材料調達
運転席のリクライニングシートで、達也は体の節々の痛みと共に目を覚ました。ノートパソコンを抱えたまま眠ってしまっていたらしく、首が変な方向に曲がってしまっていたようだ。窓の外は既に明るく、鳥のさえずりが聞こえる。
(…結局、ほとんど寝てないな…)
達也は重い頭を振りながら体を起こすと、後部のベッドスペースではリリアが、バンクベッドではマリアが、まだ静かな寝息を立てて眠っていた。
(まあ、こいつらも昨日は色々あったしな…)
達也は音を立てないようにそっと運転席から降りると、カセットコンロを取り出し、朝食の準備を始めた。昨夜のカップ麺だけではさすがに侘しいし、今日はこれから重要な話し合いが待っている。メニューはごくシンプルに、目玉焼きと、市場で買った黒パンを軽くトーストしたもの、そしてインスタントコーヒーだ。
アイテムボックスから異世界の大きな鶏の卵(黄身が濃厚で美味しい)と、通販で買ったベーコン(少しだけ残っていた)、塩胡椒を取り出す。テフロン加工のフライパンに薄く油を引き、ベーコンをカリカリに焼き、その横で卵を割り入れる。ジュウウウウ…という音と、香ばしい匂いが車内に漂い始めた。
その匂いに誘われたのか、まずリリアが「んん……ふわぁ……いい匂い……」と寝ぼけ眼でベッドから這い出してきた。続いてマリアも、静かにバンクベッドから降りてくる。
「おはよう、二人とも。もうすぐ飯ができるぞ」
「おはよー、タツヤちゃん! 何作ってるのー?」
「おはよう、タツヤ。…ベーコンと卵か。良い香りだ」
達也は手際よく目玉焼き(黄身は半熟だ)とカリカリベーコンを焼き上げ、軽くトーストした黒パンと共に三つの皿に盛り付けた。淹れたてのインスタントコーヒーもカップに注ぐ。
「さあ、できたぞ。熱いうちに食ってくれ」
三人はキャンピングカーの小さなテーブルを囲み、朝食を食べ始めた。
「んー! この目玉焼き、黄身がとろっとろでパンに合うー! ベーコンもカリカリで美味しい!」リリアは幸せそうに頬張る。
「ああ、確かに美味い。シンプルな料理だが、君が作ると一味違うな」マリアも満足げに頷いた。
昨日までの様々なトラブルや緊張感が嘘のように、車内には比較的和やかな、そして少しだけ家族のような温かい空気が流れていた。
食事が一段落し、コーヒーを飲みながら、達也が切り出した。
「さて…昨日の夜、色々考えたんだけど…やっぱり、これからのこと、ちゃんと決めないといけないと思うんだ」
マリアとリリアも真剣な表情になり、達也の言葉に耳を傾ける。
達也は、昨夜ノートパソコンで整理した情報を元に、現在直面している問題点と、考えられる対策を話し始めた。
「まず、パックル商会の三男坊のことだけど…マリアの言う通り、情報収集が最優先だと思う。相手がどれくらい本気で俺たちを探してるのか、どんな手を使ってくる可能性があるのか。それを見極めないと、下手に動けない」
「次に、俺の体のこと…特に、あの力の不安定さと、吸血鬼かもしれないっていう件だけど…」達也は少し声を落とした。「これは、正直どうすればいいか分からない。でも、リリアの言う通り、満月の影響がまだ残ってるのかもしれないし、マリアの血を飲んだ影響も…もう少し様子を見るしかないのかもな。ただ、力の制御は、できることなら練習したいとは思ってる」
「そうだねぇ。吸血鬼の力のコントロールは、一朝一夕にはいかないからね。でも、基本的なことなら私でも教えられるかもよ? 例えば、衝動を抑えるための精神集中とか、無駄な力を使わないための体の使い方とか」リリアが先輩風を吹かせる。
「私も、護身術くらいなら教えられる。君のその怪力も、制御できれば大きな武器になるはずだ」マリアも付け加えた。
「そして、一番の問題はやっぱり金策だ」達也は表情を引き締めた。「昨日のホットケーキは成功だったけど、いつまでも同じ場所で同じものを売ってるわけにもいかない。パックル商会のこともあるしな。ライターや取り寄せ品を売るにしても、もっと安全で確実なルートを開拓する必要がある」
「そこで、キッチンカー計画なんだけど…」達也は昨夜リリアと話したアイデアをマリアにも説明した。「キャンピングカーを移動式の屋台にして、俺の故郷の料理を売るんだ。これなら、場所を固定しないからパックルからも逃げやすいし、珍しい料理ならリベルの人たちにも受けると思う」
「ほう、移動式の料理屋か! それは面白い!」マリアもそのアイデアに目を輝かせた。
「いいね! 私たちの秘密基地が、最強のレストランになるんだよ!」リリアも興奮している。
キャンピングカーの中での真剣な作戦会議(議題は「対パックル商会」「達也の体質」「キッチンカー計画の再始動」など多岐にわたった)を終えた三人は、ひとまず今日の行動目標を定めることにした。
「…よし! やっぱり、まずは実績と資金だ! パックル商会のこともあるから長時間は無理でも、昨日好評だったホットケーキを、場所を変えて短時間だけ売ってみよう!」達也がそう提案すると、マリアもリリアも頷いた。
「そのためには、まず材料の再調達だな」とマリア。
「やったー! またあの美味しいホットケーキが食べられるんだね!」とリリア。
キャンピングカーは人目につかないように広場の隅に隠し、三人は再びリベルの活気ある食品販売所へと足を運んだ。昨日とは違う、もう少し規模の大きな、様々な食材が並ぶエリアだ。
「今日は、卵とミルクを専門に扱ってる店を探してみよう。新鮮な方が絶対美味しいはずだ」
達也の言葉に、リリアが「あっちのお店、おばちゃんが優しそうだよ!」と指をさす。そこは、様々な種類の卵(白いもの、茶色いもの、青みがかったものまである)や、大きな壺に入ったミルク、そして自家製らしきチーズやバターを並べた、こぢんまりとした店だった。
店の前には、人の良さそうな恰幅の良いおばちゃんが座って客と話をしている。
「あの…すみません」達也が少し緊張しながら声をかけると、おばちゃんは「あら、可愛いお嬢ちゃんたちだねえ。何をお探しだい?」と、にこやかに顔を向けた。
「えっと、お菓子を作りたいんですけど、卵と、それからミルクを少し分けていただけますか? あと、もしあれば、小麦粉も…」
「お菓子かい? そりゃあ美味しそうだねえ」おばちゃんは目を細めた。「うちの卵はね、朝採れで黄身がぷっくりしてて、お菓子を作るのには最高だよ。ミルクも、水牛の乳で濃厚なんだ。小麦粉もあるよ、リベル産の挽きたてさ」
達也は必要な量を伝え、おばちゃんが手際よく品物を包んでくれる。その間も、おばちゃんは「こんなに小さいのに、自分でお菓子を作るのかい? えらいねえ」「お友達も美人さんだねえ」などと、気さくに話しかけてくる。
そして、代金を支払おうとした時、おばちゃんは達也の愛くるしい顔立ちや、一生懸命な様子を見て、ニッコリと笑った。
「おやおや、あんまり可愛いお嬢ちゃんだから、見てるだけでこっちまで嬉しくなっちまうよ。よし! これはあたしからのサービスだよ!」
そう言って、おばちゃんは卵を二つほど多くカゴに入れ、ミルクも少しだけ多めに注いでくれた上に、小さな紙袋に入った、この辺りで採れるという甘い木の実まで付けてくれた。
「えっ! い、いいんですか!?」達也は予想外の親切に驚く。
「いいんだよ、いいんだよ。頑張って美味しいお菓子をお作り。またおいで」
「あ、ありがとうございます…!」
親切にされ、さらに面と向かって「可愛い」と言われたことに慣れていない達也は、顔をカアッと赤らめ、俯いてしまう。その耳まで真っ赤になっている。
その瞬間、達也の隣にいたリリアの赤い瞳が、**カッ!!!**と、獲物を見つけた肉食獣のように(あるいは、最高のおもちゃを見つけた子供のように)爛々と輝き出した!
「きゃーーーーーっ!! タツヤちゃん、顔真っ赤! 顔、真っ赤だよー! 可愛すぎーっ!! やっぱり女の子は、そうやって照れたり恥ずかしがったりするのが一番可愛いんだから! うふふふふ、私、タツヤちゃんが顔を赤くしてるとこ見るの、だーーーい好き!」
リリアは大興奮のあまり、達也の肩をバンバンと力強く叩いたり、真っ赤になった頬をむにむにと両手で挟んで引っ張ったりと、やりたい放題だ!
「なっ…! ば、バカ! やめろリリア! 人前で何するんだ!」
達也はさらに顔を赤くして、リリアの魔の手(?)から逃れようと必死にもがく!
「…リリア。少しは静かにできないのか。店の方にも迷惑だろう」
マリアは、店の女性の親切には「ご親切にどうも」と丁寧に礼を言いつつ、リリアの達也へのいつものちょっかいには、深いため息をついて呆れ顔で見守っていた。
店の女性は、そんな三人の賑やかな(?)やり取りを、微笑ましそうに眺めている。
「仲がいいんだねえ。またいつでもおいでよ」
おまけまでしてもらい、無事に材料を買い揃えた三人。リリアに「タツヤちゃん、今日の照れ顔も最高だったよ! 」などとからかわれながら、顔を赤らめ続ける達也と、それをやれやれといった顔で見守る(そして時々リリアを窘める)マリア。彼らは、今日のキッチンカー営業への期待を胸に、キャンピングカーが待つ広場へと戻っていくのだった。




