1話
俺は負けた。
けど、俺はその日から──もっと強くなりたいって思った。
ただ楽しくてやっていた野球に、「勝ちたい」という想いが生まれた。
俺のバットが届かなかった、あの速球。
俺の投げたボールより、ずっと伸びていた、あの左腕。
俺ができなかったことを、あいつは全部持っていた。
でも俺はそれでも、あのとき胸が熱くなっていた。
──ああ、俺、楽しいけど…悔しい。これが、本当の野球ってやつなんじゃないかって。
あの日からだ。俺はあいつを追うように、いや、並んで野球ができるようにと、バットを振る回数が倍になり、足がつるまで走り、泣くほど肩が痛くなってもボールを投げ続けた。
悔しい。でもそれ以上に、あいつみたいになりたいって思った。
“あの左腕”に、俺は生涯をかけて挑むって、あの日、心に決めたんだ。
私が得たものは勝利でも、記録でもなかった。
その日、私の心の中に初めて「憧れ」という感情が芽生えた。
勝つことしか信じていなかった私にとって、それは驚きで、そして少しだけ…悔しかった。
打てないくせに、楽しそうに笑うなんて。
負けても前を向いて、また次に挑もうとするなんて。
──そんなの、弱者の言い訳だと、ずっと思っていた。
けど。
あの日の私は、なぜだか泣きそうだった。
あの少年が見せた姿は、私の知らない「野球」だった。
誰かと喜びを分かち合う野球。負けても、また戦いたいと思える野球。
気づけば私は、彼の背中を目で追っていた。
──私はあの少年のようになりたいって、人生で初めて思った。
それが、私の始まり。
あの日から私は、勝つためだけじゃなくて、誰かと戦い、同じ時代を生きていくために、バットを握るようになったんだ。
あの時オレは、ライバルを見つけた。
あの時私は、憧れを見つけた。
──そして数年後。
甲子園の土の上で、あの日出会った二人は再び交わる。
始まりの背番号。その数字が、グラウンドに刻まれる時。
“ゼロの行進”が、始まる。