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ぼっきゅぼん

「なんでアンタたち二人には、アクアの言ってる事が分からないんだよ? 聞こえてないのか? それとも、頭でも打ったのか?」


達也の、心底不思議そうな、そして若干イラついたような問いかけに、リリアとマリアは顔を見合わせ、さらに深い困惑の表情を浮かべた。

「だから、タツヤ! 私たちには、お前たちが今使っている言葉は、呪文か何かの詠唱のようにしか聞こえんのだ!」マリアが必死に訴える。

「そうだよタツヤちゃん! さっきからキーキーキャーキャー、変な音で喋ってるみたいにしか聞こえないもん!」リリアも不満そうだ。


「はあ? 変な音って…普通に喋ってるだけだろ、俺もアクアも…」

達也には、三人が全く同じ言語で会話しているようにしか感じられない。なぜリリアとマリアだけが、アクアの言葉を理解できないのか、全くもって意味不明だった。


その、あまりにも純粋な達也の疑問と、リリアとマリアの真剣な困惑ぶりを見ていたアクアは、何かをピンと閃いたように、ポンと手を打った。そして、達也の顔を覗き込み、ニヤニヤしながら(今度は達也にしか分からない日本語で)尋ねた。


「あー、なるほどねー。もしかしてタツヤくんってさ、僕らが違う言葉で喋ってるってこと自体、全然分かってない感じ? 例えば、僕が今こうやって喋ってる言葉と、そこの銀髪のお姉ちゃんが喋ってる言葉、同じに聞こえちゃってる?」


「え? 違う言葉? 何言ってんだよ、アクア。みんな、普通に同じ言葉で喋ってるじゃないか」

達也は、アクアの質問の意味すら理解できず、怪訝な顔をする。


「やっぱり!」アクアは確信したように頷くと、今度はリリアとマリアに向き直り、流暢な異世界の共通語で説明を始めた。

「えーっと、そこのお二人さん、ちょっと聞いてくれるかな? どうやらこの子、ちょっと…いや、かなり特殊な能力を持ってるみたいでね。私たちが今、こうやって別の言語で話しているっていう、その区別が、本人には全くついてないっぽいんだよ。たぶん、全部自分と同じ言葉に聞こえちゃってる、みたいな?」


「は? どういうことだ?」マリアが眉をひそめる。


「だからね」アクアは楽しそうに続ける。「さっき私がこの子にだけ分かる特別な言葉で話しかけても、この子にとっては、あなたたちが話す言葉と全く同じに聞こえてたってこと。だから、あなたたちが私の言葉を理解できないのが、この子には不思議で仕方ないわけ。ちょっと面白い能力でしょ? 例えばね…」


アクアはそう言うと、達也に向かって、また日本語で、しかし今度はわざとらしいほど甘い声で囁いた。

「『そこの銀髪のお姉さん、今日の髪型もすっごく素敵ですねー。その赤い瞳も、まるでルビーみたいで吸い込まれちゃいそうですー』」


達也は、その言葉を普通に理解し、(うわ、こいつ、いきなりリリアに媚び売り始めたぞ…)と内心でドン引きした。


アクアはすぐにリリアに向き直り、共通語で尋ねる。「ね、お姉さん。今、私がこの子に何て言ったか、分かった?」


リリアは首を横に振る。「いいや、さっぱり。またキーキー言ってただけだけど? で、タツヤちゃんはなんでそんな気持ち悪いものを見るような顔してるの?」


「えっ!? だって今、アクアがリリアのこと『髪型素敵ですね、瞳がルビーみたいですね』って…」

達也がそこまで言いかけて、ハッと気づいた。


(……まさか)


アクアの言葉は、自分にははっきりと意味のある言葉として聞こえた。しかし、リリアには「キーキー言ってただけ」にしか聞こえなかった。そして、リリアやマリアが話す言葉も、自分にはアクアが話す言葉(日本語)と全く同じように、普通に理解できていた。


(じゃあ、俺は……今まで、リリアやマリアと普通に会話できてたのも、俺が異世界の言葉を勉強したわけでも、理解してたわけでもなくて……ただ、全部同じ言葉に聞こえてただけ…なのか!?)


自分の言語認識が、根本的に普通ではないという可能性。その事実に、達也はようやく思い至り、全身の血の気が引くのを感じた。TS転生、吸血鬼化(疑惑)、アイテムボックス、通販スキル、そしてこの全言語自動翻訳(?)能力…。自分の体が、自分の存在が、もはや訳の分からないものの集合体になっている。


「……うそだろ……」達也は呆然と呟いた。


リリアとマリアも、アクアの説明と、達也のあまりの衝撃を受けた様子を見て、ようやく事態の異常さを理解し始めていた。特にマリアは、達也の特異な能力の数々を思い返し、(この少年は…一体、どれだけの秘密を抱えているのだ…)と、警戒とも畏怖ともつかない複雑な表情で達也を見つめていた。

リリアは「へえー! タツヤちゃん、そんな便利な能力も持ってたんだ! ずるーい! 私にもその能力分けてよー!」と、相変わらずの調子だったが、その瞳の奥には強い好奇の色が浮かんでいる。


アクアは、そんな三人の様子を満足げに眺め、「ま、そういうわけで、タツヤくんはちょっとした『ユニバーサル翻訳機』付きってことだね! これで、僕との秘密の会話もバッチリできるってわけだ!」

アクアは、達也の無自覚なチート能力に気づき、ニヤリと満足げに胸を張った。


達也は、自分が今まで無意識のうちに異世界の言葉を理解し、話していたという事実に、まだ混乱から抜け出せずにいた。リリアとマリアも、アクアの説明(共通語で言い直してくれた)と達也の様子を見て、この金髪黒目の少女が本当に規格外の存在なのだと、改めて思い知らされている。


「…さて、と」アクアはパンパンと手を叩き、場の空気を変えるように言った。「立ち話もなんだし、とりあえず僕の研究室に行こうよ。そこでゆっくり、君たちのこと、そして僕のこと、色々とお話ししようじゃないか!」


達也は、もはやアクアの提案に逆らう気力もなかった。リリアとマリアも、警戒しつつも、この謎の少女についてもっと知る必要があると感じているようだ。三人は黙ってアクアの後についていく。


アクアは、先ほど自分が飛び出してきた、隣の金属製の扉を再び開けた。

「さあさあ、遠慮なく入って入って! ちょっと散らかってるけど、気にしないでね!」


扉の向こうに広がっていたのは、先ほどまでの極寒の冷凍庫や、殺風景な「照会の部屋」とは全く異なる空間だった。

そこは、まるで元の世界のどこかの研究室か、あるいはハッカーの隠れ家を思わせるような、明らかに現代風の洋室だったのだ。壁には何かの防音材らしきものが貼られ、床には少し薄汚れたカーペットが敷かれている。


そして、部屋の中には、複数のデスクトップパソコンやノートパソコンが、大小様々なモニターと共に所狭しと置かれ、無数のケーブルがまるで蛇のように床や壁を這い回っている。いくつかのモニターには、達也にも見慣れたOSの起動画面や、複雑怪奇なプログラムコード、何かの設計図らしきものが映し出されていた。部屋の隅には、怪しげなガラス器具や、配線が剥き出しになった実験装置のような機械が、低い唸り音を立てて稼働している。


全体的に、物は散乱し、整理整頓という言葉とは無縁の雑然とした空間だが、その混沌の中にも、ある種の機能美と、そしてこの部屋の主であるアクアの、強烈な個性が感じられた。


「な…なんだ、この部屋は…!?」マリアは、見たこともない機械の数々に、思わず声を上げる。

「うわー! 光る板がいっぱい! タツヤちゃんが使ってたやつより、もっとすごそう!」リリアも目をキラキラさせて、物珍しそうに部屋の中を見回している。


「まあ、僕の仕事場兼寝床みたいなもんかな」アクアは部屋の中央にある、キャスター付きのボロボロの回転椅子にどっかりと腰を下ろし、三人に改めて向き直った。「さて、と。紅茶でも淹れようか? あ、でも砂糖は切らしてたんだった。コーヒーならあるけど…」


お茶の心配は後回しにして、アクアはパンと手を打ち、本題を切り出した。

「単刀直入に言うけどね……」

彼女は、いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、しかしその瞳の奥には真剣な光を宿して、衝撃の事実を告げた。


「実は僕もね、タツヤくんと同じ、別の世界から『転生』してきたクチなんだよねー」


「「「ええええええっ!?」」」

達也だけでなく、リリアとマリアからも、素っ頓狂な驚きの声が上がった。


「て、転生!? アクアも!? 本当にか!?」達也は信じられないという顔でアクアを見つめる。まさかこの異世界で、自分と同じ境遇の(しかも、おそらく日本人であろう)人間に、こんなに早く出会えるなんて!


「そうだよー。だから、君のことも、あの照会の水晶もどきを使わなくても、なんとなく分かっちゃったんだよね。同類だーって」アクアはケラケラと笑う。


そして、彼女はふと遠い目をして(あるいは、自慢げに胸を反らせて)、衝撃の第二弾を投下した。

「まあ、僕の場合はね、元の世界ではそれはそれはスタイル抜群の、ナイスバディなぼっきゅんぼんの、超絶美人な女性科学者(自称:世紀のマッドサイエンティスト)だったんだけどね! ちょっとした実験の失敗(大爆発)でこっちの世界に魂だけ来ちゃってさ、気づいたらこんな、ちんちくりんだけど将来有望な青髪ツインテール美少女の体に生まれ変わってたってわけ! いやー、神様の悪戯も、なかなか手が込んでるっていうか、趣味が悪いっていうか…まったく、ねぇ?」

アクアは、あっけらかんと、自分の(とんでもない)前世と転生の経緯を語りきった。


(ぼっきゅんぼんの…女性科学者…!? この、どう見ても小学生か中学生にしか見えない、青髪ツインテールが…!? しかも、マッドサイエンティスト!?)

達也は、あまりの情報量の多さと、アクアのキャラクターの濃さに、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。もしかして、自分よりこの子の方がよっぽど「魔女」っぽいんじゃないだろうか…。


「へえー! アクアちゃんも、元は別の人だったんだー! しかも、美人さん! 面白いねー! じゃあ、今のその可愛い姿も、中身はおばさん?ってこと?」リリアは、状況を全く理解していないのか、あるいは理解した上で楽しんでいるのか、無邪気に失礼なことを尋ねている。

「…転生、か…。それが本当なら、タツヤとこの娘は、我々の常識では到底計り知れない、特別な存在ということになるな…」マリアは、事態の異常さと、目の前の二人の異世界人の存在に、改めて深い溜息をつくしかなかった。


「でね!」アクアが、本題に戻るようにパンと手を叩いた。「僕がなんでこんな、文明の利器(冷蔵庫)が打ち捨てられた辺鄙な冷凍庫に引きこもって、来る日も来る日も冷凍ピザ(自作)ばっかり食べながら研究してるかっていうとね…」

彼女は、ニヤリと意味深な笑みを浮かべ、達也をじっと見つめた。


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