4月4週目 練習試合①
練習試合当日を迎えた俺たちは部室にて学園が用意した薄いピンク色のユニフォームに袖を通していた。
ユニフォームはストライプなどのないシンプルなデザインで、左側の胸元に桜阪と漢字で書かれている。帽子やアンダーシャツ、ストッキングなどは黒色で統一されている。
真新しいそのユニフォームに袖を通す中で、まだ体重の落ちきっていない俺はチームメイトたちにビール腹のようにふくらんだお腹を揶揄われたが、まだ数週間ほどの付き合いだが、本気と冗談の線引きはある程度できているので、彼らも冗談半分で揶揄ってきたことは理解しているし、俺もそれを本気で怒る気はなかった。
準備を整えてグラウンドに出てアップを始めていると、マネージャーの一人である宮崎産に引き連れられた20名ほど一団がグラウンドに近づいてきた。
「「「本日はよろしくお願いいたします!!!!」」」」
帽子を取り、列になってグラウンドに挨拶をする彼らに、俺たちもアップを一時中断して返礼を行った。
「それではお着替えなど荷物はあちらの室内練習場の一角を使ってください。レフト側は自由に使っていただいてかまいません。60分後から10分交代でノック練習の時間をとり、グラウンドの整備を行って、練習試合をスタートさせていただきますがよろしいでしょうか」
宮崎さんが緊張した様子で向こうの監督であろう男性に説明すると、先方は了承した回答をすると、室内練習場に向かっていった。
「宮崎さん、案内お疲れ様」
「あ、金沢くん。ありがとうございます」
俺の言葉にほっとした様子を見せて笑顔を見せてくれた。
そこから一言二言言葉を交わすと、俺はアップに戻り、宮崎さんも別の仕事に戻るためにその場を離れた。
今日の相手校は枚方工業高校。大阪府の公立校ですでに春の地区大会は敗退済みである。昨年の夏の予選は3回戦まで進んだとのことだが、例年夏に一勝するか二勝することが目標といった様子の学校とのことだ。
初戦の相手と聞いた際、天江などは初戦の相手としては物足りないと愚痴をこぼしていたが、できたばかりの新設校の練習試合の相手を引き受けてくれる学校、と言う時点で俺たちからすると非常にありがたい存在なのだ。
そんな中で毎週練習試合の予定を組んでくれているのは、ひとえに桜木さんたちの粘り強い交渉の結果なのであろう。
5月からの練習試合の相手は地区でも過去実績を残している学校や強豪校のBチームなどの相手も控えているのだ。
改めて心の中で彼女たちに感謝の気持ちを述べていると、俺たちは柔軟に特化したアップを終わらせてキャッチボールに入る。
俺の相手は今日の先発である松山である。
松山のボールは緊張しているのか、普段ブルペンで受けるよりもやや制球が乱れていた。
「千晶、緊張するのはわかるけど。今から緊張すると3回も持たないぞ。リラックスしよう」
俺はボールを受けると、返球する前に深呼吸する動作を行う。それに釣られるように松山も深呼吸を行う。
数度深呼吸を行ったことを確認すると、俺は松山にボールを投げ返す。
「打たれたときは俺のリードのせいだと割り切って投げよう。完璧な投球なんて求めてないから勉強していこう!」
「わかった。打たれたらカナのせいな!」
そう言って投げ込まれたボールは先ほどよりは制球された様子で、少しは落ち着いたようだ。
その様子に安心すると、室内練習場の方から準備を済ませた相手校が出てきて3塁側ベンチに一度道具を移動させ、レフト側のグラウンドでアップを始める。
2列に並び、3塁ベースから2塁ベース手前まで、そこからセンター方向へ走ってレフト側へフェンス伝いにランニングを行う。
その様子は俺以外のメンバーはつい最近まで見慣れたもので、俺にとっても以前野球をやっていた頃は見慣れたものだ。
桜阪学園野球部は各々アップの時間に好きなように走ることは行っているが、どちらかというと柔軟などを重視しているので、今のようにThe高校野球というような集団でのランニングは行っていないのだ。
それからお互いのチームは各自アップや試合前のノックを行うと、協力してグラウンドの整備を行い、試合開始10分前を迎えた。
桜木さん指示のもと、仮の立場として羽川がチーム代表して相手校のキャプテンとメンバー交換と先行後攻をきめるじゃんけんを行いにいってくれた。
じゃんけんの結果俺たちは後攻をとった。これは事前の打ち合わせで決めていたことで、各3回の守備機会を得るためにも、可能な限り後攻を希望していたのだ。
そして試合時間となり、主審を務めてくれている相手チームの選手から集合がかかる。
その言葉に両チームはホームベース前に集合し、ベンチ前には監督(役)の山口先生とマネージャー(役)の桜木さんも並んでいる。
マネージャー陣やスカウティング班は各々与えられた役目を果たすべく、配置についている。
「それでは枚方工業高校と桜阪学園高校の練習試合を始めます!礼!」
「「「「よろしくお願いいたします!!!!」」」」
両チームは大きな声で挨拶をし、俺たちはそのまま守備位置に、相手チームは初回の攻撃のためベンチに戻っていった。
主審から指示された投球練習の球数を終え、仕上げとして俺は最後の球を受けたあと二塁へとボールを送球する。
《《やや山なり》》な軌道で二塁に到達した送球はそれることなくベースカバーに入ったセカンドのグラブに収まる。
ボールは内野手の間で回されて、マウンド上の松山のグラブに戻る。
その様子を観察しながら相手チームの1番打者が左打席に入ってくる。メンバー表で確認したところ外野を守る3年生のようだ。
打者の様子をみると、先頭打者として必ず塁に出てやるという打ち気を感じさせる。
その様子を見て俺は松山に向けてサインを送る。
ピッチャーとバッター、お互いに準備が終わると松山は投球動作に入る。
振りかぶった投球フォーム、その左腕から放たれたのは渾身のストレート!!...ではなく弧を描いたスローカーブであった。
おそらくストレートを待っていたのであろうバッターはタイミングを外されたようで、泳がされるようなスイングでなんとかバットに当たったボールだったが、力ない打球がセカンド前にころがり、セカンドの守備についた渡部は丁寧に打球を処理してファーストに送球。ファーストの小松のミットに問題なく収まりワンナウトを奪った。
「おっしゃー!ナイスピッチャー!セカンドとファーストもナイス守備!」
「次はこっちに飛んでこーい!!」
チームとして難なく取れたアウトに守備につく選手たちも盛り上がって声を出していく。
続く右打席に入った2番打者もワンボールワンストライクの状況から3球目に投じられたボール気味の外角へのストレートを引っかけて3塁にゴロが転がり、羽川が無難に処理してアウトにする。
3番は2年生の右打者だった。ツーボ-ルとボール球が先行したが、3球目と4球目はファールボールを打たせ、5球目に松山が投じたスローカーブをたたくも、今度はショートの天江がライナー性の打球をキャッチして、スリーアウトとなりチェンジになった。
松山は3者凡退で抑えたことにほっとしたのか、一安心した表情でベンチに戻っていく。その周りを内野陣が称えるように背中をたたいていく様子を見て、いいスタートを切れたと喜びながら、すぐに自分の打席が回ってくるため急いで防具を取り外す。
そのそばに監督である桜木さんが近づいてきて、防具を外す手伝いをしながらそっと耳打ちをする。
「ナイスリード。このまままずはリードしてピッチャー陣には楽に投げて欲しいから、天江君が出塁したら、まずは大きいのは狙わずにライト方向への進塁打を心がけて欲しいわ」
「了解、アマが出塁したら最低限進塁打は打ってチャンスは広げる。注文はホームラン?」
「打てるものなら打ちなさい!」
背中を叩かれ、ネクストバッターズサークルに送り出される俺。そばに置かれたバットとヘルメットを手に取り、所定の位置について投球練習を行う相手のピッチャーの投球にタイミングを合わせる。
「凰花!俺の記念すべき高校初打席。見といてくれよ!!」
「はいはい。出塁しなければ罰走ね」
「期待に応えるぜ!」
そう言って天江は右バッターボックスに入る。
相手のピッチャーはエースナンバーを背負う3年生右腕。投球練習をみるかぎり、130kmほどのストレートを投げていそうだ。
投球練習では変化球を投げていないため、持ち玉は今のところ不明だ。
1番打者である天江には相手の投球を長く見て欲しいと思うが、性格的に無理だろうなと考えていると、案の定初球に投じられたストレートを左中間にはじき返し、センターが打球を処理する間に悠々と2塁ベースへと到達していた。
「凰花!見たか!」
塁上でガッツポーズをあげながらベンチへと叫ぶ彼に、監督である桜木さんへ視線を向けると、サインは変わらず右打ちとの指示が出た。
練習試合とはいえ、数年ぶりの打席に入る。
審判に一礼して少年野球時代にも行っていた打席内でのルーティンを行い相手ピッチャーに向かって視線を向ける。
初球をはじかれて動揺がないか、相手チームのショートがピッチャーに一声掛けてポジションに戻っていく。
相手守備陣はバントを警戒するようにファーストとサードが少し守備位置を前に動かし、相手ピッチャーも2塁ランナーを警戒しながらセットポジションに入る。
1球目の投球動作に入る直前にバントの構えを取り、それに合わせて相手の守備もバントに備えて前進してくる。
投球は外角を外に逃げていくようにスライダーが外れていき、それに合わせて俺もバットを引く。
続く2球目も同様にバントの構えを見せて、ストレートは外角に外れてカウントはツーボールに変わる。
これで状況は打者有利、俺は一度打席を外し、スイングを確認する。
バッターボックスに戻り、相手ピッチャーの投球を待つ。表情にはピンチをなんとか押さえなければ、という意思が感じられる。
セットポジションから投じられた3球目、外角に投じられたストレートは先ほどよりもコースが甘く、ストライクゾーンに入っている。
そのボールをバットで叩くと、打球はセカンドとファーストの間を強襲する。強い打球はその間を抜けてライトが打球の処理をする。
俺は打球方向を確認したあとすぐに一塁ベースへ走って行き、問題なくセーフのタイミングで一塁に到達した。
打球の勢いが速く、ライトもエラーなく打球を処理したため、天江は3塁を回ろうとしてサードコーチャーに止められた。
結果としてチャンスを広げることができ、俺はベンチに向けてガッツポーズをとる。連打にベンチも再度盛り上がる。
そして続く3番の佐藤が強く叩いたゴロの間に俺は2塁に進塁し、天江は本塁に到達して1点を先取。4番羽川のレフトへのツーベースの間に俺が本塁に到達して2点目をとった。
5番の松山は三振、6番の小松もファーストゴロと2塁ランナーが残塁するという結果に終わったが、初回の攻撃で2点を奪うという幸先のよいスタートを切ったのであった。




