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研究者はファンキー

「でね!」アクアが、本題に戻るようにパンと手を叩いた。「僕がなんでこんな、文明の利器(冷蔵庫)が打ち捨てられた辺鄙な冷凍庫に引きこもって、来る日も来る日も冷凍ピザ(自作)ばっかり食べながら研究してるかっていうとね…」


彼女は、キャスター付きのボロボロの回転椅子をくるりと回し、自信満々の、そしてどこか狂気じみた輝きを目に宿して、宣言した。

「それはね、ズバリ! 『異世界間次元転位装置』――通称『転移マシーン』の修復と再起動だよ!」


「いてんかんじげんてんいそうち…? てんいましーん…?」達也は、そのあまりにもSFチックな単語の羅列に、きょとんとするしかない。リリアとマリアも、全く意味が分からないといった顔で首を傾げている。


アクアは、そんな三人の反応を楽しむかのようにニヤリと笑うと、研究室の奥にある、大きな白いシートが被せられた、小山のような機械の塊を指さした。

「この冷凍庫…いや、『妖精の水晶窟』なんて呼ばれてるけど、実はね、ただの冷蔵施設じゃないんだ。遥か昔、この星に存在したと言われる超古代文明が遺した、世界と世界を繋ぐための巨大なゲートウェイ装置の残骸みたいなものなんだよ。まあ、今は見ての通り、ほとんどの機能が停止してて、ただのポンコツ冷凍庫だけどね!」


「ちょ、超古代文明の…ゲートウェイ…?」マリアが息をのむ。


「そう!」アクアは興奮気味に続ける。「僕は、このマシーンを修理して、調整して、もう一度動かそうと、ずーっとここで一人で研究してたんだ。そして、もしこれが再起動できれば……」


アクアはそこで一度言葉を切り、達也の顔をじっと見つめた。その青い瞳が、期待にキラキラと輝いている。

「もしこれが再起動できれば、僕たちの故郷……『ニホン』に、帰れるかもしれないってわけ!」


「「「えっ!?」」」

達也だけでなく、リリアとマリアからも、驚きの声が上がった。


「ただし!」アクアは人差し指を立てる。「一つ、とーっても大きな問題があってね。このマシーンを完全に起動させて、安定したゲートを開くには、とんでもない量のエネルギーが必要なんだ。リベルの街一つ分の魔力を全部注ぎ込んでも、多分全然足りないくらいね。普通の手段じゃ、まず不可能」


「そこで!」アクアは、再び達也をビシッと指さした!

「始祖様! あなたの出番ってわけですよ!」


「俺!?」


「そう、あなた!」アクアは興奮を隠せない様子で早口にまくし立てる。「伝説によればね、『始祖の吸血鬼』は、その血とか魂とか、なんかよく分かんないけど、とにかく存在そのものに、次元の壁すら揺るがすほどの、膨大なエーテル(まあ、魔力とか生命力みたいなもん)を秘めてるらしいんだ! その力を触媒にして、マシーンのコアに直接エネルギーを供給できれば…このポンコツ転移マシーンも、きっと…きっと、起動するはずなんだよ!」


日本に、帰れるかもしれない。

始祖の吸血鬼である自分の力が、その鍵になる…?


その、あまりにも衝撃的で、そして途方もない可能性。

達也の頭の中で、絶望と諦めの中に埋もれていた、元の世界への思いが、一気に蘇ってきた。

友達、食べ慣れた飯、当たり前だった日常、そして…心配しているであろう両親の顔。


「えっ……!?!?」

達也は、信じられないという表情で目を見開き、そして、心の底からの、魂からの叫びを上げた。


「か、帰れんの!? 本当に!? 俺、日本に帰れるのか!? あの世界に、戻れるかもしれないのかよ!?」


その声は震え、涙で潤み、これまでの異世界生活での全ての苦労や恐怖が一瞬で吹き飛んでしまうかのような、強烈な希望に満ち溢れていた。


「へえー! 日本に帰れるかもしれないんだ! タツヤちゃん、よかったじゃない!」リリアは、事の重大さをあまり理解していないのか、単純に達也の喜びように合わせて声を弾ませている。

「…異世界間転移装置…。そして、始祖の吸血鬼の力…。にわかには信じがたい話だが、もしそれが本当なら…」マリアもまた、その壮大な計画と、達也の激しい反応に、ただただ息をのむしかなかった。


達也の絶叫に、アクアは「計画通り!」とでも言いたげな、満足そうな笑みを浮かべて深く頷いた。

「まあ、理論上はね! もちろん、そう簡単じゃないよ? マシーンの修復もまだ途中だし、始祖様の力を安全かつ効率的にエネルギーに変換する方法も、これから確立しなきゃだし…。それに、下手をすれば時空の狭間にでも飛ばされちゃうかもしれない、超危険な実験でもある!」

彼女はペロッと舌を出した。

「でも、可能性はゼロじゃない! だから、協力してほしいんだ、始祖様! 僕と一緒に、故郷に帰ろうよ!」


アクアは、達也に向かって手を差し伸べた。その青い瞳は、狂気と天才のきらめきを宿し、達也の返事を待っていた。


「か、帰れんの!? 本当に!? 俺、日本に帰れるのか!? あの世界に、戻れるかもしれないのかよ!?」

達也の心は、アクアのその言葉によって、一瞬にして絶望の淵から希望の頂へと駆け上がった。元の世界。当たり前だった日常。もう二度と目にすることはないと思っていた、あの風景。そして…心配をかけているであろう、両親の顔。それらが脳裏を駆け巡り、目頭が熱くなる。


「ああ…! 帰れるなら…帰りたい…!」

涙声でそう叫び、アクアの差し伸べた手を取りそうになった、その瞬間だった。


ふと、達也の頭の中に、現実が冷水を浴びせるように蘇ってきた。

(待てよ……帰れるとしても……今の俺は、この女の体なんだぞ……?)


さっきまで高鳴っていた心臓が、急速に冷えていくのを感じる。

(金髪で、黒目だけど少し赤みがかってて…見た目は高校生くらいの、こんな少女の姿で、日本に帰ってどうするんだ? 俺の戸籍も、身分を証明するものは何もない。元の生活に、戻れるわけがないじゃないか。親にも…友達にも、なんて説明すればいい?「実は俺、異世界で女の子になっちゃってさ、しかも吸血鬼かもしれないんだよね、てへっ」なんて、誰が信じる? 気味悪がられて、化け物扱いされて、結局、どこにも居場所なんて…)


そして、さらに達也の胸を締め付ける、もう一つの大切な事実に気づいてしまった。

(そうだ……もし日本に帰れたとしたら……それは……)


リリアと、マリアとは、もう二度と会えなくなるってことじゃないか…?


いつもふざけてて、デリカシーがなくて、俺をからかってばかりいるけど、なんだかんだで俺のことを気にかけてくれて、吸血鬼の先輩として色々教えてくれようとしている、あの銀髪赤目の吸血鬼少女、リリア。

そして、ぶっきらぼうで、厳しくて、でも誰よりも俺の身を案じてくれて、自分の血まで差し出して助けてくれた、あの強くて優しい傭兵、マリア。


この異世界に来て、初めてできた(かもしれない)仲間。頼れる存在。一緒に馬鹿なことをしたり、危険な目に遭ったり、美味しいものを食べたり…短い間だったけど、濃密な時間を過ごしてきた二人。


彼女たちと、もう会えなくなる?

その可能性を考えただけで、達也の胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。さっきまでの帰還への興奮は急速にしぼみ、代わりに、深い、深い悲しみが心を覆っていく。


日本へ帰りたい。でも、この二人と離れたくない。

二つの相反する思いが、達也の中で激しくぶつかり合い、どうすればいいのか分からなくなってしまった。


さっきまで歓喜に輝いていた達也の表情が、みるみるうちに曇り、俯いて黙り込んでしまったことに、アクアだけでなく、リリアとマリアも気づいた。


「あれ? タツヤちゃん、どうしたの?」リリアが心配そうに達也の顔を覗き込む。「日本に帰れるかもしれないんだよ? 嬉しくないの?」

「…タツヤ、何か考え込んでいるようだが…何か問題でもあったか?」マリアも、達也の急な変化に戸惑っている。


アクアも、達也が自分の手を取ろうとしないことに、少しだけ不満そうな顔をしている。「どうしたのさ、始祖様? 最高の提案だと思ったんだけど?」


「……いや……」達也は、俯いたまま、か細い声で呟いた。「帰りたいのは…やまやま、なんだけどさ……でも……」

言葉が続かない。今のこの少女の姿で帰ることへの絶望感、そして、リリアとマリアという仲間を失うことへの悲しさを、どう説明すればいいのか、彼には分からなかった。


その達也の様子から、リリアとマリアは、彼が単純に帰還を喜んでいるわけではないこと、何か非常に複雑な葛藤を抱えていることを、痛いほどに察していた。特にマリアは、達也の「女の体」という事情も(リリアほどではないにしろ)理解し始めている。そしてリリアもまた、達也が自分たちとの別れを悲しんでいることに気づき、その赤い瞳を少しだけ寂しげに伏せるのだった。


研究室の中には、先ほどまでの興奮とは打って変わって、少し切なく、そして複雑な空気が流れ始めていた。


(帰りたい…でも、この体じゃ…それに、リリアやマリアと……)

達也は、日本への帰還という千載一遇のチャンスを前に、しかし拭いきれない不安と、芽生えてしまった仲間への情との間で、激しく心を揺さぶられていた。俯き、唇を噛み締めたまま、アクアの差し伸べた手を取ることができないでいる。


リリアとマリアも、そんな達也の様子を心配そうに見守っている。アクアの提案は魅力的だが、達也の抱える葛藤は、そう簡単には結論が出せないものだと理解していた。


しかし、その微妙な空気を全く読まない(あるいは、読む気がない)のが、自称・天才魔道具師アクアだった。

達也がいつまでも結論を出さず、うじうじと悩み続けている(ように彼女には見えた)ことに、アクアは次第に痺れを切らし始めた。


「もーーーっ!」

アクアは突然、地団駄を踏むように叫んだ!

「うじうじうじうじ! いつまでメソメソ悩んでるのよ、始祖様は! 理論上は帰れるって言ってるんだから、あとはやるかやらないか、それだけでしょ!?」


「いや、でも…」達也が何か言い返そうとするが、アクアはそれを許さない。


「ああもう、面倒くさい! こうなったら、手っ取り早くあなたの秘められたパワーのデータだけでも取っちゃうのが一番だよ! 理屈より実践! 結果が全て! だったらもう、実験するしかないでしょっ!!」


そう叫ぶと、アクアは研究室の奥にあった、ひときわ怪しげな光を放つカプセル状の実験装置のハッチを勢いよく開け、そして、信じられないほどの怪力で、達也の体を軽々と持ち上げた!


「え!? ちょっ…! 何すんだアクア! や、やめろ! 離せーーーっ!!」


達也が抵抗する間もなく、まるでゴミ袋でも放り込むかのように、アクアは達也をそのカプセル状の装置の中に無造作に放り込んでしまった! そして、すぐにハッチを閉め、制御盤らしきものに飛びつき、目をキラキラさせながらスイッチやレバーを滅茶苦茶に操作し始めた!


「タツヤ!」「待ちなさい、あなた!」

マリアとリリアが叫び、アクアを止めようとするが、既に遅い!


「いっけー! ボクの天才的理論が正しければ、これで始祖様の秘められたパワーの根源的情報がまるっとピーして、それを解析すれば転移マエネルギーへの変換効率が爆上がりするはずなんだから! うっひょー! ノーベル魔術物理学賞は僕のものだー!」

アクアはゴーグルを装着し、完全に自分の世界に入って興奮している。


装置はけたたましい警告音と共に激しく振動し始め、内部からは青白い光や赤い火花がバチバチと散り始める!

「お、おい! アクア! なんかヤバい音してるぞ!?」

「大丈夫だって! ちょっと過負荷気味なだけだから! 想定の範囲内、想定の範囲内…たぶん!」


しかし、アクアのその楽観的な言葉とは裏腹に、装置の振動と異音はますます激しくなり、やがて、臨界点を超えたかのように、甲高い音と共に全ての計器の針が振り切れた!


「あ……あれれ? ちょっと計算ミスったかな? てへぺろ☆」


アクアがそう呟いた、次の瞬間。


ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!!


研究室全体を揺るがすほどの、ものすごい大爆発が起こった!


爆風と衝撃波が、部屋中の機材やガラクタを吹き飛ばし、黒煙がもうもうと立ち込める。マリアとリリアは咄嗟に身を伏せ、爆風から身を守った。


「ゲホッ!ゲホッ! …な、なんだ今の爆発は!?」マリアが咳き込みながら顔を上げる。

「きゃー! まるで花火みたいだったねー!」リリアは、こんな状況でもどこか楽しそうだ。


煙が少しずつ晴れていくと、そこには見るも無残な光景が広がっていた。実験装置があった場所は黒焦げになり、部品がそこら中に散乱している。研究室の壁も一部が崩れ、天井からはパラパラと何かが落ちてくる。


そして、その惨状の中心で、頭のゴーグルを明後日の方向にずらし、顔中ススだらけになったアクアが、あっけらかんとした顔で頭を掻いていた。

「あちゃー……またやっちゃった☆ やっぱり、始祖様のパワーを直接エネルギーに変換するのは、ちょっと無理があったかなー? 計算、三日寝ないでやったんだけどなー。うーん、残念!」

彼女には、全く反省の色が見られない。


「そ、それよりタツヤは!? タツヤは無事なのか!?」マリアが叫ぶ。

リリアもハッとして、爆心地(?)となった装置の残骸へと駆け寄る。


瓦礫とススの山の中から、もぞもぞと何かが起き上がる。それは、頭全体が芸術的なまでに完璧な巨大アフロヘアーと化した、変わり果てた(?)達也の姿だった。顔も服もススで真っ黒だ。


「んん……うう……なん、だ……?」

達也は、まだ少し朦朧としながらゆっくりと目を覚ます。そして、自分の頭に触れ、その経験したことのない、モコモコとした、そしてチリチリとした異様な感触に気づいた。近くに転がっていた、辛うじて形を保っていた実験装置の金属片に、自分の姿を映し見て―――。


「…………………………………………」

達也は数秒間、言葉を失い、完全にフリーズした。鏡の中には、ススだらけの顔の上に、信じられないほど巨大なアフロヘアーを乗せた、間抜けな少女が映っている。


そして、次の瞬間。

その原因を作り出した張本人であろう、未だに「あちゃー、計算ミスったかな? てへぺろ☆」などと呑気な顔をしている青髪ツインテールの少女――アクア――の姿をギロリと睨みつけ、達也の中で何かがブチ切れた。


「この……クソアマがああああああああああああああああああああっっ!!!!」


達也の、これまでにないほどの怒声が、大破した研究室に響き渡った!


「本気で殺す気かーーーーーっ!!!!」


彼はアフロヘアーをわさわさと揺らしながら、アクアに掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。

「ふざけるな! ちょっと間違ったら、俺、本当に死んでたんだぞ!? 木っ端微塵になってたかもしれないんだぞ!? 分かってんのか、このポンコツマッドサイエンティストが!!」

髪型のことよりも何よりも、まず生命の危機を感じたことへの純粋な恐怖と、それを引き起こしたアクアへの殺意にも似た怒りが、達也の全身から溢れ出ていた。


「ひゃっ!?」

さすがのアクアも、達也のあまりの剣幕と、本気の怒声に、一瞬だけビクッと体を震わせ、目をパチクリさせた。


「タツヤ、落ち着け!」「タツヤちゃん、まあまあ!」

マリアとリリアが、慌てて達也を抑えようとする。


「うるさい! 離せ! こいつだけは絶対に許さん! 俺のサラサラ金髪を返せ! いや、それ以前に命を返せ!」

達也はジタバタと暴れるが、アフロが邪魔で思うように動けないのがまた滑稽だった。


アクアは、少しだけバツが悪そうな顔をしながらも(しかし反省の色は薄い)、

「えー? 大丈夫だってばー。ちゃーんと致死量とか爆発の衝撃波とか、ギリギリの安全ラインは計算してたんだから! ちょっとばかし髪型がファンキーでエキサイティングな感じになっちゃっただけで、死にはしないって! ね? 結果オーライ、結果オーライ!」

と、全く悪びれずに言い放った。


「どこが結果オーライだ! 誰がファンキーだ! この髪型で街歩けるか! 今すぐ元に戻せコノヤロー!!」

達也の怒りのボルテージは、最高潮に達していた。

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