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冒険に行きたくなった

「う……うっぷ……く、くるしい……もう、指一本動かせない……」

「し、幸せだけど……お腹がはちきれそうだよぉ……」

「…不覚だ。この私が、たかが『ぴざ』ごときで、ここまで……」


キャンピングカーの床やシートには、達也、リリア、マリアの三人が、満腹感と食後の強烈な睡魔で完全にノックアウトされ、屍のように転がっていた。アクアが具現化させた「本物のピザ」の破壊力は、三人の胃袋の限界を遥かに超えていたのだ。


そんな中、この惨状(?)を引き起こした張本人であるアクアだけは、ケロッとした顔で立ち上がり、満足げにお腹をさすっていた。

「ふっふっふ、どうだい? これが僕の故郷の『Lサイズ・チーズ増し増し・ミートデラックス』の威力さ! 初心者にはちょっと刺激が強すぎたかな?」


誰もアクアにツッコむ気力は残っていない。

アクアは、転がる三人を見下ろし、やれやれといった様子で肩をすくめると、達也がテーブルの上に置きっぱなしにしていたノートパソコンに目をつけた。


「ふぅ、食後の腹ごなしに、ちょっと調べものでもしますかな」

彼女はそう言うと、達也に断るでもなく、ノートパソコンの前にちょこんと座り、慣れた手つきで電源を入れた。


「お、おい、アクア…勝手に使うなよ…」達也が呻くように言うが、アクアは聞こえないフリだ。

「まあまあ、いいじゃない。僕もタツヤくんと同じ世界の人間なんだから、これくらい見てもバチは当たらないって」


アクアは、達也がエンジンをかけっぱなしにしているのをいいことに、インターネットに接続すると、デスクトップの壁紙(達也が撮ったキャンプ場の風景写真だ)を一瞥し、そして、隅にある一つのアイコンを見つけて目を輝かせた。


「おっ! なんだこれ、懐かしいな! タツヤくんもやってたんだ、『エターナル・フロンティア・オンライン』!」


「え…」達也は、そのゲームの名前に、少しだけ意識を浮上させた。


アクアは「ちょっと借りるよー」と言うと、慣れた手つきで自分のIDとパスワードを打ち込み、EFOにログインしていく。達也は、満腹で動けないながらも、その様子をぼんやりと見つめていた。


画面に表示されたのは、アクアのキャラクター――派手なフリルのついたローブを身に纏い、巨大な杖を携えた、青髪ツインテールの美少女魔法使いだった。キャラクター名は【†漆黒の堕天使☆アクア†】。いかにもな名前だ。


「よーっし、ログインっと!」

アクアのキャラクターは、活気のある城下町に降り立つと、水を得た魚のように生き生きと動き始めた。チャットウィンドウを高速で開き、ギルドメンバー(だろうか?)と意味不明な顔文字を交えて会話したり、広場でド派手な上級魔法を無駄に詠唱してエフェクトを楽しんだり、マーケットを覗いて「あー、この素材、値上がりしてるなー」などと呟いたりしている。その姿は、先ほどの天才(自称)魔道具師の雰囲気とは全く違う、ただの(しかし重度の)ネトゲ好きの少女そのものだった。


達也は、その光景を、ただぼんやりと見ていた。

(こいつも…EFO、やってたのか…。しかも、かなりやり込んでるな、あの装備…)


アクアが楽しそうに元の世界のゲームに興じている姿。しかし、今はもう違う。KENJIとのチャットで、自分がもうあの世界には戻れない、ただの「異世界人」になってしまったのだと、はっきりと自覚してしまったから。


(俺はもう…あんな風に、心の底から楽しむことなんて、できないのかもしれないな…)


アクアが楽しそうであればあるほど、達也の心の中には、郷愁と、そして深い孤独感が静かに広がっていく。同じ世界から来たはずなのに、彼女はまだあの世界と繋がっていられるように見えて、自分だけが完全に取り残されてしまったような気がした。


「あれー? タツヤちゃん、見てるー? 今度、僕が君のキャラ、レベル上げしてあげようか? レベル1じゃ、スライムにも勝てないでしょ?」

アクアが、こちらを振り返り、ニヤニヤしながら言ってくる。


「……うるさい……ほっとけ……」

達也は、そんなアクアの言葉に答える気力もなく、ただゴロリと寝返りを打ち、壁の方を向いてしまうのだった。


しばらくして、動けるようになった達也がリビングスペースに戻ると、そこではアクアが当然のように達也のノートパソコンを占拠し、イヤホンもせずに日本のJ-POPを大音量で流しながら、ノリノリで体を揺らしていた。

「♪君と夏の終わり~将来の夢~大きな希望忘れない~♪ってね! いやー、僕のいた時代の名曲は色褪せないなー!」


達也は、そんなアクアを尻目に、今日は何をするかと考えていた。


(キッチンカー計画…進めないとな、場所探しも…でも、またあのパックルとかいうドラ息子に会うのも、オルガって人に会うのも、正直気が重い…)


商売は、思った以上に面倒で、危険が伴う。自分の容姿が原因で、余計なトラブルを呼び寄せているのも事実だ。


(…なんだかんだ言って…)


達也は、ふと数日前のことを思い出した。リリアに半ば強引に連れていかれた、「妖精の水晶窟」という名の巨大冷凍庫。


(…あの時、結構楽しかったよな。もちろん、冷凍庫だったのは完全に詐欺だし、二回も爆発して死ぬかと思ったけど)


知らない場所へ行き、何があるか分からないドキドキ感。マリアが警戒し、リリアがはしゃぎ、自分がツッコミを入れる、あの三人のやり取り。そして、最後にアクアという謎のトラブルメーカーまで現れた。


(冒険者ギルドでは、レベル1だって笑われたけど…マリアとリリアがいれば、戦闘は任せられる。俺は、アイテムボックスでのサポートとか、通販での物資調達とか、やれることはあるはずだ)


キッチンカーで一つの場所に留まって商売をするのもいい。でも、もっと色々な場所へ行ってみたい。この世界の、誰も知らないような景色を見てみたい。そんな思いが、達也の心の中でむくむくと湧き上がってくる。


(そうだ。俺は、この世界で、冒険がしてみたいのかもしれない)


だがその前に

「今日はもう店も出せないし、しばらく入ってなかったから、シャワーでも浴びるか」


「「シャワー!!」」

その言葉に、リリアとアクアの目が、同時にキラリと輝いた!


「わーい! あの気持ちいいお湯のやつだね! やったー!」リリアは子供のようにはしゃいでいる。


しかし、それ以上に興奮していたのはアクアだった。

「シャワー! まさか、あの火も魔石も使わずに、常温の水を瞬時に任意の温度の温水へと変換し、適切な水圧で噴出させるという、驚異の熱交換効率と流体制御を内包した、故郷の超絶テクノロジーを、また体験できるというのかい!?」

アクアは目を輝かせ、達也に詰め寄ってくる。

「すごい! すごいよタツヤくん! あのコンパクトな装置のどこにそんな力が!? 熱源は何!? ポンプの構造は!? ねえ、今日は分解させてもらってもいいかな!? ダメ!?」


「絶対にダメだ!!!」達也はアクアを全力で引き離しながら叫んだ。「いいか、お前は絶対に機械に触るなよ! 見てるだけだ!」


達也はアクアに固く釘を刺すと、渋々外部シャワーの準備を始めた。リリアが「私からー!」と一番乗りを主張し、マリアは「やれやれだ…」とため息をつきながらも、周囲の見張りに立ってくれる。


アクアは、達也が手際よくホースを繋ぎ、FFヒーターの温水機能のスイッチを入れる様子を、最初は研究者の目でじっと観察していた。

「ふむふむ…熱交換の効率は…? ポンプの流量は…? あの銀色の箱(FFヒーター本体)が熱源か…? 興味深いな…」

彼女は、持っていたノートに、何やら数式や図を猛烈な勢いで書き込み始めた。


しかし、達也がシャワーヘッドのコックをひねり、シャーッという聞き慣れた音と共に、温かい湯気を立てたお湯が勢いよく噴き出した瞬間、アクアの動きがピタリと止まった。


彼女は、ノートとペンを取り落とすのも構わず、その光景に釘付けになった。そして、おそるおそるその湯気に手をかざし、流れ落ちるお湯に指先で触れた。


「…………あったかい……」


アクアは、ぽつりと、か細い声で呟いた。その青い瞳が、驚きと、信じられないという思いと、そして何よりも深い郷愁の色で、みるみるうちに潤んでいく。


「……お湯だ……ちゃんとした、温かいお湯が、こんなにたくさん……」


さっきまでの、自信満々な天才魔道具師(自称)の姿はどこにもない。彼女はただ、呆然と、流れ落ちるお湯を見つめていた。

「ねえ、タツヤくん…」アクアは、振り返って達也を見た。その声は、少し震えている。

「これ…僕たちのいた世界では、当たり前だったんだよね…? 蛇口をひねれば、いつでもこんな温かいお湯が出てきて、毎日お風呂に入って…。僕、こっちに来てから、ちゃんとしたお風呂に入ったの、何年ぶりだろう……。もう、諦めてたのになぁ……」


その横顔は、達也がこれまで見たことのないほど、寂しげで、そして年相応の少女のようにか弱く見えた。


達也は、そんなアクアの姿に、言葉を失った。自分と同じ世界から来た彼女もまた、この異世界で、失われた「当たり前」を抱えながら、ずっと一人で生きてきたのだ。その孤独の深さを、垣間見た気がした。


「わーい! 一番乗りー!」

そんなしんみりとした空気をぶち壊すかのように、リリアがタオル一枚の姿でシャワーに飛び込んできた。

「きゃー! あったかーい! 気持ちいいー!」

リリアが無邪気にはしゃぐ声を聞きながら、マリアもまた、アクアと達也の様子を、どこか優しい、複雑な眼差しで見守っていた。


達也は、アクアに何と声をかければいいのか分からないまま、ただ、彼女の肩をそっと叩いてやった。今は、言葉よりも、ただそばにいてあげることが一番な気がした。

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