4月4週目 練習試合前日
桜阪学園野球部が正式に活動を開始して数日が立ち、本日は金曜日である。
本日も放課後から野球部の練習は開始されていた。
ピッチャー陣3名と俺は室内練習場のブルペンで投球練習、その他の野手陣は同じく室内練習場でトスバッティングを行っている。
トスバッティングは2人一組で10m先から投げたボールをトスの投げ手がノーバウンドまたはワンバウンドの指示を出すのでその通りに打ち返す練習を行っている。
打者側はミート力を鍛える目的、トスの投げ手側は捕球と送球の正確性を鍛えることが目的だ。
小松や羽川らシニア出身の経験者らは器用に練習をこなしており、初心者である田川も持ち前の運動神経で最初こそ苦戦していたものの、早めにコツをつかんだのかきちんと芯を打った打球が少しずつ増えてくる。
逆に長瀬はどうしても力みが出てしまうのか、芯を外した打球が多くなっており、逆に芯を打った打球は本人の想定よりも打球速度の速い打球となっており、現在ペアを組んでいる佐藤に怒鳴られている(なお当初は渡部とペアを組んでいたものの、渡部の懇願と監督である桜木さんの判断の下、交代していた)
野手陣の練習を尻目に、投球練習を行っている俺たちはと言うと、2つあるマウンドを使って1人は俺が座ってボールを受け、残りの2人が立ち投げでキャッチボールを行わせ、10球ごとに順に立ち位置を交代して回している
今は松山の3球目を受けている。
松山の持ち球種はストレートとスローカーブの二つだけであるが、スローカーブがいい感じでブレーキが効いており、緩急を武器にした組み立てを考えていきたい。
外角に投じられたボールをキャッチャーミットで大きな音を立てるよう心がけて捕球する。
球速自体は3人の中では一番遅いが、それでもいい音で捕球をすると、ピッチャー自身も自信につながるためだ。
「ナイスボール!!千晶、次は同じ外角にもうボール一つ分低めを狙って投げてくれ!!」
「OK!カナ、次いくぞ」
俺が松山に声をかけると、気分良さそうに次の投球準備に入る。
ちなみにカナは金沢をニックネームとして呼ばれている呼び方であり、松山は下の名前である千晶をニックネームとした呼び方である。
松山が振りかぶって投じた4球目は俺が指示した外角、ではなく真ん中低めにきた。
「わりぃ、ちょっとボールが滑った」
「OK。ボール自体は悪くなかったから精度を上げていこう」
俺が松山にボールを投げ返す横で、立ち投げでボールを投じている天江と受け手である野上の様子を見ると、天江はストレートを投げずに持ち玉である変化球を投じている。
「おい、アマ!変化球はキャッチャーが受けるときだけって言ってるだろ。取り損ねて怪我させるってさくらちゃんに注意されただろ。ジュンも黙ってないで注意しろよ」
「ジュンには事前に投げる球の握りは見せてるよ。それに捕れないやつには投げないし、それに打球も必ずしも順回転で飛んでくるわけねぇんだからこれも練習だぜ。凰花にはなにかあれば俺から話すし」
「お、俺も大丈夫」
天江のニックネームはアマ、野上のニックネームはジュン。ちなみに桜木さんは監督っぽさを隠すためにさくらちゃんと呼ぶことになっているのだが、天江だけは凰花呼びを辞めない。
天江は桜木さんの言うことは聞くのだが、その目が離れていると自己中心的な行動に走ることが多い。
現状ではたしかに事故にはつながっていないが、練習中ずっと桜木さんが天江の練習を見守っている訳にもいかないので、上手くコントロールする方法を検討していかなければならない。
そんなことを考えながら松山のボールを受け終わり、次はその天江が投球練習の順番になる。
「よっしゃ。カナ!俺は外角のスライダーの出し入れの練習するから構えてくれ!!」
マウンド上でそう宣言する天江。
「またお前は...1球でも大きく外れたら別のボール投げさせるからな」
「わかったわかった」
俺の苦言に軽く返事をする天江、それでも投球を始めると「ストライク」と「ボール」を宣言してから投じる投球は大きく外れることなく外角に投じられる。
流石に10球中10球、という訳にはいかなかったが、少なくとも大きく投げ損じる事はなく、自身の投球を終えると、気分よく次の自分のポジションに移動していく。
その様子を尻目に、次に投げる順番である野上は普段の様子とは一変して早く投げさせろと言わんばかりにマウンド上で準備を始めている。
これには少し理由がある、野上のストレートは3人の中でも一番球速が速い。高校1年の時点で145kmのストレートが投じられるのは全国の高校生の中でも相当の上澄みだろう。
そんな彼のストレートは球速以上に伸びてくるので、彼が本気で投げるとうちの部では俺と天江と羽川しかキャッチできない。それをキャッチャーマスクを被り、座って捕球するという条件となると、現状では俺だけしかキャッチできない。
中学時代も彼の本気のストレートをキャッチできるキャッチャーはいなかったそうで、初めて彼のストレートを座ってキャッチした際は、非常に驚いた様子を見せ、その後もストレートを問題なくキャッチする俺を見て嬉しそうに次々と投げ込んでこようとする野上を停めるのに苦労したのは直近の面白い思い出の一つだ。
なお、数年のブランクがあった俺であったが、桜木さんから事前に野上の存在を教えてもらい、近所のバッティングセンターで150kmのマシンの元で事前にこっそりと捕球練習をしたのは俺と桜木さんだけの秘密である。
「ジュンはストレートと変化球を投げ分けていくから指示を聞いてくれよ!」
俺の言葉に普段はあまり自身の意見を主張しない野上なのだが、ストレートを投げたいという欲があるのだろう。不承不承という様子がうかがえる。
その様子に俺も苦笑いをしながら、ストレートの配球を少し多めに指示を出すと、嬉しそうにボールを投じてきた。
そんなこんなで3周ほど順番を回していくと、桜木さんが全体に集合をかける。
ブルペン陣の4人と野手陣は一度練習の手を止めて彼女の元に集まっていく。
「全員集まったわね。それでは記念すべき明日の練習試合のスタメン発表の時間よ」
桜木さんがそう言うと、マネージャー陣とスカウティング班が拍手で場を盛り上げる。その様子に俺たち選手たちも盛り上がって発表を今か今かと待ち望んだ様子で構える。
「先日話したとおり、明日、明後日は当校に相手校を招いての試合となります。先方には当校の人数が少ないことを説明して1塁と3塁の塁審は当校が、主審と2塁の塁審を相手方に出していただきますので、出場していない選手はその仕事があることも忘れないように」
「凰花、それは前も聞いたからわかってるって。それで、記念すべき初戦のスタメンはどうなるんだ?」
天江は自分が選ばれることをみじんも疑わぬ様子で桜木さんに話を先に進めるように催促する。
桜木さんは咳払いをしてホワイトボードの前に立つ。ホワイトボードには野球のダイヤモンドと各守備位置が書かれており、その横には選手各自の名前が書かれたマグネットが貼られている。
「それじゃあ発表します。打順の順番にポジションと合わせて呼ぶのでしっかりと聞くようにね」
そう言って明日のスタメンが発表される。
「1番ショート天江君」
「よっしゃ、先頭ホームランは任せとけ」
彼女から真っ先に名前を呼ばれたことに嬉しそうに答える天江。
「2番キャッチャー金沢君」
「俺が2番か」
「3番センター佐藤君」
「3番!!了解!!」
「4番サード羽川君」
「まぁ当然かな」
2番の俺から4番の羽川までは野球経験や今の実力からしても部員全員がまぁその通りだろうと予想していたメンバーであったため、特に異論も出ていなかったが、次に名前を呼ばれた選手は予想に反していた。
「5番ピッチャー松山君」
「え、俺!?」
名前を呼ばれた松山は呼ばれることを予想していなかったのか、驚いた様子を見せる。いや、正確に言うと、呼ばれたポジションに驚いているのだろう。
チラリと野上の方に視線を向けると、彼も自分がピッチャーとして呼ばれることを予想していたのか、すこしショックを受けた表情を見せていた。
「意図はあとから説明します。続けるわね」
そう言って桜木さんはスタメン発表を続ける。
「6番ファースト小松君、7番ライト安藤君、8番セカンド渡部君」
普段は主にセカンドを守る小松がファースト、レフトの守備位置を守る安藤がライト、そしてそのライトを守る渡部がセカンドの位置を指名される。
この3人は守備練習でサブポジションとしてそのポジションを守る練習を始めているが、いきなりの指名に3人も驚いた様子だ。
そして桜木さんが最後に名前を呼んだのはこの選手だった。
「9番レフト田川君」
「俺がスタメン...?」
初心者である田川は驚いた様子で発表を聞いていた。
「意図を説明しないと納得してくれなさそうな表情の人が何名かいるから説明するわね。まず基本的に練習試合は3回ずつを投手で分業して投げてもらいます。なのであくまでスタートのメンバーであって、レギュラーがどうだというのではないので誤解がないように」
彼女のその言葉に何名かは安心したように息を吐く。
「あくまで明日のスタート、という意味で先ほどの9人がスタメン。4回からは渡部君に変わって長瀬君がサード、安藤君に代わって山田君がライト、ピッチャーの松山君がファースト、ファーストの小松君がセカンド、サードの羽川君がショート、ショートの天江君がピッチャー。これが4回から6回までの布陣」
そう言ってホワイトボード上のマグネットを移動させて説明する桜木さん。
「7回からは田川君に変わってピッチャーが野上君、レフトに羽川君、天江君がショートに戻る。これが7回から9回までの布陣」
改めて9回までの布陣をボードで説明する。
「まずは全員に経験値を積んでもらう必要があるため、その日ごとに組み合わせを変えますが、明日はこの布陣でいきます。まず1回から3回、松山君の球威は3人の中では1番低いので、強い打球が飛ぶ可能性が高いので、サードとショートは主力の二人に任せてます。外野にボールが飛ぶことも多いと思うので、ここは経験を積んでもらうためにも田川君にも出場してもらっています野上君の時に出場させてボールが飛んでこないだと練習にならないので」
たしかに野上の球威だと外野にボールが飛んでいく機会は相対的に見て低いだろう。そう考えると、彼女の言うことにも一理ある。周りも同じように感じたのか納得した表情だ。
「田川君に期待するのは思いっきりの良さ。ミスは恐れないで、打球が飛んできたらエラーは恐れないでプレーをしてね」
「そういうことか!わかったぜ!」
「逆に7回からは野上君に変わって内野への凡打が増えると思うから長瀬君は落ち着いてプレーをするように、天江君はそのカバーもするように」
「おう!」
「任せろ凰花!4回から6回も華麗に抑えてみせるからな」
その言葉に長瀬と天江は元気よく応答する。
「サインは前回のMTGで伝えた通りです。覚えてない人間はいませんね?」
桜木さんが全員に視線を向けると、何名かがそっと視線をそらす。
「はぁ、あとでもう一度サインの確認をするのでしっかりと覚えるように。本番で忘れたら外周は覚悟してください」
その言葉に視線をそらした数名がブンブンと首を縦に振っている。
「では今からは明日のポジションごとでのシートノックを行います。グラウンドに移動してください」
「「「「はい!!!!」」」」
彼女のその言葉に俺たちは室内練習場をあとにしてグラウンドへ向かい守備練習に向かった。
「しゃーこっちに打ってこい!!」
「いや、こっちこーい!!」
明日の初戦にわくわくする気持ちを抑えながら、ノッカーに自分の方に打球を打つよう求める声を上げて、シートノックをこなしていくのであった。
なお、当初はノックの練習を続けている山口先生がノッカーを務めようとしたが、上手く打球が飛ばず、結果として経験者の大木さんがノッカーを務めた。彼女のノックは山口先生よりも上手く、お役交代となったのだ。
寂しそうにノッカーを交代する山口先生。俺は山口先生のノックの練習にもしっかり付き合おうと心に決めた。




