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ふて寝

「タツヤちゃん、今夜は私と、このリベルの美しい夜景を見ながら、ゆっくりとお話でもしませんこと? もちろん、一晩中でもよろしくてよ?」

帳のオルガは、うっとりとした目で達也を見つめ、甘く、そして有無を言わせぬような声で囁いた。その目は完全に据わっており、達也の可憐な容姿に完全に心を奪われているのが見て取れる。


(やばい! やばい! こいつ、パックル三男坊以上にヤバいかもしれない! 見た目は美女だけど、中身はガチのやつだ! 絶対に捕まるわけにはいかない!)

達也はオルガのねっとりとした視線と、明らかに下心のある誘いに、全身の毛が逆立つような恐怖を感じ、必死に頭を回転させた。


「あ、あのっ! オルガ様! 大変申し訳ないのですが…!」達也は咄嗟に、涙目で上目遣い(今朝リリアにからかわれた時の赤面を思い出し、それを再現するような必死の演技だ!)をしながら訴えた。「きゅ、今日はですね、朝からずっと立ちっぱなしで…その、体調があまり優れないのです…。それに、ほら、私、まだ若輩者ですので、月の巡りにも体が左右されやすくて…特に今夜は、ちょっと貧血気味と申しますか…」

リリアが以前話していた満月の話と、自分の(元)男としての知識を総動員して、それっぽい言い訳を並べる。


「それに! 明日は早朝から、先日お話に出ました衛兵隊長様に、新しいお菓子の試作品をお届けする大事な約束がございまして…! 決して失敗は許されないのです! ですから、誠に、誠に残念ではございますが、今夜は早めに休ませていただきたく…この通りでございます!」

達也は、ほとんど泣きそうな顔で、深々と頭を下げた。


オルガは、達也のその健気な(と彼女には見えた)訴えと、涙ぐんだ瞳に、一瞬「むぅ…」と非常に残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの妖艶な笑みに戻った。

「あらあら、それはいけませんわね。タツヤちゃんのお体が一番大事ですもの。それに、衛兵隊長様が期待なさっているお仕事とあらば、なおさらですわ」

彼女は意外とあっさり引き下がり、達也の手を優しく握った(達也はビクッと震えた)。

「では、今夜はゆっくりお休みになって。パックル商会のドラ息子の件は、このオルガにお任せあれ。明日の朝には、彼が二度とあなたの可愛いお顔を曇らせることのないように、きっちりと言い聞かせておきますから。だから、安心して、ね?」


「は、はい! ありがとうございます、オルガ様!」

オルガが許可(?)を出した瞬間、達也は「それでは、失礼いたします!」と、これ以上ないほどの深々としたお辞儀をすると、リリアとマリアに目配せし、三人でその個室から文字通り脱兎のごとく逃げ出した!


オルガの「またいつでもいらしてね、タツヤちゃん♪」という甘い声が背後から聞こえてきたが、もう振り返る余裕もない。


三人は酒場を飛び出し、一目散に街の外れに隠してあるキャンピングカーへと駆け込んだ。

バタン!とドアをロックし、カーテンを全て閉め切った瞬間、達也は全ての緊張の糸がプツンと切れ、その場にへたり込んだ。そして、


「うわあああああああん!! もうやだこの街! ロクな奴いねえじゃんかよおおおぉぉぉ!! なんなんだよ、一体!!」


達也はキャンピングカーの床を転げまわり、クッションを何度も叩きつけながら、子供のように泣き叫んだ。

「なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ! 今度は見た目は妖艶な美女だけど中身はガチの筋金入りのロリコン(オルガ)かよ! 俺はただ、静かにホットケーキ焼いて、平和に暮らしたいだけなのに! なんで普通の女の子(?)として扱ってくれないんだ!」

「もういやだー! 日本に帰りたいー!(でも帰れるわけないけど!) うええええん!」


そのあまりの取り乱しようと、魂からの絶叫に、

「あはははは! タツヤちゃん、今日のMVPもあなたで決まりね! 最高に面白いわ!」

リリアは腹を抱えて大爆笑している。


「……」マリアは、深すぎるため息をつき、天井を仰いだ。「…確かに、リベルは一筋縄ではいかない街のようだな…。しかし、タツヤ、とりあえずパックル商会の件は、あのオルガ殿が何とかしてくれるだろう。それは不幸中の幸いかもしれんが…」

彼女の声には、深い同情と、それ以上の呆れが込められていた。


キャンピングカーの中で一頻り泣き叫び、クッションを叩きつけ、床を転げ回った達也だったが、やがてそのエネルギーも尽き果てたのか、全ての気力を失ったようにぐったりとなった。


「……もう知らない……俺はもう寝る……」


そう呟くと、達也はベッド(リリアとマリアが寝るはずのダイネットを展開したスペース)に突っ伏し、毛布を頭まで被って完全にふて寝してしまった。パックル商会のドラ息子に、今度はリベルの夜の支配者(しかも筋金入りのロリコン疑惑)。もう、何もかもが嫌になっていた。


「あーあ、タツヤちゃん、完全にいじけちゃったねー」リリアが呆れたように言う。

「…まあ、無理もないだろう。今日一日は、彼にとってあまりにも衝撃的なことが多すぎた。少し一人にして、休ませてやるのがいいかもしれんな」マリアもため息をついた。


「じゃあさ、マリアさん」リリアが提案する。「私たちだけで、何か美味しいものでも食べに行かない? タツヤちゃん、この様子じゃ当分起きそうにないし。お腹すいちゃったよー」


マリアも頷き、「そうだな。それがよかろう」と同意した。二人は達也を起こさないようにそっと声を潜め、キャンピングカーを静かに抜け出し、リベルの夜の街へと食事に出かけていった。


***


リリアとマリアが出て行ってから、どれくらいの時間が経っただろうか。

ふて寝していた達也は、むくりと体を起こした。まだ少しむしゃくしゃした気持ちは残っているが、お腹も空いてきたし、いつまでも寝ているわけにもいかない。


(…あいつら、本当に俺を置いて飯食いに行ったのかよ…まあ、いいけどさ)


しかし、オルガの件やパックルの件を考えると、またすぐに気分が滅入ってくる。

(…もう、今日は何も考えたくない。そうだ、ゲームでもしよう…)


達也は気分転換と現実逃避のため、ノートパソコンを取り出した。いつもならオフラインのRPGでも起動するところだが、ふと、元の世界で夜な夜な熱中していた、あるオンラインゲームのことを思い出した。仲間たちとパーティーを組んで強大なボスを倒したり、チャットでくだらない話をしたり…楽しかったなぁ。


(…ダメ元で、起動してみるか? さすがに繋がるわけないだろうけど…)


淡い期待を抱きつつ、達也はそのMMORPGのクライアントを起動してみた。しかし、やはりログイン画面で「ネットワークに接続できません」という非情なメッセージが表示されるだけだった。


「ちっ…やっぱりダメか。まあ、当たり前だよな…」

達也はがっかりしたが、すぐに気を取り直した。

(でも…エンジンをかければ…もしかしたら…?)


以前、アザリアの近くでエンジンをかけた時、ネットに繋がり、日本のテレビ放送まで受信できたことを思い出したのだ。あの不可解な現象が、また起きてくれるかもしれない。


達也は期待を込めて、キャンピングカーのエンジンキーを回した。

ブロロロ…!

エンジンは快調にかかる。そして、ノートパソコンの画面右下にあるWi-Fiアイコンに目をやると…!


「おっ!?」


今までバツ印だったアイコンが、数秒の点滅の後、見慣れた「接続済み」の表示に変わったではないか!


「やった! やっぱり繋がった!」

達也は思わず声を上げた。理由は全く分からないが、このキャンピングカーのエンジンをかけている間は、異世界にいながらにして元の世界のインターネットに接続できるらしい。


達也は逸る心を抑え、早速、先ほど起動したオンラインゲームのログイン画面で、自分のIDとパスワードを打ち込み、エンターキーを押した。

(頼む…! 繋がってくれ…!)


画面が切り替わり、キャラクター選択画面が表示される―――!


「おおおおおっ!! 繋がった! 本当に繋がったぞ!」

達也は歓喜の声を上げ、自分のメインキャラクターを選択し、ゲームの世界へとログインした。懐かしい音楽、見慣れた風景、そして…チャットウィンドウに表示される、他のプレイヤーたちの会話!


異世界にいながらにして、元の世界のオンラインゲームに接続する。それは、達也にとって、まさに夢のような、そして最高の現実逃避の手段を手に入れた瞬間だった。彼は今夜、リリアのことも、マリアのことも、パックルのことも、オルガのことも、そして自分が吸血鬼かもしれないという恐怖も、全て忘れてゲームの世界に没頭しようと、目を輝かせるのだった。

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