5月3週目 練習試合前
5月3週目の月曜日、放課後を迎えた桜阪学園。
野球部一同は土日の練習試合の振り返りをかねたミーティングを行うために室内練習場に集まっていた。
この土日は学園のグラウンドに相手校を招いての試合となった。
今週の土曜日、日曜日はともに大阪の公立校を招いての試合となり、結果としては連勝を重ねることが出来た。
そして嬉しいことに月曜日にバッティングについて相談を受けた山田も待望の初安打が生まれた。
本人に確認したところ、配球を読んだというよりも失投がど真ん中に来たので思い切りスイングした結果で生まれた一打と言うことで、山田としてはこのヒットはラッキーなので次こそはアドバイスを元にしたヒットを必ず打つとやる気満々である。
ピッチャー陣もこの2試合は3回ずつの登板に戻ったところ、土曜日は完封、日曜日も2失点(うち1失点はエラーがらみ)とまずまずの結果であった。
その結果もあり、俺たち部員はそれぞれの課題は抱えているものの、明るい雰囲気でミーティングを迎えている。
だがそんな雰囲気の中で、少し遅れてやってきた桜木さんはやや怒気を含んだような表情で練習場にやってきた。
「遅れてごめんなさい。ミーティングを始めます」
そう言って話を始める桜木さん。
だが俺たち部員も普段と様子の違う桜木さんに疑念を浮かべながら話を聞いている。
「まずは先週の土日の試合も勝利で終わってよかったです。ここ一月でそれぞれの選手の特徴と課題はデータでも出てきているので、後ほど個別でフィードバックします」
「ですが今日は今週末の試合について、伝達事項があるのでそちらについてまずは話します」
「今週末といえば予定では土曜日に公立の藤井寺商業と日曜日に市立の東星学園だっけ?」
「ええ、その予定でした」
部員の中で代表して俺が質問すると、桜木さんは少し語気を強めて答える。
「結論から言うと土曜日の藤井寺商業さんとの試合は中止で日曜日の東星学園は1年生チームのみ試合に来ます」
「中止と1年生チームに変更って急な話...だな」
「藤井寺商業さんは理由を確認したところ、バッテリーがどちらも怪我を抱えていて無理をさせたくないと言うことだったので、こちらは了承しました。同じような状況なら私たちも同じ事をせざるを得ないので」
そう話す桜木さんは言葉通り藤井寺商業に対しては特に思うところはない様子だ。
ということは...
「問題は東星学園ってこと?」
「えぇ!!」
俺の言葉に桜木さんはいらだった様子を見せた。
東星学園は大阪府の中でも野球部に力を入れている古豪の一つである。
在籍していた選手の中にはプロ野球で活躍した選手も何名かおり、ここ10年ほどは甲子園出場に出来ていないが、毎年ベスト16には必ず入ってくるチームである。
「この中には知らないメンバーもいると思うけど、あの黒崎監督が就任した学校といえば察してもらえるかしら」
その言葉に天江や佐藤、野上などが驚いた様子を見せる。
「黒崎監督ってあの?」
佐藤が尋ねると桜木さんは首を縦に振る。
「以前にも話したことがあると思うけど、元々この学園の野球部の指導者として招聘する予定だったのが黒崎監督です。ですが直前でその話を断って別の学校の指導者になったとのことでしたが、まさかの東星学園でした」
「ということは元々この学園の野球部に入る予定だったメンバーも?」
「少なくとも数名以上は東星学園に進学している可能性が高いわね」
佐藤と桜木さんの会話を聞いている中で、天江が口を挟む。
「この学園で頑張ろうと声を掛け合って裏切った奴らなんでもうどうでもいいぜ。それに俺が凰花を甲子園に連れて行く。それに関係ない奴らはどうでもいい」
天江は本当に桜木さん至上主義から変わらない。
その様子に部員深刻な様子で話を聞いていたところに少し笑顔が戻り、桜木さんも気を取り直して話を再開する。
「こういう言い方をすると気を悪くするかもしれないけど、桜木さんの様子から見て東星学園から何か言われたの?」
俺の問いかけに桜木は改めて首を縦に振って話し始める。
「先ほど練習試合を受けてくれたことに対してお礼と、当日の予定の確認を兼ねて東星学園へ電話しました。練習試合を受けたのは先方の野球部顧問だったみたいなんだけど、今日電話で話したのは監督の黒崎監督でした」
そういって桜木さんはそのときの様子を話してくれた。
「こちら桜阪学園野球部の桜木です。このたびは当校との練習試合を受けて頂きありがとうございます。当日の予定の確認も含めお電話いたしました」
「あー桜阪学園さんですね。監督につなぎますので少しお待ちを」
そう言って電話先の相手は電話を保留にする。
待つこと数分、保留が解除された電話先に出たのは私にとって予想外の人物であった。
「監督の黒崎です」
「黒崎...監督?」
「あーその節はどうも。とはいっても電話先のあなたはご存じなければ忘れてもらって結構」
けだるげに話す男性は間違いがなければあの黒崎監督だろう。
「いえ、事情を存じ上げています」
「そうですか。それで御校との練習試合でしたっけ?」
「はい。今週の日曜日に予定させて頂いておりますが」
「はー。その練習試合って私ではなく、恐らく学校側が勝手に受けたものなんですよ。正直に申し上げてうちのレギュラーと今の御校で試合をしても、うちに得る物ってあります?」
「なっ!?」
電話口でこんな態度を取るのが本当に野球部で指導をする立場の人間なのだろうか。
「とはいえ、すでに予定を立てているのは事実でしょうし、御校には私もご迷惑をおかけした事実はありますので、レギュラーは派遣しませんが、今年入学した1年生とコーチを送りますので、それでご配慮ください。それでは別のものに話を引き継ぎますので」
そう言って一方的に会話を終了する黒崎監督。
そして電話を保留する前に聞こえてきた言葉に私は絶句してしまった。
「おい!練習試合組むなら意味があるところにしろ。何でもかんでも受ければいいんじゃねーんだよ!」
その後のことは正直あまり覚えていない。
冷静に黒崎監督への怒りを抑えながら、電話を代わったコーチを名乗る男性に当日の段取りを説明したはずだが、電話を切って大木さんが声を掛けてくるまで呆然と立ち尽くし、気持ちを落ち着けるためにミーティングに少し遅れることになってしまった。
「ということで、東星学園には完全になめられた状態で1年生チームがやってきます。」
そう話す桜木さんはなるべく冷静に状況を伝えてくれた。
一方でそんな内容を聞いた部員たちは怒りに震えていた。
「なんだよそれ!」
「俺たちってそんな監督の下で野球やるはずだったのかよ」
スカウト組の佐藤や松山は話の内容に憤慨している。
「俺たちはお情けで1年生チームと戦わせてやるってことだろ?めちゃくちゃなめられてるぜ」
「元はといえばあの人のせいで俺たちも混乱したのに」
「皆が怒るのも無理はないわ。最初はこの話を伏せておこうか悩みました。でも私自身我慢が出来なかった」
そういう桜木さんはぐっと拳を握りしめて俺たちに話しかける。
「あえて私情を挟んで皆にお願いするわ。私はプレーをすることが出来ないから、日曜日の試合だけは絶対に負けたくない!絶対に東星学園を負かして帰らせる。そして本戦ではレギュラーチームにも勝つ。いいわね!」
「「「おぉーーー!!!」」」
桜木さんの言葉に部員一同気持ちを一つにして答える。
「日曜日の試合だけは練習試合の目的を変更して勝ちに行きます。全員出番が来たら全力でプレーするように」
「凰花、俺が先発して完封してやる。俺に任せとけ」
「アマ、先発は俺が出る」
先発投手の座を巡って野上と天江が桜木さんに自己主張を行う。
「最終的なスタメンは当日発表します。それまでは二人ともコンディションを整えて万全の準備をしておいて」
「よっしゃ、それじゃあ早速調整を始めるか!!」
「天江君、まだミーティングは終わってないわよ」
立ち上がって身体を動かす天江に桜木さんはミーティング中だと諭した。
「誰か東星学園に知り合いがいたら、それとなく野球部に誰がいるか確認して報告して欲しいわ。もし元チームメイトなら特徴も添えて教えて。桜阪学園でスカウトしていた選手は当時の資料があるからある程度はわかるけど、それ以外の選手についてわかれば尚嬉しいわ」
「「「了解!!」」」
「それじゃあミーティングはそこそこにして、今週は対東星学園にむけて全力で準備するわよ!!!」
「「「おぉーーー!!!」」」
そうして俺たちは日曜日にむけて準備を始めるのであった。




