入学3日目 ②
登校後、クラスの教室に入る俺を待ち構えていたのは、ある程度の事情を説明した3人以外のクラスメイトが事情を聞きに来た。
クラスメイトには、入学時の奨学生制度の件に関しての手続き上の面談があり理事長から呼ばれ、理事長の孫である桜木凰花さんが突然先生に呼ばれるよりは周りへの影響が少ないだろうと気を利かせて呼びに来た、という作り話を説明しておいた。
これは桜木さんとも打ち合わせした内容であり、その話をした上でクラスメイトに桜木さんみたいな美少女が呼びに来たら逆効果だよねーと同情を誘っておいた。
クラスメイトの反応も俺と桜木さんに特定の関係がないという事への安堵と、半分笑い話にしたことで俺への関心は少しは薄れたようだ。この話が学年にも広がれば、今朝のような視線もそのうちなくなるだろう。
その後、山口先生がホームルームのために教室にやってきて、出席の確認と必要事項の伝達をして教室を足早に去って行った。
今日から授業がスタートしたが、どの時間も初めての授業とのことでまずは担当教科の先生の自己紹介や簡単な中学卒業程度の小テストを行った授業がほとんどで特筆することはほとんどなかった。
秀斗と古賀を昼休みに紹介するイベントなどを消化し、入学3日目もようやく放課後を迎える。
放課後、部活動の仮入部に参加を希望する生徒は各々希望する部活動の集合場所へ移動していき、希望しない者はそのまま教室に残る者もいれば、足早に教室を去る者もいる。
古賀は男子サッカー部、斉藤は女子バスケット部の集合場所へと向かっていき、野球部を希望する俺とマネージャー志望の大木さんは目的地が同じと言うことで一緒に向かうことにした。
集合場所は野球部専用グラウンドに併設されている室内練習場。この室内練習場には野球部の部室も併設されており、基本的にはグラウンドと室内練習場を行き来してもほとんど時間はかからず、また部室もそばにあるために面倒な時間のロスは大幅にカットされている。
ちなみに室内練習場内にはブルペンが2区画準備されており、投手陣は雨の日も気にせず投球練習ができ、投球時のモーション確認用にビデオカメラも設置されている。
もちろん野手陣が打撃練習や守備練習を行えるだけの広さも確保されているので、この室内練習場だけでも通常の公立校では準備できない私立ならではの強みがあるのだろう。
なお、この情報を何故俺が知っているかというと、桜木から事前説明を受けた、、、のではなく、昨日行われた部活動紹介の中で野球部の宣伝として全生徒に普通に紹介されていた内容なのである。
この施設の紹介だけでも野球経験者でもそうでなくても学園が力を入れていることを感じる内容なのであったが、その部活動紹介の中で意外とも言うべきか、部員募集の中で面白い項目があった。
野球部員を募集する項目、練習のサポートを行うマネージャーを募集する項目、そして俺が面白いと感じたマネージャーとは別に選手やチームの戦力分析、また外部の学校の偵察を行い戦力分析を行うスカウティング班を募集するという項目だ。
スカウティング班は監督の指示のもと、校内外に偵察に出ると言うことで監督同席の上で厳格な面談に合格した者が採用されるとのことだ。そのため、野球部員とマネージャーは仮入部期間いつでも入部を歓迎するが、スカウティング班だけは仮入部期間の初日のみに募集を行うと事前に説明があった。
俺ももし野球部に選手として復帰することがなければ、このスカウティング班というものに実際少なくない興味を持っていた。もしかしたらスカウティング班として活躍していた未来もあったのかもしれない。
「大木さんはマネージャーとして野球部に入部するの?」
野球部集合場所まで連れだって歩く中、隣の大木さんにそんな質問を投げかける。
俺の言葉を聞き、大木さんはやや困った顔を見せて答える。
「まだ少し悩んでいるんですけど、じつはスカウティング班の面談を受けようと思っているんです」
「聞いた俺がこんなこというのもなんだけど、マネージャーじゃないんだ」
「そうですよね。でも私も野球というスポーツが好きでプレーしていたので、マネージャーという仕事に憧れはあるんですけど、それでも動画で説明があったスカウティング班って学生ながらでも別の切り口で野球に関われると考えると面白そうじゃありませんか?」
大木さんの話に俺も納得する。
強豪校などではレギュラーやベンチ入りメンバーを果たせなかった部員が大会禁中にサポートとして他校の戦力調査を行うことが多いだろうが、それを専属部隊として準備するのは面白い試みじゃないかと思う。
「大木さんがそう思うならやってみるべきだよ。俺も応援する」
「金沢くん、ありがとうございます。もしスカウティング班に入れたら頑張りますし、駄目でもマネージャーとしては絶対に部に所属したいと思うから、今後もよろしくお願いいたします」
俺はガッツポーズで大木さんに応援の意味を込めた返事を返し、その後他愛のない会話を続けるうちに、目的地である野球部専用グラウンドに併設された室内練習場へとたどり着いた。
「大木さん、じゃあ俺は部室で動きやすい格好に着替えてくるから、一旦ここで失礼するね」
「はい、じゃあお互い頑張りましょう」
そう言って俺は部室の方に、大木さんはそのまま室内練習場に向かっていく。
部室に入るとすでに何名かが動きやすい服装に着替えていた。野球の練習着をすでに着ている者もいれば、ジャージを着用している者もいる。
仮入部期間は各々好きな格好で参加してよいというお知らせが行われており、正式に入部届けを出した時点で学校が準備する指定の練習着を貸与されるとのことだ。
なお貸与とのことだが、もちろん練習着は消耗品のためボロボロになれば返却する必要はなく、新しい練習着を格安で再度貸与してもらえるとのこと。
すでに練習着を着ているのはスポーツクラスの生徒で、来ていないのは普通科クラスの生徒と言うことで見極めればいいだろう。
俺も手短に着替えを済ませ、室内練習場へと足を運ぶ。
室内練習場には先に足を運んでいた大木さんの姿や他にもマネージャーやスカウティング班を希望している生徒が複数名、練習着や動きやすい格好をした生徒が十数名集まっていた。
その後10分ほどで予定の集合時間になった頃、集まった生徒はそこから倍ほど増えていた。
そして一番最後に室内練習場に入ってきたのは、この部の監督(今のところは俺しか知らない)である桜木凰花と顧問として紹介された山口先生であった。
そして集まった俺たちの前に立ち、山口先生を差し置いて話を始めたのは桜木凰花。
「桜阪学園野球部、監督の桜木凰花です!ではこれより野球部の仮入部期間初日とスカウティング班の選抜面談を始めます。よろしくお願いいたします!!」
野球部の仮入部に参加する全員の前に立ちそう話す桜木凰花の姿に、その場にいる全員が驚きの表情を隠せていなかった。
「皆さんが私の言葉に驚いているのはもちろん承知しています。スポーツクラスから野球部に参加されている方々はそもそもの事情は知っていると思いますが、訳がわからない方も多いと思いますので、この場で説明させていただきます」
そう言って一度後ろに控える山口先生に視線を向ける桜木。
「こちらにいらっしゃるのは野球部の顧問に就任していただいた山口先生です。山口先生は野球の経験はあられないとのことでして、主に部活動を行うための監督者として籍を置いていただいております。ご本人も指導経験もない自分が監督として部を率いることは望まないということで、このポジションについていただきました」
山口先生は桜木の説明にあわせるように相づちをうつと、桜木の言葉の最後に「そういうことだ。よろしく頼む」と一言だけ挨拶をした。
「本来、野球部監督のポジションには専任の指導経験者を迎えることになっておりましたが、その方の個人的な事情で就任いただくことが困難になり、また時期的にも別の指導経験者を迎えることが困難なため、理事長と相談の上、今年一年間は学生の自主性に任せて活動を許可いただき、また私が野球部の監督を務めることを了承いただきました」
「このお話は明日以降に仮入部に来られた方にも説明させていただきますが、今後まずは1年活動していく中で私が監督と言うことに気に食わない方も多いかと思います。ですがこれはすでに学園として決定された事項ですのでご了承ください」
「なお、この後のスカウティング班希望者の面談とマネージャー希望の方の対応は私、桜木凰花が、選手としての活動は本日は山口先生に活動を見ていただきます。明日以降は私が活動の監督をさせていただきますので、今日は入部オリエンテーションと思って気軽に参加してください」
「明日以降参加された方で正式に入部届けを提出された方は私の活動方針に賛同いただけた方としてビシバシ指導していきますので宜しくお願いします」
そう笑顔を向ける彼女の姿に、ここまで話された話の内容はさておいて、心を奪われた様子の生徒がちらほら。
「ではスカウティング班とマネージャー希望の方はこちらに」
そう言って彼女が希望者を募ると、男子生徒が4名、女子生徒が7名彼女に続く。
「じゃあ選手として入部を希望するのはこのままここに残って。スポーツクラス以外で正式に入部届けを出すまでは怪我をさせるわけにはいかないので、まずは今日ここにいるメンバーで桜木に依頼された体力テストを行うぞ」
そう言うと、山口先生はその場にいた生徒にプリントとペンを配布する。
「ここにまずは各自でテスト結果を記載するように。まぁ今日は簡易的な内容とのことで、正式な数値は仮入部期間終了後に残ったメンバーで詳細なテストを加えて再計測するとのことだ。だからって手を抜いた数値を記載すると、本数値との整合性が合わず、真面目に活動をしていないと判断するとのことだから、きちんとやるように」
そう話すと山口先生は全員にプリントが行き渡ったかを確認する。
プリントには30m走、ベースランニング走、遠投距離、スピードガン測定の4項目。
30m走は走り始めてから初速からいかに瞬間的に反応しトップスピードに乗れるのか。ベースランニング走は実際にまっすぐ走るのとは別に各ベース間をいかにタイムロスをなくし速く走れているか。遠投距離はその名の通り現時点でいかにボールを遠くに投げる能力があるか。スピードガン測定は文字通りボールをいかに速く投げるかを測定し、投手適正の把握といった点もあるのだろう。
その言葉に従うように入部希望者は各項目を測定するために動き出し、それぞれの項目を消化していった。
なお、俺の記録は30m走とベースランニング走は体重のこともありお察しの記録となり、遠投とスピードガン測定については久しぶりに硬球を遠投したことが自分の想定よりやや低いという記録であった。2項目に関しては夏までには自分で納得いくまでのキレを取り戻したい。
また、記録の中でスポーツクラス生徒の中で度肝を抜かれるような生徒もいた。彼は正式に入部しているようなので恐らくピッチャーとしてチームのエースに選ばれるであろう。
今後3年間付き合っていくだろう彼の姿を見て、俺は無意識に拳を握りしめ、どこまで上を目指せるのかという期待に胸を膨らませるのであった。




