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妖精の水晶窟(笑)

リベルの街門を後にした達也、リリア、マリアの三人は、ダンジョンがあるという森を目指して、郊外へと続く緩やかな丘陵地帯を歩いていた。空は薄い雲に覆われているが、時折陽が差し込み、穏やかな陽気だ。街道から外れたため、道は舗装されておらず、獣道に近い細い踏み分け道が続いている。


周囲には、なだらかな緑の丘が広がり、遠くにはリベルの街の喧騒が嘘のように、のどかな田園風景や小さな森が点在していた。時折、農作業をする人々の姿や、放牧されている家畜の群れが見える。空気は澄んでいて、土と草の匂いが心地よい。


「…なあ、リリア」先頭を歩くリリアに、達也は不安げに尋ねた。「その『妖精の水晶窟』ってダンジョン、本当に大丈夫なんだろうな? 魔物とか、変な罠とか、いっぱいあったりしないだろうな?」

冒険者ギルドでの一件が、達也の心にまだ重くのしかかっている。


「だーいじょうぶだってばー!」リリアは振り返り、いつものように屈託なく笑った。「『妖精の水晶窟』だよ? 名前からして可愛いでしょ? 私も昔、子供の頃にちょっとだけ入ったことあるけど、中はキラキラした水晶がいっぱいで、すっごく綺麗だったんだから! 出てくる魔物も、せいぜい弱いスライムとか、臆病な光るコウモリくらいだったし。それにね、今はもうほとんど閉鎖されてるっていうか、忘れられた場所だから、人もほとんどいないはずだよ。だから、ピクニックにはもってこいだって!」


「今も子供だろ!!」達也の不安は拭えない。


「ふむ…」マリアが、リリアの楽観的な言葉を補足するように言った。「リリアの言う通り、『妖精の水晶窟』は、かつては水晶の採掘場として利用されていたが、今はもうほとんど採掘されておらず、強力な魔物の目撃情報もここ数十年は聞かない。新人冒険者が度胸試しに入る程度の、比較的安全な場所と認識されているのは確かだ。だが、リリアが言うように『閉鎖されている』『人がいない』というのは、逆に無法者の隠れ家になっていたり、あるいは予期せぬ危険が潜んでいたりする可能性も否定できない。油断は禁物だ、タツヤ」


マリアの冷静な言葉に、達也は少しだけ気を引き締めた。


「リベルの街って、本当に色んな奴がいるんだな…」達也は、先ほどすれ違った、大きな荷物を背負った獣人の行商人や、空を滑空していく翼を持つ亜人の姿を思い出しながら呟いた。「アザリアとは大違いだ」


「でしょー? だから面白いんだよ、この街は!」リリアが楽しそうに言う。「色んな文化がごちゃ混ぜになってて、毎日新しい発見があるし、私みたいな『ちょっと特別』な存在も、ここではそんなに奇異の目で見られないしね!」

彼女はそう言って、自分の銀髪を指でくるくると弄んだ。


「自由には、それ相応の責任と危険が伴うものだ」マリアが諭すように言った。「多様性を受け入れるということは、それだけ多くの価値観と、そして衝突の可能性を内包しているということでもある。この街では、常に自分の身は自分で守るという意識が必要だ、タツヤ」


「…うん」達也は頷いた。


しばらく他愛もない話をしながら歩いていると、達也は少し息が上がってきたのを感じた。少女の体は、やはり非力だ。

「はぁ…はぁ…ちょっと、待ってくれ…」


「あれー? タツヤちゃん、もうバテちゃったのー? だらしないなぁ」リリアがからかう。

「無理もない。君の体には、まだ長距離を歩く体力がないのだろう。少し休憩するか?」マリアが気遣ってくれる。


「だ、大丈夫だ! これくらい…!」達也は強がって見せたが、額には汗が滲んでいた。


そんな達也の様子を見て、リリアが道端に咲いていた、見たこともない青い花を摘んで、達也の髪に飾ろうとしてきたり、マリアが周囲の植物について「これは薬草になる」「あれは毒があるから触るな」などと教えてくれたりする。

最初は不安でいっぱいだった達也の心も、二人の気遣いや、穏やかな風景に触れるうちに、少しずつ解きほぐれていくのを感じていた。徒歩での移動は疲れるが、キャンピングカーで駆け抜けるのとは違う、ゆっくりとした時間の流れと、世界の細やかな表情を発見できる。


やがて、前方に鬱蒼とした森が見えてきた。リリアがその森の一角を指さす。

「あそこだよ! あの森の奥に、『妖精の水晶窟』の入口があるんだ!」

彼女の声は、宝物を見つけた子供のように弾んでいた。


リリアの元気な「あそこだよ!」という声に導かれ、三人は鬱蒼とした森の中をさらに奥へと進んでいった。木漏れ日がまだらに地面を照らし、時折、鳥の甲高い鳴き声や、得体の知れない獣の気配が遠くに感じられる。達也は少し緊張しながらも、マリアとリリアの後にしっかりとついていく。


しばらく進むと、森が少し開け、苔むした巨大な岩壁に囲まれた、円形の広場のような場所に出た。そして、その岩壁の一角、つたやシダ植物に半分覆われた場所に、リリアが指さす「入口」らしきものがあった。


周囲には、確かに風化して崩れかけた石の柱や、何かの建物の基礎部分だったかのような石組みが点在しており、一見すると古代遺跡の一部のようにも見える。神秘的な雰囲気が漂っている、と言えなくもない。


「わー! 久しぶりだなー、ここ!」リリアは嬉しそうに駆け寄っていく。

「ふむ…確かに、何らかの古い遺跡のようだな。空気も少しひんやりとしている」マリアも周囲を警戒しながら観察している。


しかし、達也は、その中心にある「入口」とされる物体を目の当たりにして、あんぐりと口を開け、固まってしまった。


それは、どう見ても自然物や、古代人が手で掘ったような洞窟の入り口ではなかった。

滑らかで、白く、そして冷たい光沢を放つ金属でできた、巨大な長方形の扉。高さは3メートル、幅は2メートルほどだろうか。表面には、かすかに幾何学的な模様や、達也には読めないがどこか見覚えのあるような(気のせいか?)警告文のようなものが刻まれているが、大部分は風化して判読できない。そして、その扉の分厚い縁には、何かのハンドルようなものが付いており、横には小さなスリットや、古びたボタンらしきものもいくつか見える。


(…………ん? え? これって……)


達也の脳裏に、元の世界で毎日見ていた、あの家電製品の姿が鮮明に浮かび上がった。


「いや、待て! 待て待て待て!! なんだこれ!?」

達也は思わず大声で叫んだ!

「古代遺跡とか! 妖精の水晶窟とか言ってたけど! どう見てもこれ、業務用のクソでかい冷蔵庫のドアじゃねえか!! しかも、かなり旧式っぽいやつ!」


そのあまりにも場違いで、しかし達也にとっては的確すぎるツッコミに、リリアとマリアはきょとんとした顔で達也を見た。


「れいぞーこ…? なにそれ、タツヤちゃん? 新しい魔物の名前?」リリアは小首を傾げ、全く理解できていない様子だ。

「ふむ…『巨大な冷蔵庫』とな…?」マリアも、その言葉の意味を理解しようと、真剣な顔で腕を組み、改めてその巨大な金属の扉を観察している。「確かに、この扉の作りは、我々の知るどんな建築様式とも異なるな…。古代の魔導文明が作り出した、何か特別な貯蔵庫の入り口なのかもしれん。あるいは、リリアの言う通り、妖精が特殊な魔法で…」


「いやいやいや! 魔導文明とか妖精とかじゃなくて! だからこれは、食べ物とかを冷やして保存するための、ただのデカい箱の扉だって!」達也は必死に説明しようとするが、そもそも「電気」や「冷却装置」という概念のない二人に、冷蔵庫の原理を説明するのは不可能に近い。


(ああ、そうか…こいつら、冷蔵庫なんて便利なものを知らないのか…! でも、どう見たって、これは冷蔵庫だろ! なんでこんな森の奥に、こんな巨大な冷蔵庫の扉が!? しかもダンジョンの入口って!?)


達也は、改めて自分が異世界に来てしまったという厳然たる事実と、その世界の常識とのあまりのギャップに、頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなった。


リリアは「ねえ、タツヤちゃん、本当にこれが『れいぞーこ』っていうの? それ、美味しいの?」と、まだ食べ物か何かだと思っているようだ。マリアは「この扉の材質は…非常に硬そうだ。破壊して中に入るのは難しいかもしれんな」と、既にダンジョン攻略の算段を立て始めている。


「それで、この扉、どうやって開けるんだ?」マリアが扉のハンドルらしき部分を慎重に調べている。

「うーん、昔来た時は、確か…なんかこう、ガチャってやったら開いたような…?」リリアは曖昧な記憶を頼りに、扉のあちこちをペタペタと触っている。


達也は(こいつら、本当に分かってないんだな…)と頭を抱えつつも、自分もどうやって開けるのか見当がつかない。元の世界の業務用冷蔵庫のドアなんて、そうそう開ける機会はなかった。


すると、リリアが「あれー? もしかしてこれかなー?」と言いながら、扉の横についていた、錆びついた大きな回転式のハンドルに手をかけ、何気なくぐいっと回してみた。


ゴゴゴゴゴ…………プシューーーーッ!!!


重々しい金属の擦れる音と共に、分厚い扉が、まるで生き物のようにゆっくりと内側へ向かって開き始めた! そして、隙間から、白い冷気が勢いよく噴き出してくる!


「うわっ! 開いた!」リリアが声を上げる。

「…思ったより簡単だったな」マリアも少し拍子抜けしたようだ。


三人が恐る恐る中を覗き込むと、そこには――達也の予想を裏切らない、そしてある意味で期待通りの光景が広がっていた。


ひんやりとした冷気が漂う、広大な空間。壁も床も天井も、滑らかな金属質の素材で覆われており、所々には大きな棚のような構造物が見える。そして、壁や天井にはびっしりと白い霜がつき、床の一部はツルツルに凍り付いていた。奥の方には、確かにキラキラと光を放つものが見えるが…。


「さ、さっっっっっっっっっっっっっっっっむ!!!!!」


中に一歩足を踏み入れた瞬間、達也は全身の毛が逆立つほどの強烈な冷気に襲われ、思わず絶叫した!

「やっぱりただの巨大冷凍庫じゃねえか、ここ! 何が妖精の水晶窟だ! 詐欺だろこれ!!」

歯がガチガチと音を立て、体はブルブルと震えが止まらない。


「おおー! なんだか涼しくて気持ちいいねー! まるで天然のクーラーみたい!」

リリアは、寒さを全く意に介していない様子で、むしろ楽しそうに奥へと進んでいく。


「ふむ…確かに、内部は異常なほど低温に保たれているようだな。何らかの冷却魔術が施されているのかもしれん」マリアも冷静に分析しているが、さすがに少し肌寒そうだ。


「りょ、涼しいとかいうレベルじゃねえよ! 死ぬ! 俺、凍え死ぬ!」

達也は本気で生命の危機を感じ、慌てて異世界通販サイトを開いた。検索するのは「防寒具 即効性」!


いくつかヒットした中から、「もこもこ首掛けマフラー(自己発熱機能付き!)」と、「ふわふわアニマルイヤーマフ(ウサギ耳デザイン!)」、そしてついでに「裏起毛あったか手袋(スマホ対応!)」を、値段も見ずに即座に購入!


アイテムボックスからそれらを取り出し、震える手でマフラーを首に巻き、イヤーマフを装着し、手袋をはめる。見た目は完全に、真冬の雪山にでも行くかのような、ちぐはぐで重装備な少女の姿だ。


「……タツヤ」

そんな達也の姿を、マリアが深いため息と共に見下ろしていた。その目には、心底からの呆れと、ほんの少しの憐れみが浮かんでいる。

「君は……本当に、軟弱だな……。この程度の寒さで、そこまで大げさな装備をするとは…。私が新兵だった頃は、冬の雪中行軍でも、これより薄着で一晩過ごしたものだが…」


「う、うるさい! 俺は現代っ子で寒がりなんだよ! それに、ここは『この程度の寒さ』じゃなくて、普通に冷凍庫の中の気温だろ! 生きてるだけで奇跡だ!」

マフラーに顔をうずめ、イヤーマフで耳を覆いながら、達也は必死に反論する。


一方のリリアは、そんな二人(主に達也)のやり取りなど全く気にせず、奥の方で「わー! キラキラしてるー! これが妖精の水晶かなー?」と、氷柱つららや霜の塊を珍しそうに触ったりして、一人ではしゃいでいた。どうやら、彼女にとってはこの冷凍庫の中も、楽しい遊び場の一つでしかないらしい。


達也は、自分の寒がりっぷりをマリアに罵られ、リリアの能天気さに呆れながらも、とりあえず凍死の危機は脱したことに安堵する。しかし、この奇妙な「冷凍ダンジョン」で、一体何を見つけることになるのだろうか…。不安は尽きない。

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