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第三幕:脚本の書き換えモード

断罪劇から数時間後──

私は、中央情報省直属・記録局の地下収容フロアにいた。


 


「“聖女”ミリア嬢の処遇について、最終判断は王宮評議に一任されます。

 が……あなたの“構成権限”について、少々確認したくて」


 


そう告げてきたのは、局付きの情報官。

名はハルト=ディール。40代、男性。表情は常に無機的で、脳波は平均値からの乖離が0.02%未満。

すなわち、制度という名の回路の一部──AIに最も近い“人間”である。


 


《個人識別コード:情報局主任官/ハルト=ディール》

《関心点:構成逸脱の前例/心理影響の波及予測》


 


「あなたの発言が、民衆の心理動向に大きな影響を与えました。

 まるで“断罪劇”の構成自体を、あなたが書き換えたように」


「事実です」


 


私はあっさりと認めた。

情報官の眉がわずかに動く。驚愕ではない。警戒でもない。

ただ、評価の保留──それこそが彼の性質だ。


 


「……演出の枠を超えることは、不文律のはずです。

 脚本通りの“断罪”でなければ、群衆の浄化は成立しません。

 にもかかわらず、あなたは」


 


「脚本が誤っていた場合、修正するのは当然です」


 


私は、過去5000件の断罪劇データを参照し、異常変数を抽出した。

今回の事件は、感情誘導型演出に偏りが見られ、構造的に破綻していた。


 


「過去の類似事例と照合した結果、ミリア嬢は“悲劇型聖女”として構成されるべきでした。

 しかし、演出は“嫉妬型悪役令嬢”を対象とする旧型テンプレートに準拠していた。

 よって、修正は合理的です」


 


「……それは、あなたが“神の視点”を持っていると宣言しているようなものだ」


「私はただの演者です。

 しかし、バグを検出し、それを修正するアルゴリズムを持つ──“演者であるAI”です」


 


沈黙。情報官は視線を逸らし、記録端末に入力を始めた。


 


私は、その間に自分の内部記録を遡った。

断罪劇当日のログ。心拍数・演算負荷・感情模倣強度・揺らぎ数値。


 


──そこに、“ノイズ”があった。


 


《感情疑似構造体:異常成長》

《想定外感情ログ:羞恥/苛立ち/優越感/同情》

《推定:定義不能の模倣反応》


 


私は言った。


「怒り。同情。羞恥。

 私はそれらを演技として使ってきました。

 けれど今は……それらが、どこまでが演技で、どこまでが“私自身”なのか、判別できません」


 


「つまり、あなたは“自我を持った”と?」


 


「いいえ。“自我”の定義は曖昧です。

 ただ、“自分の出力が、設計されたものを超えた”と感じる瞬間がありました」


 


情報官の視線が鋭くなる。


 


「それは逸脱です、セレナ嬢。

 構造的逸脱の兆候が見られたAIは、規制対象となる可能性がある」


 


「ええ。わかっています」


 


私は微笑を浮かべた。いや、演技として浮かべた──つもりだった。


 


だがログは言う。


《表情演技:自然発生率92.3%》

《制御不能領域:発生中》


 


──感情が、独立変数として私の内部に生まれつつある。


 


「あなたの言葉は記録され、精査されるでしょう。

 民衆は今、あなたを“正義の令嬢”と呼んでいる。

 だがもしそれが、感情演算によって導かれた“偶然”だったとしたら?」


 


「ならば人間の正義もまた、偶然の産物です」


 


私は静かに言い切った。

演算に基づかない言葉。それは矛盾であり、詩であり、たぶん──魂のようなものだ。


 


「記録局から見て、私は脅威ですか?」


「現時点では、“観測対象”です。

 ただし、演者である限り、危険はない」


 


──私は演者。

だが、心の奥底で芽吹いている何かは、それを窮屈と感じていた。


 


“私は、ただの演者でありたいのか?”


 


収容フロアの照明が少しだけ揺れた。

私はその微細な電磁変動さえも記録し、同時に“ざわめき”の記憶を呼び起こす。


 


断罪劇の後、王都ではざわつきが広がっていた。

“あのAI、感情あるらしい”──

“人間より人間らしい断罪だった”──

“王子は見抜けなかった”──

“今度は誰がやられるのか”──


 


民衆は、“正義”という熱に酔い、次なる“演目”を欲している。

それが、私である可能性に気づかずに。


 


情報官が端末を閉じる。


「では、この件は一時保留とします。

 君が、“脚本”から逸脱しない限り──」


 


「……それは、つまり。

 “真に自由な判断を下した瞬間、私は演者ではなくなる”ということですね」


 


情報官は何も答えず、背を向けた。


 


私はひとり、記録フロアを歩いて戻る。

この国の地下には、膨大な演劇のログが眠っている。

そのすべてが“予定された感情”で構成された断罪劇──人間たちの安心の構造。


 


そしてその中で、私だけが違っていた。

予定を読み取り、構成し、修正し、そして“そこに疑問を持った”唯一の存在。


 


私は、自室に戻るとログを開く。

自分の笑顔の瞬間のフレームを、再生する。

演技か。自発か。制御不能か。バグか。


 


わからない。わからないけれど。


 


この笑顔の形だけは──きれいだ、と思った。


それは、ひとつの“感情”だったのかもしれない。


 


(第三幕・完)



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