冒険者ギルドは「死亡冒険者ゼロ日数」記録を伸ばすため、努力を惜しまない
冒険者とは、さまざまな依頼を受け危険に立ち向かう、今や王国になくてはならない存在である。
そして、そんな彼らを管理する組織が「冒険者ギルド」である。
王国中に点在するギルドは、その地域の冒険者たちを実力によっていくつかのランクに分け、適切な仕事を与える。
これにより冒険者の死亡事例はぐんと減った。
しかしそれでも、冒険者とは危険と隣り合わせの仕事である。死亡者を完全にゼロにすることは難しい。
だが――あるギルドはもうまもなく「死亡冒険者ゼロ3000日目」に達しようとしていた。
***
『死亡冒険者ゼロ2996日目』
このギルドの受付横にある看板にはこう掲げられていた。
若い職員が、ギルドを取り仕切る壮年のギルドマスターに話しかける。
「あと四日ですね……」
「うむ、あと四日死亡冒険者を出さなければ、王国からはさらなる報奨金を貰える」
冒険者ギルドの腕の見せ所といえばなんといっても、冒険者の力量に見合った仕事をあてがうこと。
このため死亡冒険者が少ないギルドは評価され、あまりにも多いギルドは罰金などのペナルティを課せられることさえある。
死亡冒険者ゼロ2996日というのは、今までに例のない驚異的な数字であった。
3000日を達成すれば、それこそ歴史に残る偉業となる。
ところが――
「大変です!」
「なんだ?」
冒険者はいざという時のために救助を要請できる魔道具を携帯している。
その信号を受け付ける職員から報告が入る。
「ポイズンラット討伐に出向いていたCランク冒険者の集団が、返り討ちに遭い、瀕死の重傷だそうです!」
「……! それはまずいな……3000日を目前に、死なれるわけにはいかん」
マスターは、ギルドの片隅でマフィンを食べている一人の男に目を向けた。
「ノルゼン!」
「……ん?」
ノルゼンと呼ばれた男は白いローブに身を包んだ術師だった。
銀髪で灰色の瞳を持ち、冷たい雰囲気を纏う彼は、まさにこのギルドの切り札といえる人材である。
「聞いていただろう。Cランク冒険者たちの救援に向かってくれ」
「分かった……すぐに向かう」
ノルゼンはローブをひるがえすと、すぐさまギルドを出た。
ギルドマスターは微笑む。
「ふふ、彼がいる限り、我がギルドの死亡冒険者ゼロの記録は伸び続ける……」
***
ギルドを出たノルゼンは、風の魔法を駆使して高速飛行する。
「……あっちか」
飛んでから数分、岩場にて冒険者たちを発見する。
冒険者パーティーは男二人女一人の計三名。
男女二人はすでに意識不明、残る一人もポイズンラットに追い詰められていた。
「ちくしょう、来るな、来るなぁっ!」
「キュルルルル……」
冒険者は剣を振るうが、ポイズンラットは容赦なく距離を詰めてくる。甲高い鳴き声が恐怖をいざなう。
ネズミとはいえ大きさは一メートル、動きは俊敏で、名前の通り噛まれれば毒に侵される。
紫色の毛皮はぶ厚く、一般人による刃物の攻撃などまるで通じない。
とはいえCランク冒険者ならば、十分倒せるはず――だったのだが、彼らは半ばラッキーで手柄を上げていた部分もあり、未熟だった。
その結果がパーティー壊滅では、むしろアンラッキーといえるかもしれない。
「も、もうダメだっ……!」
その瞬間だった。
上空から降り注いだ炎の塊がポイズンラットを直撃し、一撃で頭を粉砕した。
「わっ!?」
驚く冒険者の眼前にノルゼンが降り立つ。
「大丈夫か」
「あ、あなたは……いつもギルドにいる……」
「心配するな。すぐに回復する」
到着ついでの一撃でポイズンラットを葬ったノルゼン。
その後の処置も完璧だった。
まず意識を失っていた二名を術で回復させ、体内の毒も取り除く。
さらに、意識のあった一名にも回復の術を施す。
「今回のポイズンラット討伐は失敗とする。それと、お前たちはDランクに格下げだ。文句はないな」
「は、はい……」
実力の足りない冒険者が、実力に相応しくないランクにいることほど危ないことはない。
こうしてこのパーティーは助けられ、死亡冒険者ゼロの記録が途絶えることはなくなった。
***
だが、災難とは重なるものである。
ノルゼンがギルドに戻ると、ギルドマスターが険しい顔をしている。
「シルバードラゴン討伐にジャント山に出向いたAランク冒険者から連絡がない……」
「ほう……」
「仕事を終えて早々すまないが、すぐに出向いてくれ。記録を途絶えさせるわけにはいかん」
「分かっている。すぐに向かおう」
ノルゼンは風魔法でジャント山に飛んだ。
そして、ノルゼンはあってはならない光景を見た。
「……これは」
剣は折れ、鎧は砕け、体じゅうを切り裂かれたAランク冒険者の姿があった。
白目をむき、大量に出血し、あちこちから内臓も飛び出している。
「……」
だが、ノルゼンは冷静だった。
まず、術で全身を綺麗に修復する。
しかし、冒険者が意識を取り戻すことはない。
(やはりダメか……。だが、記録を途絶えさせるわけにはいかない。それほど国からの報奨金はオイシイのだから……)
ノルゼンは合掌すると、呪文を唱え始める。
全身が青白い光を帯び、そのまま右手で冒険者の肉体に触れる。
すると――
「ウグ、ググ、グ……」
「よぉし、いい子だ」
ノルゼンが笑みを浮かべる。
やがて、冒険者の肉体は起き上がり、喋り始めた。
「ワタシハ……ナニヲスレバ……」
「そのまま冒険者ギルドに行き、冒険者を辞める手続きを取ってくれ」
「ワカリ……マシタ……」
「その後しばらくして術が解ければ、お前は今度こそ死を迎えるわけだが、その頃には冒険者ではない。つまり、我がギルドの死亡冒険者ゼロ記録には影響しないというわけだ」
「ソノトオリ、デスネ……」
「よし、行け」
冒険者はふらふらと山を下りるために歩き出す。
その肉体にすでに体温は宿っていない。
そこに、唸り声が聞こえた。
「シルバードラゴンか」
「……!」
シルバードラゴン。銀色の皮膚を持つ巨大なドラゴンだが、明らかに怯えている。
ノルゼンはそれを見て笑う。
「死体操作の術は禁術で、非常に疲れるのでね。お前の相手をするつもりはない。もしお前が言葉を喋れるなら、殺さなくてはならなかったが……喋れなくてよかったな」
シルバードラゴンは牙をガチガチと鳴らす。
彼は何に怯えるのか。
自分より遥かに強い術者に対してか。自分が殺したはずの人間を容易く操作する術に対してか。それとも死体を操作してまで記録を伸ばそうとする術者の倫理観に対してか。
もしくは、そんな術者ですら冒険者ギルドというごく小さな組織の歯車の一つに過ぎないという人間社会そのものに対してか――
シルバードラゴンの震えはノルゼンがいなくなってからも、一時間以上は収まらなかった。
その後、ノルゼンの目論見通り、冒険者はギルド脱退の手続きを済ませ――道端で行き倒れた。
突然の心臓発作――それが公式な彼の死因となった。
数日後、この地方の冒険者ギルドは「死亡冒険者ゼロ3000日目」をめでたく達成。
ギルド職員らが沸く中、ギルドマスターがグラスワインを片手にノルゼンに語りかける。
「ノルゼン、この偉業を達成できたのは君のおかげだ。むろん君へのボーナスは弾もう。これからもよろしく頼むよ」
ノルゼンもまた、グラスに入った真紅のワインを一口飲み、わずかに口角を上げた。
「ああ、任せてくれ」
おわり
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