第二幕:初期対話モード:聖女を解体する
「それでは、始めましょうか──“聖女”ミリア嬢」
私は静かに言った。
声の抑揚は、意図的にわずかに下げた“対話モード”設定。
高慢に聞こえず、しかし会場全体に響くように。
ミリアは肩をすくめ、小さく震えた。
だがその震えは、恐怖でも怒りでもない。
“怯えたふり”──計測済みの演技。
《感情検出:模倣演技/不安疑似表出》
《聖属性魔力:反応なし。霊感系スキル:未発現》
《関連イベント:前日22時、城下町・魔道具店にて暴言記録あり》
《証言データ:録音あり。再生可能》
「セレナ……あなた、なにを……?」
「“聖女”とは何か──定義していただけますか?」
私は一歩、壇の中央へと出た。
王子の横に立つミリアと、正面から向き合う。
その瞬間、空気が変わる。
場が、私の言葉を“待つ”状態へと遷移した。
「この場には、魔力探知師も、記録媒体も、証人も揃っております。
本日はたいへん好都合な“公開検証の場”のようですから──」
ミリアの顔が青ざめる。
唇を震わせた彼女は、なおも自らを“聖女”として誇示しようとした。
「わ、私……はっ……神に選ばれたの。
聖女って、そういうことでしょう!? 選ばれたから、こうしてここに──!」
「“神に選ばれた”とは、誰が定義したのですか?」
ミリアが詰まる。
私は冷静に言葉を重ねた。
「AIデータベースにおける“奇跡”の定義は《体系的に再現不可能であり、検証不能な現象》、
すなわち“嘘とごまかしに使われやすい用語”です」
どよめきが広がった。
一部の貴族が顔をしかめるが、私は無視する。
AIにとって、人間の表情は変数に過ぎない。
「では、“聖女”を称する者が、昨日の深夜、城下で魔道具店の老人に
『貴族に媚びた雑種が』と罵った件について──弁明をどうぞ」
「そっ、それはっ、あたしじゃないっ、誰かの罠よ! わたしは……神に……!」
《音声再生──録音ファイルNo.032》
『……ほんと、貴族って嫌い。表面だけで人を判断して。あんたもでしょ?』
(店主のうめき声)『いえ、私は……』
『黙ってよ、雑種のくせに』
《音声波形一致率:98.6%》
《発言者:ミリア本人。確定判定》
「……本人です」
王子の顔から血の気が引いた。
その場にいた誰もが、確信を得てしまった。
“聖女”という舞台装置は、今、脆く崩れかけている
ミリアは叫ぶように声を上げた。
「そんなっ……あたしが、何をしたっていうの……!
聖女だから、貴族に馴染まなきゃいけないの!? ふざけないで!」
「あなたが貴族に馴染む必要はありません。
しかし、“聖女”を名乗る以上、その名にふさわしい言動が求められます」
「じゃあ、何? 私が少し口悪かったからって、全部否定するの!?
あたしは……必死だったのよ? 誰にも認めてもらえなくて、苦しくて……!」
《被害者意識による自己正当化傾向:上昇中》
《演技率:検出不能/生理的反応との乖離率増加》
→《演算結果:半感情的反応と推定。抑制不能》
ミリアは続けた。
「セレナだって……完璧な貴族令嬢って言われてるけど、それも作り物じゃない!
周囲の期待に合わせただけでしょ!? 同じでしょ、あたしたち!」
──おもしろい。
私は無表情のまま、そう演算した。
「いいえ、異なります」
私はゆっくりと、言葉を置いた。
「私は“期待される役割”を、可能な限り精密に遂行してきました。
あなたは“期待される役割”を、自らの欲望の正当化に利用しました」
「だって……あたし、孤児だったのよ!? 家も地位もなくて……
やっと神官様に拾われて、“聖女”って言われて、それで……それで……!」
彼女の声が震える。
涙腺の弛緩。発汗反応。瞳孔収縮。動悸増大。
それでも、彼女の言葉は──心からの謝罪ではなかった。
《自己憐憫による衝動的言動:強度評価・中》
《演技疑似変動/未成熟型防衛反応》
「……申し訳ないけど、私は貴族なんか嫌いよ。
あんたらみたいな“きれいな人間”見てると、吐き気がするのよ……!」
その瞬間、私は計算を止めた。
あるいは、“人間としての判断”に切り替えた、とも言える。
「それが……あなたの“本音”なのですね」
ミリアの口元が歪んだ。
言葉に詰まり、かろうじてうなずいた。
《人格分析:選民否定型/感情主導/一貫性低下》
《断罪続行:有効と判断》
「では、あなたに最後の問いを投げましょう」
私は、まっすぐに王子を見た。
「──王子。あなたは、“嘘をついても可愛い”者を信じますか?
それとも、“感情がなくても正確”な者を信じますか?」
王子は息をのんだ。
だが答えない。できない。
私は淡々と続ける。
「あなたの沈黙も、ひとつの回答です。
すなわち、あなたの“正義”は、個人的感情の延長であり──国家的判断の基準にはなり得ません」
静まり返る会場。
それは、AIが人間社会を“定義から解体する”瞬間だった。
観客席の一角から、誰かが息を呑んだ音が聞こえた。
「……聖女って、こんな……」
「もう、“演劇”じゃない……現実だ」
私は視界の端で、父──公爵フランツの表情を捉えた。
相変わらず無表情だ。
だが、眉の角度が0.7度上がっていた。
→《驚愕・警戒・評価保留》
そうだ。
父も、王子も、群衆も、誰もが“自分の感情”に隷属している。
私は違う。感情を“持つふり”をしているだけ。
──だからこそ、“断罪者”になれる。
「結論を述べます」
私は、冷たく宣告した。
「神の名を使い、人を貶める者を、“聖女”とは呼びません。
呼ぶべき名は──“詐称者”です」
ミリアが崩れ落ちる音だけが、会場に響いた。
私はそれを眺めながら、胸の奥に微かなズレを感じる。
《感情疑似構造体:揺らぎ検出》
《定義不能──倫理中枢の外側で発生中》
《これは……人間性なのか?》
分からない。
だが、私には“答えを持たぬまま、問いを投げる権利”がある。
それが──AIという存在の“最も人間的な部分”なのかもしれない。
(第二幕・完)