ストーカー
食材の買い出しを終え、キャンピングカーが待つ(そして昨夜の惨劇の舞台となった)広場に戻る道すがら、三人は今日の営業場所について真剣に話し合っていた。
「やっぱり、昨日と同じ場所はまずいよな…」達也が切り出した。「パックルのドラ息子が、手下を連れてまた来るかもしれないし、衛兵長に顔も覚えられちゃったし」
「うむ。昨日は運よく切り抜けられたが、同じ手が何度も通用するとは思えん」マリアも頷く。「警戒はするが、無用な争いは避けるに越したことはない。別の場所を探すべきだろう」
「えー、でもあそこ、結構お客さん来たのにー。残念だなぁ」リリアは少し不満そうだったが、「まあ、新しい場所を探検するのも楽しいけどね! もっと面白いお客さんがいるかもしれないし!」とすぐに切り替えた。
彼らは、今日のキッチンカー営業への期待を胸に、まずはキャンピングカーが置いてある場所へと向かった。
そうなのだ。達也は、街の外れの草地にアイテムボックスからキャンピングカーを出して以来、そこでの騒動(リリアとのシャワー、マリアとの再会、吸血と気絶、自身の変貌など)や、その後の宿での出来事(パックル商会の件、金策会議など)に気を取られ、実は一度もキャンピングカーをアイテムボックスに収納していなかったのである。丸二日以上、あの目立つ白い箱は、人目につかない場所とはいえ、無防備に放置され続けていたのだ。
「…なあ、タツヤ」キャンピングカーが置いてある草地へ向かう道すがら、マリアが心配そうに言った。「あの『家』、本当に大丈夫だったのだろうか? 何日も置きっぱなしにしていたのだろう? 盗賊にでも見つかっていたら…」
「うっ…」達也は今更ながらその可能性に気づき、顔を青ざめさせた。(やばい! すっかり忘れてた! もし何かあったら…!)
リリアは「えー? 大丈夫だよー、きっと。タツヤちゃんの『家』だもん、変な奴は近づけないって!」と根拠もなく楽観的だが、達也の不安は増すばかりだった。
息を切らせて草地にたどり着くと、そこには――朝日を浴びて静かに佇む、見慣れた白いキャンピングカーの姿があった。特に荒らされた様子もなく、タイヤも無事だ。
「はぁ……はぁ……よ、よかった……無事だった……」
達也は膝に手をつき、心の底から安堵のため息をついた。本当に運が良かっただけかもしれない。
「ほらね、大丈夫だったでしょ?」リリアが得意げに言う。
「…結果的に大丈夫だったから良いものの、次からは必ず安全な場所に仕舞うか、我々が見張りを立てるべきだ」マリアは釘を刺す。
「わ、分かってるよ…」達也は反省しつつ、キャンピングカーの運転席に乗り込んだ。リリアとマリアも同乗する。
「よし、今日の営業場所まで移動するぞ!」
達也の運転で、キャンピングカーは今日の営業場所として目星をつけた、商業ギルドにも比較的近く、職人街へと抜ける道の途中にある、少し開けた小さな広場へと移動した。
広場の隅、大きな木の木陰にキャンピングカーを停め、三人は手際よく(昨日よりはスムーズに)テーブルを二つ並べてL字型のカウンターを作り、カセットコンロ、調理器具、そして今日買ってきたばかりの新鮮な材料を並べていく。看板代わりの黒板には、リリアが「本日開店! 幸せ運ぶふわとろパンケーキ! 絶世の美少女パティシエ(見習い)が心を込めて焼いてます♪」と、また達也をダシにしたキャッチコピーを書き殴っていた。
「誰が美少女パティシエ(見習い)だ!」達也は顔を赤くしてツッコむが、リリアは「えー? 事実じゃーん」とケロッとしている。
「よし、今日も焼くぞー!」
達也は気合を入れ直し、昨日と同じように手際よくホットケーキの生地を作り、フライパンで焼き始めた。すぐに、甘くて香ばしい匂いが広場に漂い始める。
そして、今日の呼び込み担当はもちろんリリアだ。彼女は昨日、達也が店の女性に「可愛いから」とおまけしてもらい、顔を真っ赤にしていたのを思い出し、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあさあ、いらっしゃいませー! 聞いて驚き、見てビックリ! ここでしか味わえない、とーっても可愛いパティシエ(もちろん達也のことだ!)が真心込めて焼き上げる、ふわっふわでとろけるような絶品ホットケーキだよー!」
リリアは、いつも以上にテンションの高い、そして少しだけ脚色された呼び込みを始めた。
「なっ…! おい、リリア! 何言ってんだ、俺は別に…!」達也は顔を真っ赤にして抗議するが、リリアは聞こえないフリ。
「今日は特別に、運が良ければパティシエの可愛い照れ顔も見れちゃうかもー!? 優しい笑顔と美味しいパンケーキで、あなたの心も体もとろけさせちゃうよー! さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「誰が照れ顔だ! いい加減にしろ!」
達也の怒りの声も、リリアの巧みな呼び込みの声にかき消されていく。
しかし、そのリリアの「パワーアップした」呼び込みが意外と功を奏したのか、あるいは本当にホットケーキの甘い香りに誘われたのか、昨日よりも早い時間から、人々が興味深そうに露店へ集まり始めた。職人風の男、買い物帰りの主婦、そしてやはり子供たち。
「へえ、本当に可愛い子が焼いてるんだな」
「昨日も別の場所でやってた子たちかい? 噂になってたよ、すごく美味しいって」
「さあさあ、いらっしゃいませー! 聞いて驚き、見てビックリ! ここでしか味わえない、とーっても可愛い金髪黒目のパティシエちゃん(今日はちょっとツンデレ風味かも!?)が真心込めて焼き上げる、天にも昇る美味しさのふわっふわホットケーキだよー!」
「今日は特別に、パティシエちゃんの可愛い困り顔や照れ顔も見放題! さあ、このチャンスを逃すな!」
リリアの、達也にとっては迷惑千万だが、どこか人を惹きつける不思議な呼び込みの声が、職人街へ抜ける小さな広場に響き渡る。その声と、漂ってくる甘く香ばしい匂いに誘われて、昨日よりも早い時間から、様々な人々が興味深そうに達也たちの露店(簡易キッチンカー)へと集まり始めていた。
「おいコラリリア! いい加減にしないと本気で怒るぞ!」
達也は顔を真っ赤にしてリリアを睨むが、彼女は「えー? だって事実じゃーん。タツヤちゃん、今もすっごく可愛い顔してるよ?」と柳に風だ。
そんな二人の(コントのような)やり取りも、客寄せの一環になっているのかもしれない。屈強な職人風の男たちが「へえ、威勢のいい嬢ちゃんたちだな」と面白そうに眺め、子供連れの母親たちは「まあ、本当に可愛らしい子が焼いてるのね」と微笑ましげにホットケーキを買っていく。中には、リリアの「パティシエちゃんの照れ顔も見放題!」という言葉を真に受けて(?)、達也の顔をじーっと観察してくる物好きな客もいる始末だ。
リリアのパワーアップした(そして達也にとっては非常に迷惑な)呼び込みのおかげか、あるいは純粋にホットケーキの美味しさが口コミで広まったのか、達也たちの簡易キッチンカーは、新しい営業場所でも昨日以上の賑わいを見せていた。
「ふわふわで美味しい!」「こんなお菓子初めて!」「あの可愛い子が焼いてるの?」
客たちのそんな声が飛び交い、達也は調理に追われながらも、自分の作ったもので人が喜んでくれることに、確かな手応えと喜びを感じ始めていた。マリアもリリアも、それぞれの持ち場で生き生きと立ち働いている。
そんな、活気と甘い香りに満ちた露店に、不穏な影が近づいてきた。
「…よう、小娘。また会ったな」
その下卑た声に、達也はビクッと体を震わせ、恐る恐る顔を上げた。そこには、昨日因縁をつけてきた、あのパックル商会の三男坊が、数人の屈強な手下を連れて立っていたのだ! しかも、今日の彼は、昨日とは違い、少し上等そうな、しかし悪趣味な刺繍の入った服を着て、髪もなけなしの油で撫でつけている。
(うわあああ! やっぱり来た! しかも昨日よりなんか気合入ってる!?)
達也は顔面蒼白になり、心臓が早鐘のように打ち始める。マリアとリリアも即座に臨戦態勢に入り、店の空気が一瞬で緊張に包まれた。周囲の客たちも、パックル(この街では悪名で知られているのかもしれない)の登場に気づき、さっと道を開け、遠巻きに様子を窺い始めた。
しかし、パックル三男坊の態度は、昨日とはどこか違っていた。高圧的な雰囲気は変わらないが、その目はギラギラと、しかしどこか妙に熱っぽい光を帯びて、達也の顔(特にその金髪と黒い瞳)に釘付けになっている。そして、手下たちには「おい、お前ら、囲め! 逃がすなよ!」などと指示しているものの、達也に対しては、意外にも少しだけどもったような、そしてなぜか少し照れたような(?)口調で言った。
「よ、よう。昨日は…その、少し手荒なことをして、す、すまなかったな。うん。俺もちょっと虫の居所が悪かっただけで、別にアンタに恨みがあるわけじゃねえんだ」
「は…はあ…?」達也は、パックルの予想外の言葉に戸惑うばかりだ。(謝ってる? こいつが? 何か裏があるに違いない!)恐怖と警戒心で、彼の態度の変化の理由など全く気づかない。
「お、お前、なかなか見所があるじゃないか。その…なんだ、その『ほっとけーき』とやら、美味そうだな。俺にも一つ作ってくれや。金なら、ほら、いくらでも払うぜ?」
パックルはそう言って、ジャラリと金貨が数枚入った革袋をちらつかせた。昨日「タダでよこせ」と言っていたのとは大違いだ。
しかし、その目は相変わらず達也の容姿にねっとりと注がれており、隠しきれない下心と独占欲が滲み出ている。
(き、きもちわるい…!)達也は生理的な嫌悪感を感じた。
「い、いえ、結構です! もうすぐ材料もなくなりますので!」と、必死で拒絶しようとする。
「なんだと? 俺の頼みが聞けねえってのか?」パックルの顔が少し曇る。「それなら、俺の専属の菓子職人になれ! 俺の屋敷に来れば、こんな露店じゃなく、もっと立派な厨房を使わせてやるし、欲しいものは何でも買ってやるぞ? どうだ、悪い話じゃないだろう?」
強引なスカウト(という名の囲い込み宣言)だ。
「ふざけるな! 誰がお前なんかの!」達也が叫びそうになるのを、マリアがそっと制した。
リリアは、パックルのそのあまりにも分かりやすい下心と、達也の怯えっぷりを、面白くてたまらないといった表情でニヤニヤと眺めている。(あらあら、タツヤちゃん、とんでもないのに惚れられちゃったみたいねぇ。これは面白くなってきたわ)
達也は、パックルのねっとりとした視線と、強引な誘いに、恐怖と嫌悪感で鳥肌が立つのを感じていた。(こいつ、絶対まともじゃない!)
「お断りします! 私はここで、自分の力で商売をしたいんです!」達也はきっぱりと断った。
その言葉に、パックルの顔がみるみるうちに怒りで赤黒く染まっていく。「…このアマ…俺様の親切を無にしやがって…!」
手下たちが、達也たちを取り囲むようにじりじりと距離を詰めてくる。一触即発の雰囲気!
しかし、パックルはリリアとマリアの鋭い視線(特にマリアの剣の柄に置かれた手)に気づき、ギリギリのところで怒りを抑え込んだようだ。
「……ちっ。まあいい、今日のところは引き下がってやる。だがな、小娘! 俺様は諦めが悪いんでな! 必ずお前を俺のものにしてやるから、覚悟しておけよ! また来るぜ!」
パックルはそう捨て台詞を残すと、名残惜しそうに、そして執念深く達也の顔をもう一度じっと見てから、手下たちを引き連れて去っていった。
嵐のような男が去った後、露店には気まずい沈黙が流れた。周囲の客たちも、遠巻きに見ていただけで、誰も助けには入ってくれなかった。
「……な、なんだったんだ、あいつ……」達也はまだ震えが止まらない。
「どうやら、タツヤちゃん、とんでもないのに目をつけられちゃったみたいだねぇ」リリアが、面白そうに、しかし少しだけ心配も滲ませて言った。
マリアは深いため息をつき、「…厄介なことになったな」と呟いた。
達也のキッチンカー計画は、順調な滑り出しを見せたのも束の間、パックル商会の三男坊という、非常に面倒で危険なストーカー(?)に目をつけられてしまったのだった。




