から130kmといったところだろうか。
投げ方はオーソドックスなオーバースローであり、変化球の持ち球はまだわからないが、下原と比べると打ち崩しやすいのでは?という印象だ。
「小松君、持ち玉を確認したいからできるだけ打席で粘ってもらえるかしら?」
「あ、あぁ。できる限り粘ってみるよ」
「よろしくお願いね」
打席に向かう先頭打者の小松に桜木さんが指示を伝えると、次はその次の打順である8番の安藤のもとに向かう。
「安藤君は小松くんが持ち玉を確認出来たら攻めのサインを出すから。ただつかめてない場合は小松君同様に持ち球を確認する指示に変更する可能性もあるからそのつもりで」
「了解」
安藤も桜木さんの指示を確認するとネクストバッターズサークルへと向かった。
俺はベンチに戻っている野上に声をかける。
「もうしびれは取れた?」
「大丈夫」
「さっきも言ったけど、次に同じことで報告しなかったら問答無用でマウンドを降ろすからな?ピッチャーの気持ちも理解するけど、試合に影響するなら別だからな」
俺の言葉に頷くと、早くキャッチボールをしようと促してくる。
その様子をみて問題はなさそうだと感じると、桜木さんに一声かけてグラウンドの脇で野上とキャッチボールに向かう。
キャッチボールをしながら打席の状況を確認していたが、小松は2ボール2ストライクから4球粘って強い打球をはなったが野手の正面に飛んでしまいショートゴロ。安藤も3ボール2ストライクから3球粘ったがセンターほぼ定位置にライナー性の当たりが飛びアウトとなり2アウトとなった。
2人の打席での様子を確認すると、ストレートのほかにスライダーとシュートを投げていたようだ。
続いて打席には9番の田川が入るが、4球目を引っかけてサードゴロに終わり5回裏の攻撃が終了した。
下原に比べ打者の当たりも良くなっているので、やはり今のマウンドにいる鳴瀬の方が打ち崩しやすそうだ。
「野上、マウンドに戻ってもらうけど、ピッチングに違和感を感じたら今度は本当に降板させるからそのつもりで」
「大丈夫、次はもうないよ」
そう言ってマウンドに向かう野上を見て、俺もホームベースに向かっていく。
6回表の東星学園の攻撃は1番打者の湯川からだったが、この回の野上の投球も圧巻の物であった。
湯川をピッチャーゴロ。2番打者の田ノ上をキャッチャーフライ。3番打者の仲村を三振で抑えてこの回も無失点で抑えた。
「ナイスピッチ!」
「問題なければ凄いんだから、もうトラブル起こすなよ」
ベンチに戻るナインに揶揄われながらマウンドからベンチに戻る野上。
俺もベンチに戻ると防具を外して次の打席に備えて準備をする。
「カナ、塁に出るから楽にホームに帰してくれよ」
天江がメットを被りながら打席に向かう途中で俺に声をかけてくる。
「アマが一人で点を取ってきても良いんだぞ」
「それもそうだな。狙ってくる」
そう言うと大きく素振りをしてから打席に向かっていった。
「この回で点を取りましょう。任せるわね」
桜木さんも俺に一声掛けてくる。俺は任せろと伝えてネクストバッターズサークルに入った。
この回も東星学園のマウンドには鳴瀬が上がっている。
「鳴瀬!この回上位打線だから入り慎重にな」
「楽に打たせろ!俺たちがカバーするぞ」
守備につくナインがマウンド上の鳴瀬を盛り立てるように声を上げている。
「そろそろ先制点が欲しいから覚悟してもらおうかな」
「抜かせ。この回も抑えて次の攻撃につなげるぞ!!」
天江はマウンドや守備陣にも聞こえるように声を出して挑発し、ナインはむっとした表情を見せるが、キャッチャーの新田が声を出して落ち着ける。
マウンド上の鳴瀬が投球モーションに入り1球目を投じる。
「(コントロールが甘いね)」
初球を叩いた天江の打球はピッチャー頭上にライナー性の当たりが飛び、センター前へ抜けていく。
「アマ!ナイスバッテイング!!」
「カナも続け!」
センター前ヒットで出塁した天江が1塁上におり、0アウト1塁という状況で2番打者の俺に打席が回る。
桜木さんからのサインは初球盗塁の指示、俺と天江はそれぞれサインを確認してから打席に入った。
やる気はないけどバントの構えで相手を牽制しておこう。
俺はバットを寝かせてバントの構えをすると、東星学園の内野陣もバントを警戒するようにやや守備位置を前に移す。
鳴瀬は1球ファーストへの牽制球を挟むが、天江は余裕を持って1塁に帰塁する。
「鳴瀬、バッター集中。アウトカウント1つ稼ごう」
新田が声をかけ、鳴瀬は頷くとセットポジションを構えて投球動作に入る。
「走った!!」
清川の声で天江がスタートした事が伝えられるが、投球動作はすでに始まっている。
内角にシュート回転したボールが投じられるが、はなからバントをするつもりがない俺はタイミングを見てバットを引く。
新田がボールを受けて2塁に送球するが、ベースカバーに入った2塁がボールをキャッチする前に天江は2塁に滑り込んでいる。
「ナイス盗塁!」
「3塁も狙えるぞ!!」
ベンチの声援に手を上げて応える天江、ボールは湯川から鳴瀬に戻されるが、マウンド上の鳴瀬は迎えたピンチにいらついた様子を見せている。
鳴瀬がセットポジションから2球目を投じる。
「甘い!」
投じられたボールは制球も甘く、真ん中やや高めのストレート。
「カキーーーッン!!!」
フルスイングで振られたバットと接触したボールは芯を食った高音を響かせて左中間へ高く舞い上がる。
「センター追え!!!!」
新田が外野に届くよう大声を張り叫ぶ。
だが打った瞬間確信した。
俺は1塁へ走り出すがその足取りは軽やかなものだ。
フェンスを越えた打球はフェンスの向こう側へ転がっていった。
「きたーーー!!!」
「カナの2ランホームランだ!!」
ベンチにいるメンバーもベンチの最前席に出て盛り上がる。
1塁のコーチャーをしていた田川とハイタッチをすると、各塁の踏み忘れがないよう1塁ベース、2塁ベースとダイヤモンドを駆け回る。
2塁ベースを回った頃には天江が先にホームベースを踏んでおり、1点を先制。
3塁ベースを踏んで3塁コーチャーの安藤ともハイタッチをしてホームベースを駆け抜けた。
「ホームイン」
主審がホームインを認めたことで俺のホームランが確定し、桜阪学園野球部は6回裏についに2点の先制点を獲得した。
「ナイスホームラン。本当に楽にホームベースに返してもらえたよ」
「まぁたまにはな」
先にホームベースを踏み少し離れた位置で待機していた天江とグータッチをしてからベンチに戻って行く。
「ゲン、続いて良いぞ!」
「俺はホームラン打てるような打者じゃないよ。まぁ出塁してくるわ」
ネクストバッターズサークルから打席に向かう佐藤にも一声掛けてからベンチに戻る。
マウンド上では鳴瀬と新田が話している。恐らく鳴瀬が動揺しないよう一声掛けているのだろう。
俺はベンチに戻ってからもベンチにいたナインに歓迎される。何名かはヘルメット上からバシバシと頭を叩かれたが、こればっかりはホームランを打った打者を迎える様式美のような物だ。
「ナイスホームラン。流石ね」
ベンチにいた桜木さんがねぎらいの言葉をかけてくる。
「ありがとう。まぁアマが問題なく盗塁してくれたから気持ち楽に打てたよ」
「それでもよ。頼りにしてるわ」
桜木さんの言葉に少し気恥ずかしくなり、俺は無言で防具を着けて話をそらす。
グラウンドに視線を戻すと、打席の佐藤は外角のストレートを打ち返し右方向に痛烈な打球を放つも、セカンドの湯川が良い位置に構えており打球を処理してセカンドゴロとなる。
続けて4番の羽川が打席に入る。
内角に投じられた2球目のスライダーをはじき返すと、打球はレフト線の内側に転がり、レフトの加川が打球を追いかけるが、内野にボールが戻る頃には2塁に到達していた。
「ナイスツーベース!!」
「野上も続け!!」
1アウト2塁、打席には5番打者の野上が向かっていく。前の打席でどん詰まりの打球を打ち、手を痺れさせている。投球に影響がないよう本来は打って欲しくはないのだが、チーム事情としては野上の打力に期待しなければいけない。
それは桜木さんも同じようで、サインは打ての指示だが内心は打たせたくないのだろう。
野上は4球目の外角のストレートを打ち返すと、打球はライト方向にフライが上がる。
ライトの仲村は定位置からファールゾーンまで移動すると足を止める。位置的にはタッチアップするのには十分な飛距離が出ている。
仲村が捕球すると同時に2塁上の羽川はスタートを切る。
仲村も3塁で羽川をアウトにすべく送球するが、結果として羽川の足が勝ち先に3塁にたどりついた。
野上は結果として犠牲フライを放ち、羽川が進塁したことで2アウト3塁となる。
「2アウトだ!打者集中でここで切るぞ」
キャッチャーの新田が守備陣に声をかけるとナインも鳴瀬を盛り上げようと声を上げる。
「千晶!もう1点取って野上に楽させるぞ!!」
「絶対打てよ!!」
打席に6番打者の松山が入ると俺たちも声援を送る。
鳴瀬が投じた1球目、外角にシュートを投じるが松山は見逃す。
「ストライク!」
見逃したボールはコースに入っていたようで1ストライクを宣告される。
2球目、同じく外角にストレートが投じられるが松山が打った打球はファールとなり、2ストライクと追い込まれる。
そして3球目に投じられたストレートを松山はセンター方向にはじき返す。
打球はセンターの定位置やや手前に飛んでいき、センターの本多はボールをキャッチしようとは猛チャージをかける。
そしてグラブを前に差し出して飛び込んだ。
ゴロゴロと回転して打球を捕球出来たかは一目ではわからなかったが果たして。
立ち上がった本多は左手のグラブを高く掲げると、中にボールが入っている事をアピールする。
「アウト!!!」
2塁の塁審が捕球を認めアウトを宣告したことで3アウトとなり、桜阪学園の6回裏の攻撃は2点で終わることとなった。
「ナイスキャッチ!」
「天才過ぎる!」
「この勢いで次の打席期待してるぜ!」
センターの本多はベンチに戻るメンバーに熱い歓迎をされてベンチへと戻って行く。
次は4番の清川からの打順、好守の本多にも打席が回る。
「野上、リードはしてるけど今のプレーで勢いに乗せないよう頼むぞ」
「任せて」
そう言うと俺と野上はそれぞれのポジションに向かい、試合は7回の終盤戦に突入していくのだった。




