アクア?さん
「照会の部屋」――その日本語で書かれたプレートの文字は、達也の心に恐怖と、そして抗いがたい好奇心を同時に呼び起こしていた。アザリアやリベルの衛兵詰所で見た、あの忌まわしい「照会の水晶」と関係があるのか? この冷凍庫のような場所に、なぜそんなものが? そして、なぜ日本語?
(…開けてみるしかない…か)
達也はゴクリと唾を飲み込み、意を決して、その重厚な金属製の扉のハンドルに手をかけた。力を込めてぐっと引くと、**ギギギギギ……**という軋むような音を立てて、意外にもあっさりと扉は内側へ向かって開いた。最近、自分の力が妙に強くなっているような気もするが、今はそれどころではない。
扉が開いた瞬間――
もわぁぁぁーーーーーっっっ!!!
冷凍庫の冷気とは全く正反対の、まるでサウナのようなむわっとした熱気が、部屋の中から勢いよく吹き出してきた!
「アッツッッッッッッ!!! 何だよコレ!? さっきまで冷凍庫だったのに、今度は灼熱地獄か!? このダンジョン(冷蔵庫)、俺を馬鹿にしてんのかぁ!?」
達也は思わず大声でツッコミを入れた。寒さ対策の「もこもこ首掛けマフラー(自己発熱機能付き!)」と「ふわふわアニマルイヤーマフ」が、今はただただ暑苦しく、邪魔でしかない!
恐る恐る中を覗き込むと、そこはそれほど広くない、やはり金属質の壁に囲まれた小部屋だった。しかし、外の冷凍庫エリアとは違い、全く寒くなく、むしろじっとりとした汗が滲み出てくるほど温かい…いや、暑い。そして、部屋の中央には、磨き上げられた金属製の台座のような奇妙な機械が一つだけポツンと置かれており、その天面には、まるで手形を押すかのように、手を置くための窪みが設けられていた。
(なんだ…? これが、照会の…?)
達也がその機械を訝しげに見つめていると、そのすぐ横の壁に、小さな黒板が不自然にかけられているのが目に入った。そして、そこに書かれていた文字を見て、達也は本日何度目か分からない、しかし最大級の脱力感に襲われた。
そこには、達也にしか読めない日本語で、まるで小学生が書いたような、丸っこくて、ところどころインクが滲んだ、非常にふざけた字体で、こう書かれていたのだ。
『うぇるかむ!ヾ(´∀`)ノ゛ 【第三照会室】へよーこそでーす!』
『ごめんあそばせ! なんか最近、冷却システムと暖房システムの制御回路がバグっちゃったらしくて、このお部屋だけトロピカルサウナ状態なんだ~! マジ暑くてサーセン! m(_ _)m 』
『でもでも! 照会用水晶はバッチリ正常運転中だから、安心して手を置いてみてね♪ きっとキミの隠された真実が見つかるYO! ☆(ゝω・)vキャピ ファイトだよん♪』
『P.S. あんまり暑すぎたら、壁の赤いボタン押してみて! 少しは温度調整できる…かも?(でも、期待しないでねっ!てへぺろ(・ω<))』
「…………………………………………」
達也は、そのあまりにも緊張感のない、完全にふざけきったメッセージを読んだ瞬間、先ほどまでの恐怖や好奇心、そしてこのダンジョン(冷蔵庫)に対するわずかな期待感までもが、全て音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
(なんだよこれ……。世界の秘密が隠されてるとか、恐ろしい陰謀が渦巻いてるとか、そういうのを期待してた俺が馬鹿だったのか…? なんだこのユルいノリは……完全に肩透かしじゃねえか……)
「「……帰ろうかな、もう……。こんなふざけた部屋、付き合ってられるか……」
達也は本気で踵を返し、この意味不明な暑さから逃れようとした。しかし、リリアの「えー? 何て書いてあるのー? お宝のありか?」という無邪気な声と、マリアの「タツヤ、何かわかったのか?」という真剣な眼差しに引き止められ、渋々黒板の追伸部分を思い出した。
(…『暑すぎたら赤いボタン押してみて! 少しは温度調整できる…かも?』か…。どうせこれもロクなことにならんだろうけど…)
達也は、部屋の壁を見回し、隅の方に申し訳程度についている、明らかに後付け感のある、真っ赤なキノコみたいなボタンを発見した。そして、ヤケクソ気味に、そのボタンを思い切り**ポチッ!**と押した。
ゴオオオオオオオオォォォォッッッ!!!
次の瞬間、部屋のどこからか、地響きのような轟音と共に、猛烈な冷風が吹き込んできた! さっきまでのサウナのような熱気は一瞬で消え去り、代わりに、外の冷凍庫エリアよりもさらに強烈な、肌を刺すような極寒の空気が部屋を満たし始めた! 壁にはみるみるうちに白い霜が張り付き、達也の吐く息も真っ白になる!
「さっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっむ!!!!!!!!!!!」
今度は寒さで絶叫する達也! さっきまで暑くてたまらなかった防寒具(マフラー、イヤーマフ、手袋)が、今度は全く役に立たないほどの極寒!
「な、なんだこの部屋は!? 暑かったり寒かったり、客をもてなす気があるのかないのか、どっちなんだよ!! いい加減にしろ!!」
しかし、もはやツッコむ気力すら残っていなかった。達也は、この施設のあまりにもいい加減な作りに、完全にツッコミ疲れを起こし、無言でブルブルと震え始めた。
(もう…どうにでもなれ……)
彼は、半ば自暴自棄になりながら、部屋の中央に置かれた、手を置く窪みのある金属製の機械の前に進み出た。そして、カチコチに凍えそうな指先を、ヤケクソでその窪みの上に、ペタッと置いた。
その瞬間だった。
―――キーン!―――
達也の頭の中に、甲高い音が響き渡り、目の前が真っ白になった!
そして、脳内に直接、クリアな映像と、やけにテンションの高い少女の声が流れ込んできたのだ!
映像に映し出されたのは、白衣のようなものを着崩し、ゴーグルを頭に乗せた、ツインテールの青い髪の少女。背景には、訳の分からない機械や配線がごちゃごちゃと見える。年の頃はリリアと同じくらいか、少し上に見える。
『あーあー、てすてす。こちら、未来の超絶銀河美少女天才魔道具師、アクアちゃんでーす! なんちゃって! …あ、げふんげふん! ちょっと噛んじゃった、テヘペロ♪』
青髪の少女は、カメラ目線で(達也にはそう感じられた)おどけた自己紹介をすると、ペロリと舌を出した。そのあまりにもふざけた態度に、達也は(なんだこいつ…)と眉をひそめる。
『えーっと、それでね! そこの水晶もどきの機械に手を置いてくれた、そこのキミ! そう、そこの金髪で可愛いキミだよ! 単刀直入に言うけどね……君はまさかの、『始祖の吸血鬼』の素質持ちだね! 超絶おめでとー! パチパチパチパチ! いやー、ボクがこの古代超テクノロジーのポンコツ冷凍庫(自称:妖精の水晶窟らしいね、ネーミングセンス皆無!)で、ずーっと、ずーっと待ってたんだよねー! こういう超絶レアなサンプル個体が、勝手に目覚めてくれるのをさ!』
始祖の…吸血鬼…!?
達也は、そのあまりにも突拍子もない言葉に、思考が完全に停止した。
青髪の少女は、そんな達也の混乱などお構いなしに、さらにテンションを上げてまくし立てる!
『うっひょー! やったー! 待ってましたー! これぞまさしく奇跡の出会い! 未来永劫語り継がれるべき、天才アクアちゃんと始祖の吸血鬼様の歴史的邂逅だよー! いやっほーい! これでボクの長年の研究も、ついに次のステージに進めるってもんよ! 新しいおもちゃ…げふん、協力者ゲットだぜ!』
(し、始祖の吸血鬼って…俺が? しかも、こいつの『おもちゃ』かよ!?)
達也はツッコミを入れる気力すら湧いてこない。
『というわけで、詳しい話は追々するとして、まずは…あれ? ちょっと待って、なんか通信状況が…ザザ…ザー…またこのポンコツ冷凍庫のポンコツ通信設備のせいで…! あーもう! とにかく、キミは超絶ラッキーだから! ボクがいつか…ザザ…必ず、必ず! キミに会いに…ザー…ザザザー…行くから…それまで元気に、血ぃ吸って待っててねー! じゃあねー! チュドン!!!』
最後にそんな不穏な言葉と、何か爆発したような音を残して、青髪の少女の映像と声は、ブツリと途絶えてしまった。
「…………………………………………」
後に残されたのは、極寒の小部屋と、頭の中に響き渡った衝撃的な(そしてふざけきった)メッセージ、そして…完全に思考がフリーズし、口をあんぐりと開けたままポカーンと立ち尽くす達也の姿だけだった。
隣では、リリアとマリアが「タツヤちゃん、大丈夫!?」「おい、しっかりしろ!」と心配そうに達也の肩を揺さぶっているが、その声も今の達也には届いていないようだった。




