5月3週目 対東星学園 ③
桜阪学園と東星学園、両野球部の練習試合、初回の東星学園の攻撃は先発野上の好投で三者凡退に終わった。
守備につく東星学園のマウンドには左腕の下原が上がっている。
ストレートの球速は135kmほど、投球練習では今のところ変化球は見せていないが、先発を任されるなら武器になる球種があるはずだ。中学時代はスライダーをよく投げていたとのことだが。
さらに桜阪学園が下原をスカウトしていた時点で評価されていたのは制球力とのことらしい。
制球力が良いというのは実際にリードするキャッチャー目線で言うと配球を考える上でも非常に計算しやすい。制球力が余計な四球を減らすことができ、投手優位で勝負が出来ると言うこと。
まさにこれから始まる対戦でも、簡単に打ち崩すのはむずかしいだろう。
ただ逆に言うとそれが付け入る隙にもなるかもしれない。
「アマー打て!!!」
「今日も期待してるぞ!!」
ベンチにいるメンバーは先頭打者として打席に立つ天江に声援を送る。
天江の役割は相手先発の出鼻をくじく事。
そして打席に立つ天江はいつもと変わらず自信満々の表情だ。
「凰花に先制点を捧げる」
「お前は下原に打ち取られて終わりだよ。早く構えろ」
打席の天江とキャッチャーの新田がホームベース付近で言葉をぶつけている。
「打てるもんなら打ってみろ!!」
ワインドアップからスリークウォーター気味の投球フォームで投じられた初球は内角低めに構えたミットに収まる。
「ストライク!」
「ふーん」
ボールを見送った天江は通ったコ-スと新田のミットの位置を確認し、何事もなかったかのようにバットを再度構える。
「アマが初球ストライクを見逃すのって珍しいな」
「コースが厳しいのか、それとも他の要素か」
ベンチの佐藤と羽川が天江の様子について話し合っている。
天江は初球が明確なボール球については見逃すが、ストライクの場合のスイング率が高い傾向にある。
そうでないという事は、見逃すだけの何かがあったのだろう。
下原が二球目を投じる。
同じく内角に投じられたボールは先ほどよりもコースは高くベルト付近の高さ付近に向かっていく。
天江のスイングした金属バットとボールが接触した音が響き、その一瞬後に打席の後ろからフェンスにボールが当たった音が響く。
「ファール!!」
天江のスイングしたバットはボールに接触するも、ボールは前に飛ぶことはなかった。
天江は再度コースとスイングした位置を確認すると、一度打席を外してスイングをして調整してから打席に戻る。
「(さぁ追い込んだぞ。3球使って丁寧にアウトを取りに行くぞ)」
新田は下原にサインを送ると次も内角に構える。
だが3球目に投じられたのは外角に外れるストレート、天江はこれを見逃してカウントは1ボール2ストライク。
続く4球目も同じく外角のストレートが投じられる。
天江はカットしてファールボールを打ちカウントは変わらず1ボール2ストライク。
下原は5球目のサインに2度首を振ってから、3度目のサインでようやく首を縦に振る。
「(さっきは野上に3者凡退でやられてるんだ。こっちも初回は絶対に打たせない!)」
野上に対抗意識を全開にした下原が投じたボールは内角低めに投じられる。
「(さっきよりもコースが甘い)もらった!」
天江がスイングしたバットは下原の投じたボールを捉える軌道を通っていた。
が、その後に響いたのは天江のバットがボールを捉えた快音ではなく、空振りした音であった。
ミットに捕球しきらず身体でボールを前に落とした新田はすぐに拾い上げて天江にタッチする。
「ストライク!バッターアウト!!」
「っしゃー!!!」
マウンドの下原は雄叫びを上げている。その様子にバックのナインや相手ベンチも声援を送って下原を盛り上げる。
打席からベンチに戻ってくる天江から話しかけられる。
「カナ、横から見てどうだった?最後は落ちてた?」
「あぁ、恐らくフォーク系のボール。落差はそこまでなかったけど球速はそこまで落ちてなかったからSFFかな?」
「くそ、凰花に良いところを見せる機会がひとつなくなったぜ。フォームもリリースポイントが見にくくて、内角に投げてくるときはかなり角度を感じるから要注意な」
「OK」
実際に打席に立った天江からの情報提供に答えて俺は打席に向かう。
下原の持ち玉で現状判明しているのはストレートとSFF、事前の情報にあったスライダー。
俺に対してこのバッテリーはどのように組み立ててくるのだろうか。
「よろしくお願いいたします」
審判に一礼して打席に入る。
桜木さんからはノーサイン、ここは好きに打てとのことだ。
マウンドの下原はマウンド横に置かれたロジンを触っている、投球動作に入るまで少し時間がかかるだろう。
そんな様子を眺めていると、俺の後ろから話しかける声が聞こえてくる。
「お前、桜阪学園のキャッチャーだよな。県外の出身?」
新田が俺に話しかけてくる。
「いや、以前からこの学園の近くに住んでる生粋の大阪人だけど?」
「嘘つけ、野上のストレートをキャッチできる同級生ならシニアで見たことないわけないだろ」
「あーわけあって中学時代は野球してなかったんだ」
「そんなわけ」
話している途中で下原がマウンド上でセットに入ったので会話は中断される。
「(このあたりで中学時代に野球をやってなくて、それで野上のストレートを問題なくキャッチ出来るようなキャッチャー?そんなやつ...!?)」
新田があることに気づいた時には下原は投球動作に入っていた。
「(待て!!金沢ってもしかして!?)」
マウンド上の下原に声を掛けたいがすでにボールは下原の手から離れる直前。
そしてボールは外角高めのコースに向かってくる。
新田がボールを捕球しようと構えたミットの前をバットが通り、金属バットとボールの接触した快音が響く。
二塁手の方向へライナー性の打球が飛んでいく。
「せ、セカンド!!捕れ!」
下原は打球の方向に視線を向けて叫ぶ。
二塁手の湯川は頭上に飛んでくる打球を捕球しようとジャンプする。
「くそ!」
が、ボールはグラブを掠めることなくそのまま右中間を破るヒットとなる。
「っしゃー!!ナイスヒット。カナー!!回れー!!」
「行け-!!」
ベンチからの歓声を受け、俺は一つでも先の塁を奪うべく走り出す。
一塁コーチャーは腕を回して進塁を促している。打球方向を確認すると、ちょうどセンターとライトが打球に追いつこうとしているところだ。
一二塁間でサードコーチャーを確認するとストップの合図が出ていたので、俺は二塁へ滑り込んだ。
中継プレーで内野にボールが返ってくる頃には俺は立ち上がり、ベンチへガッツポーズをしていた。
いやー、初球に外角高めを張ってたら、ドンピシャだった。得意コースでもあるので、迷いなくバットを振ったら気持ちよく打球が飛んで良かった。
東星学園はタイムを取ってマウンドに集まっている。
「新田!タイムを取る必要なんてないのに何で!!」
「いいからお前ら全員聞け。お前もベンチのコーチに必ず伝えてくれ」
新田はタイムの際にベンチに合図を出し呼び出した伝令に伝える。
「相手チームのキャッチャー、誰か気づいてなかったけどようやく思い出した。あいつ、あの金沢遙人だ!!」
新田の言葉にマウンドに集まっていた内野陣と下原は驚いた様子を見せる。
「金沢遙人ってあの!?」
「あいつって野球辞めたんじゃないの!?」
「俺も気づかなかったんだが、あいつに話しかけたとき、中学時代は野球から離れていたって。中学時代に野球をしてなくても野上のストレートを取れる金沢?そんなのあいつしかいないだろ」
「たしかに体型も変わってて身長も伸びてるからわからないけど、言われたら面影はあるな」
下原が打たれた金沢を睨みながらそう呟く。
「(俺と新田、それにここにいるメンバーもリトル時代はあいつらバッテリーにコテンパンにされた経験があるだろう)あのときコテンパンにされたリベンジも出来る。この試合、勝って帰らないといけない理由が一つ増えたな」
下原の言葉に集まったナインも改めて気を引き締めた表情に変わる。
「まずは俺が抑える。そした次はお前だぞ」
そう言って下原は清川の胸にグラブを当たる。
「任せろ、お前が抑えて俺が点を取る」
「OK!次の打者抑えるぞ!」
「「「「「おう!!」」」」」
そう声を掛け合って守備位置に戻っていく東星学園ナイン。
その様子を二塁ベンチから眺めていた俺は、続く佐藤たちの攻撃に期待しながらも、気を引き締め直した東星学園ナインの守備に得点チャンスはそう多くないかもしれない。
「ゲン!続け-!!」
「ここで先制だ!!」
ベンチの声援を受けながら3番打者である佐藤が打席に入る。
ベンチからの指示は待て。ここは球数を投げさせるのと、簡単にアウトカウントを稼がせないといったところか。佐藤には別途指示が出されている。
2塁ベースからリードを取る俺に視線で牽制をしながら、下原がセットポジションに入る。
下原の投球動作に合わせて佐藤はバットを寝かせてセーフティーバントの構えをとる。
構えに合わせてファーストとサード、そしてボールを投げた下原も前進していく。
佐藤は投じられたボールにバットを合わせることなく、バットを引いた。
「ストライク!」
コースは内角高めのきわどい場所であったが、審判の判定はストライクだった。
佐藤は打席を外し、桜木さんのサインを改めて確認する。塁上の俺への指示は変わらず、佐藤への指示は少し変わり、下原がセットに入る前からバントの構えを取る。
2球目のストレート、3球目のスライダーとそれぞれ厳しいコースをついたボールが投じられたが、わずかにコースを外れており、佐藤も上手くバットを引いてカウントは2ボール1ストライクと打者有利のカウントになる。
「下原!バントでも2アウトだ。次の打者勝負でも良いぞ!」
「なんなら3塁で刺してやる。楽に投げろ!!」
東星学園ナインが下原を盛り上げようと声を掛けている。
それに下原も手を上げて応え、新田のサインを確認してセットポジションに入る。
投じられたボールは内角へのスライダー、佐藤のバントの構えに変わらず内野陣はバントシフトのまま動き出す。
佐藤はバットを引...かずにバントを決行した。
プッシュ気味に行われたバントは前進してきた下原の右側、つまり聞き手側にボールが飛んでいく。その打球を見た下原はとっさに右手につけたグラブを差し出す。
しかしこれが下原にとって不運となり、グラブに当たったものの、打球の方向が変わりファースト方向にカバーに入ろうとしていたセカンドの反対側に転がる。
それを見て3塁に進塁した俺はセーフになり、セカンドの湯川が急いで方向転換してボールをキャッチするもその頃には佐藤は1塁を駆け抜けていた。
結果として俺たちにとってはラッキー、東星学園にとっては不運な当たりとなって1アウト1塁3塁という状況に変化した。
「ナイス!!羽川、先制点決めちまえ-!!」
「ゲンも本塁もどってこい!!」
ベンチは初回から生まれたチャンスに盛り上がる。
「ここ絶対死守だぞ!!」
「内野バックホーム!!外野も前進!!1点もやらないぞ!!」
東星学園ナインも1点も与えないと声を掛け合っている。
羽川が右打席に入る。
サインはノーサイン、ここは羽川に任せるとの判断だ。
俺がここで下原をリードするなら1番の理想は三振、次に内野ゴロを打たせることだろう。
それは恐らく新田も変わらないはず。
そのためには天江に投じたSFFをどこで絡めてくるかなのだが、今のところ俺と佐藤には1球も投じていない。
落ちるボールはワイルドピッチやパスボールのリスクもあるが、下原は制球力を評価されているピッチャーでもある。
この場面では果たして投げてくるのだろうか。
セットポジションから下原が投じた初球。
低めに制球されたボールはホームベースを通過する前に落ちてワンバウンドした。
羽川はその投球を見逃し、新田はグラブと防具でボールを前に落としてすぐに捕球する。それを見て佐藤はすぐに1塁にもどる。
初球に投じられたSFFはボールとなり、カウントは1ボール。
「新田、ナイスブロック!!」
危なげなくボール球を処理した新田に賞賛の声が上がる。
新田はボールの交換を要求して、新しいボールを下原に投げ返す。
2球目は内角のストレートをファールボール、3球目は低めのスライダーを見逃してストライク。4球目は外角のストレートを見逃してボール。
カウントは2ボール2ストライクまで進んだ。
「(こうなるとSFFを頭に入れながら厳しいコースも食らいつかないといけない)」
打席の羽川は緊張した様子で下原の投球を待っている。
そこからさらに2球きわどいコースをファールで粘る。だが勝負している印象はまだバッテリーが有利に感じる。
そして7球目、下原が投じたボールは内角高めのスライダー。
スイングしたバットとボールが接触した音がグラウンドに響く。
打った羽川、塁上にいた俺や佐藤、マウンドの下原や新田、そして両チームベンチが打球の行方を追う。
「レフト----!!!!」
打球は空高く上がり、内野の頭は越えそうであり、それを見た新田もレフトが捕球に入るよう大きな声で指示を出した。
打球自体はそこまでの勢いはなく、外野の定位置を大きく超えることはなさそうだが、前進守備をしていたため落下地点を探って後退している。
タッチアップをするか判断は難しいのだが。
「タッチアップ準備!!」
ベンチから桜木さんの声援、もとい指示の声が聞こえる。
彼女のベンチからの声援はイコール指示である。
俺は3塁ベースを踏んでスタートのタイミングを待つ。
レフトの加川が捕球すると同時に両チームから声が上がる。
「バックホーム!!」
「Go!!」
新田の指示で加川は本塁への全力送球、3塁コーチャーのスタートの指示で俺が本塁を奪うべくスタートする。
俺は後ろを振り向く事はなく本塁へと突っ込み滑り込む。その直前に新田の捕球する動作とこちらにタッチする動きが見えた。
タイミング的にはセーフか微妙であるが果たして...
「あ、アウト!!!!」
俺の滑り込んだ足が本塁に触れる前にタッチがあったようで、主審は悩んだ様子の後にアウトを宣告した。
羽川の打撃結果としてはレフトフライと本塁での刺殺でゲッツーとなり、3アウトなった。
その結果に東星学園ベンチは大盛り上がり、桜阪学園ベンチは意気消沈となる。
「ナイスタッチ」
「うるせぇ。次は打たせないからな」
俺は本塁で再び新田と言葉を交わして、両者はベンチに戻って行く。
1回裏の攻撃はチャンスが生まれるも、得点が出来なかった。
そして東星学園としては良い雰囲気で2回表の攻撃に移るのであった。




