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企業秘密

「くそっ、なんでかからないんだ!」


暗闇の中、達也は半ばパニックになりながら、ひたすらエンジンキーを回し続けていた。キュルキュルという空しい音だけが、雨音に混じって響く。


その時、後部のベッドスペースからマリアの冷静な声が飛んできた。


「おい、タツヤ。いつまでもそんな風にガチャガチャやっていても仕方ないだろう。そんなことでは、その…奇妙な箱を動かす力?が完全に尽きてしまうかもしれないぞ。まずは落ち着け」


達也はハッとしてキーから手を離した。言われてみればその通りだ。焦って無駄にバッテリーを消費していた。


「そして、明かりを確保するのが先決だ。何も見えなければ、原因を調べることも、対策を立てることもできん」


マリアの口調は淡々としていたが、傭兵としての経験に裏打ちされた的確な指示だった。達也は少しだけ冷静さを取り戻す。


「あ、ああ…そうだな。明かり…」


幸い、達也には手段があった。彼は意識を集中し、異世界通販のサイトを脳内に展開する。「ランタン」「懐中電灯」「照明」…検索すると、様々なアイテムが表示された。オイルランプや、魔石を燃料にするらしいゴツいランプもあるが、達也が選んだのは見慣れた形状のものだった。


(やっぱりLEDが一番使いやすいよな。明るいし、燃料もいらないタイプなら…あった!)


達也は、USB充電式で、かなりの明るさを持つ比較的新しいモデルのLEDランタンを見つけ出した。値段は8,000円。安くはないが、今の状況では必要経費だ。躊躇なく購入ボタンを押す。


アイテムボックスから、手のひらサイズの、金属と樹脂でできた現代的なランタンを取り出す。マリアに気づかれないように、こっそりと自分の影になるようにしてスイッチを入れた。


カチッ。


次の瞬間、狭い軽キャンパーの車内が、まるで昼間のような眩しいほどの白い光で満たされた。暗闇に慣れていた目がチカチカする。


「なっ…!?」


後方から、息をのむ音が聞こえた。達也が振り返ると、マリアがベッドから半身を起こし、信じられないものを見るような目でランタン――そして達也――を見つめていた。その鳶色の瞳は大きく見開かれ、驚愕に染まっている。


「そ、それは何だ!? タツヤ! その、手に持っているものは一体…!? 魔法の道具か何かか!?」


マリアは興奮した様子で、達也に詰め寄ろうとするが、まだ体力が完全に戻っていないのか、少しふらついている。無理もないだろう。火も、オイルも、魔石のようなものも見当たらないのに、これほど強く安定した光を放つ物体など、彼女の常識には存在しないはずだ。


「え? ああ、これか?」達也はしまった、という顔をしながらも、ランタンをマリアから少し隠すように持ち替えた。「こ、これは…その、うちの地方に伝わるっていうか、親父が作った特殊な灯りで…まあ、気にするな!」


苦し紛れの言い訳。だが、そんな説明でマリアが納得するはずもなかった。彼女の達也に対する疑念の眼差しは、先ほどよりも明らかに深まっている。


「特殊な灯り、だと…? 君はいったい…?」


明るさを取り戻した車内で、二人は改めて互いを見つめ合う。達也のついた嘘、そして次々と現れる不可解な状況。マリアの疑念は、もはや確信に変わりつつあるのかもしれない。


眩しいほどの白い光を放つLEDランタン。それを訝しげに見つめるマリアの視線は、やがてランタンを持つ達也自身へと向けられた。その瞳には、先ほどまでの驚きに加えて、深い疑念と探るような色が濃く浮かんでいる。


「特殊な灯り、ね…」マリアは達也の苦し紛れの言い訳を鼻で笑うように繰り返し、ベッドからゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がった。まだ本調子ではないはずだが、傭兵としての鋭さは失われていない。「タツヤ、君はさっきから妙なことばかり言う。記憶がないと言いながら、こんな奇妙なカラクリ箱を持っていたり、見たこともないような灯りをどこからともなく取り出したり…。正直に答えてもらおうか。君は一体、何者なんだ?」


低い声で問い詰められ、達也は思わず後ずさりそうになった。マリアの体から発せられる、静かだが確かな圧力を感じる。


「そ、それは…」達也が言葉に窮していると、マリアはさらに一歩近づき、核心を突くように言った。


「その灯り…それは魔術によるものか?」


「え…」


「この箱も、普通の技術で作られたものとは思えん。君は…あるいは君の『親』とかいう関係者は、魔術師なのか?」


魔術師――その言葉に、達也の心臓がドキリと跳ねた。異世界に来てから手に入れたアイテムボックスや異世界通販。それは確かに、この世界の常識からすれば魔法のような力かもしれない。マリアがそう考えるのは、ある意味当然の流れだった。


(魔術師…か。そう見られても仕方ない、のか? いや、でも…)


ここで「そうだ」と肯定すれば、それはそれで面倒なことになるかもしれない。魔術師という存在が、この世界でどう扱われているのか全く分からない。尊敬されるのか、それとも危険視されるのか。


かといって、完全に否定するのも難しい。このランタンの存在を、魔法以外でどう説明すればいいのか?


「ち、違う! 俺は魔術師なんかじゃ…!」達也は反射的に否定したが、その声は少し上ずっていた。


「では、この灯りは何なのだ? どうやって火もなしに光っている? 君がさっき『親父が作った特殊な灯り』と言ったが、どんな『特殊な技術』なのだ?」マリアは畳みかけるように質問する。


「そ、それは…その…企業秘密、みたいな?」達也はしどろもどろになりながら、意味不明な言い訳を口走る。


「…きぎょうひみつ?」マリアは聞き慣れない言葉を訝しげに繰り返した。「それは何だ? 何かの呪文の詠唱か? それとも、君が属している秘密組織か何かの名前か?」


「えっ!? あ、いや、違う、そうじゃなくて!」しまった、と達也は内心で頭を抱えた。異世界で通じるはずのない、しかもなんだか物騒な意味に取られかねない単語を使ってしまった!「き、企業秘密ってのは、えーっと、なんて言うか…その、家業とか、仲間内だけで大事にしてる秘密の技や知識のことだ! そう、『門外不出の技』みたいな、そんな感じの!」


達也は必死に言い繕うが、その慌てぶりと不自然な説明は、マリアの疑念をさらに深めるだけだった。マリアはふう、と一つため息をついた。


「…なるほどな。ますます怪しいな、君は。秘密の技や知識を持つ一族、か。まあ、いいだろう。今は無理に聞き出すつもりはない」


意外にも、マリアはそれ以上問い詰めるのをやめた。しかし、その目は明らかに「君が何か重大な秘密を隠している」と語っている。彼女の中で、達也=魔術師、あるいはそれに類する特別な知識や技術を持つ一族、という疑いは、ほぼ確信に変わったのかもしれない。


「だが、タツヤ」マリアは続けた。「君が何者であれ、この状況は変わらん。この奇妙な箱は動かず、私たちは雨の草原に取り残されている。そうだろ?」


マリアは冷静に現実を突きつける。達也の正体を探るよりも、まずはこの状況をどうにかする方が先決だと判断したようだ。

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