パーティ(?)
凄まじい爆発が残したのは、瓦礫の山と、もうもうと立ち込める黒煙、そして鼻をつく焦げ臭い匂いだけだった。研究室だった場所は見る影もなく、巨大なクレーターのようになっている。
「ゲホッ、ゴホッ…!」
瓦礫の中から、まずマリアがリリアをかばうようにして姿を現し、続いてリリアも咳き込みながら這い出してきた。達也も、爆風で吹き飛ばされながらも、なんとか無傷で立ち上がる。三人は顔を見合わせ、自分たちが生きていることに、まずは安堵のため息をついた。
しかし、一人だけ、その場に立ち尽くしている者がいた。
アクアだ。
彼女は、自分の研究室だったものが、ただのガラクタの山と化した光景を、信じられないという顔で呆然と見つめていた。そして、
「……あ……ああ……」
その青い瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ち始めた。
「うわーーーーーん! 僕の! 僕の研究所がああああぁぁぁーーーっ!! 僕の血と汗と涙と青春の全てが詰まった、愛しのマイラボラトリーがぁぁぁーーーーっ!!」
アクアは、その場に膝から崩れ落ち、子供のように大声で泣きじゃくり始めた。その悲痛な叫びは、先ほどの爆発音に負けないくらい、周囲に響き渡った。
(こ、こいつ……!)
達也は、そのアクアの姿を見て、こめかみに青筋が浮かぶのを感じた。
(俺たち、もう少しで本当に死んでたんだぞ!? 下手したら、この冷凍庫ごと生き埋めだったかもしれないんだぞ!? なのに、自分の研究所のことばっかりで泣きやがって! いい加減にしろ!)
怒りの言葉が喉まで出かかった。しかし、声を上げて泣きじゃくるアクアの、そのあまりにも無防備で、本当に大切なものを失ってしまった子供のような姿を見ているうちに、達也の中で、燃え上がっていた怒りの炎が、少しずつ、少しずつ鎮火していくのを感じた。
(……まあ、そりゃ、そうか…)
達也は、アクアの気持ちが少しだけ分かった気がした。自分がもし、この異世界で唯一の繋がりであるキャンピングカーを失ってしまったら? きっと、彼女と同じように泣き叫ぶだろう。自分の不注意や失敗で、自分の全てを失ってしまったとしたら…。
(……本当、殺されかけたんだからな。文句の一つや二つ、いや、百くらい言っても足りないくらいだけど……)
達也は、深いため息を一つ吐いた。怒る気力も、ツッコむ気力も、もう失せてしまった。
「…はぁ。まあ、死人が出なかっただけ、マシだったと思うしかないか…」
達也はそう呟くと、泣きじゃくるアクアのそばまで歩み寄り、その小さな背中を、不器用に、そして少しだけ優しく、ポン、ポン、と叩いてやった。
「…ほら、いつまでも泣くなよ。天才魔道具師なんだろ?」
達也の声には、呆れと、ほんの少しの同情が混じっていた。
「…また、作ればいいだろ。今度は、爆発しないやつをな」
達也の、不器用だがどこか優しい言葉に、さっきまで「うわあああん!」と泣きじゃくっていたアクアは、ピタッと涙を止めた。そして、ススだらけの顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃのまま、にぱーっと効果音が付きそうな笑顔を見せた。
「――まあ、そうだね! 僕としたことが、いつまでもメソメソしてちゃダメだよね! 失敗は成功の母! この瓦礫の山は、次なる僕の偉大な発明への、輝かしい礎なのだ! うん、そうに違いない!」
そのあまりの切り替えの早さと、都合の良すぎるポジティブシンキングに、達也、マリア、リリアの三人は、ポカーンと口を開けて固まってしまった。
「よし!」アクアは元気よく立ち上がると、手頃な大きさの瓦礫(元は何かの高そうな測定器だった残骸)にどっかりと腰掛け、三人を手招きした。「まあ、立ち話もなんだし、みんなも座って座って。ちょっと、僕の身の上話でも聞いてよ」
促されるまま、三人も近くの瓦礫に腰を下ろす。
「さっきもちょっと言ったけど」アクアは切り出した。「僕もね、タツヤちゃんと同じ、あの『ニホン』とかいう、やけに平和で便利な世界から来たんだよねー」
「やっぱりそうなのか…」達也が呟く。
「そうそう。でね、こっちの世界に来る時、僕、なんかよく分かんないけど、ちょっとしたチート能力みたいなのを貰っちゃったわけよ。タツヤちゃんの、その『始祖の力』とは、またちょっと違うタイプのやつ」
アクアはもったいぶるように人差し指を立て、ニシシと笑った。
「それはね……『一日一回、頭の中で想像したものを、何でも現実に具現化できる』っていう、超絶ミラクルで便利な能力なんだ!」
「「「はあ!?」」」
達也、マリア、リリアの声が、見事に揃った。
「まあ、さすがに大きさとか、構造の複雑さにはちょっとだけ制限があるから、あんまりおっきなものは無理なんだけどね。でも、ちょっとしたものならお手の物さ!」
そして、アクアは「例えば、こんなのとかね!」と言いながら、何もない空間に向かって、ピザを食べるジェスチャーをしながら強く念じた。
「出でよ! ミックスピザ! Lサイズ、生地はクリスピーで、チーズ増し増しで!」
すると、彼女の目の前の空間がわずかに歪んだかと思うと、次の瞬間には、湯気の立つ、焼きたてのミックスピザが、ご丁寧にデリバリー用の箱に入った状態で、ポスンと出現した!
「「「………………」」」
三人は、あまりの超常現象に、言葉も出ない。
「ほら、お昼まだでしょ? ちょうどお腹すいてたんだよねー。食べて食べて!」
アクアは得意げに言いながら、ピザの箱を開け、一切れ取り出して美味そうに頬張り始めた。
「な……な……」達也は、目の前のピザとアクアの顔を交互に見比べ、ようやく声を絞り出した。「なんなんだよ、その能力! チートすぎだろ! 俺の通販スキルよりよっぽど便利じゃないか…!」
「わー!美味しそう!なにこれ! アクアちゃんすごーい! まるで本物の創造神みたい!」リリアは、もはや達也の能力にもアクアの能力にも驚かなくなっており、ただただ食べ物が出てきたことに大喜びしている。
「…無から…有を生み出す…だと…?」マリアは、その能力のあまりの規格外さに、ゴクリと唾を飲み込み、警戒とも畏怖ともつかない表情でアクアを見つめていた。「それはもはや、神の領域の力ではないのか…?」
アクアは、三人の反応に満足げに頷きながら、ピザを咀嚼し、飲み込んでから言った。
「でしょでしょー? この力があれば、研究材料には困らないんだよねー。まあ、たまに想像力が暴走して、うっかり『ちょっと不安定なエネルギーコア』とか想像しちゃって、今日みたいに爆発物ができちゃうこともあるけど、ご愛嬌ってことで! ささ、冷めないうちに食べて食べて!」
彼女は、研究室を二度も木っ端微塵にしたことを、全く悪びれる様子もなく言い放った。
達也は、そのピザを恐る恐る一切れ手に取りながら、(こいつ…絶対に、この世界で一番関わっちゃいけないタイプの人間だ…)と、改めて心に深く刻み込むのだった。
三人は、アクアが出現させたピザを、瓦礫の上に座り込みながら無心で食べていた。マリアはまだ少し警戒している様子だったが、焼きたてのチーズとトマトの味には逆らえないようだった。リリアは「美味しい美味しい!」と両手でピザを持って頬張っている。
(…こいつの作るものは、爆発物か、めちゃくちゃ美味いものかの二択なのかよ…)
達也は、ピザの美味しさに感動しつつも、目の前で同じようにピザを頬張っている青髪の少女――アクア――の存在に、改めて頭を悩ませていた。
やがて、最後のピザの一切れをリリアと取り合いながら(結局リリアが勝った)、達也は一番気になっていたことをアクアに尋ねた。
「なあ、アクア。その…お前のその、大事な研究所、完全に吹っ飛んじまったわけだけど…。お前、これからどうするんだ? 寝るところとか、食べるものとか、あるのか?」
それは、純粋な疑問であり、そして、ほんの少しの同情(と、できればこのままどこかへ行ってくれないだろうかという淡い期待)が込められた質問だった。
するとアクアは、口の周りについたピザソースをぺろりと舐め取ると、心底不思議そうな顔をして、きょとんと首を傾げた。
「え? どうするって……そんなの決まってるじゃない」
彼女は、あまりにも当然のことのように、そして満面の笑みで言い放った。
「君たちについていくに決まってるでしょ?」
「ぶーーーーーっっっ!!!」
達也は、口に含んでいたピザの欠片を危うく噴き出しそうになった。
「はぁ!? ついてくる!? なんでだよ! どうしてそうなるんだ!?」
「え、なんでって言われても…」アクアはさらに不思議そうな顔をする。「だって、僕の研究室は跡形もなく消し飛んじゃったし、何より、僕の最重要研究対象である『始祖の吸血鬼タツヤちゃん』が、ここにいるんだよ? 側でじっくりと観察…じゃなくて、協力しないと、転移マシーンの研究が進まないじゃない! だから、今日から僕も君たちの仲間だ! よろしくね、タツヤちゃん、リリアちゃん、マリアさん!」
アクアは、勝手に話を進め、悪びれもなくウィンクまでしてみせた。
その言葉を聞いて、達也の中で何かが音を立てて弾け飛んだ。
「ふざけるな! 断る! 断固拒否する! 絶対に嫌だ!」
達也は立ち上がり、全力でアクアを指さして叫んだ!
「お前みたいな、歩く大災害、自走式爆弾製造機みたいな奴と、一秒たりとも一緒に行動できるか! またいつ爆発に巻き込まれるか分かったもんじゃない! 俺は! 平和に! 静かに! ホットケーキを焼いて暮らしたいんだ!」
達也は、まるで犬でも追い払うかのように、アクアに向かって両手で「シッ、シッ!」と払う仕草をする。
「来るな! あっち行け! どっか行け! シッシッ!」
「えー、いいじゃんいいじゃん! アクアちゃんも一緒の方が、絶対もっと面白くなるよ! ねー、マリアさん!」
リリアは、新たな「面白いおもちゃ」の登場に大喜びで、アクアの仲間入りに大賛成だ。
「……」マリアは、頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ、深すぎるため息をついた。「…確かに、この娘の知識と能力は計り知れないものがあるが、同時に、その存在は危険すぎる…。タツヤの気持ちも、分かるが…」
しかし、アクアはそんな達也の全力の拒絶など、全く意に介していない。
「まあまあ、そう言わずにさー。これからよろしくね、タツヤちゃん! 僕がいれば、君のその体の謎も解明してあげられるかもしれないよ? それに、僕の具現化能力があれば、毎日美味しいものが食べ放題だよ?」
彼女は、勝手に仲間になったつもりで、達也の隣にちょこんと座り直した。
達也の魂からの拒絶の叫びも虚しく、こうして、彼のパーティ(?)には、本人の意思とは全く関係なく、天才で、変人で、そして極めて危険なマッドサイエンティスト(自称)の少女が、新たに加わってしまうのだった。




