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パックル嫌い

ひとしきり騒ぎが収まり(主に達也がリリアのセクハラまがいの好奇心から逃げ回り、マリアがそれを呆れ顔で眺めるという構図だったが)、ようやく三人はキャンピングカーのダイネットのテーブルを挟んで向かい合う形になった。達也はまだ少し顔が赤く、リリアは満足そうだ。


「…それで、タツヤ」マリアが咳払いを一つして、真剣な眼差しで切り出した。「君の元の世界のことを、もう少し詳しく聞かせてもらってもいいだろうか? それが、君の今の状態や、我々がこれからどうすべきかを理解する手がかりになるかもしれん」

リリアも「そうだよタツヤちゃん! あなたがいたっていう『別の世界』、ちょー気になる! どんなところなの? 魔法とかあったの?」と目を輝かせている。


達也は深呼吸を一つした。全てを話した今、もう隠す必要もないだろう。

「…分かった。俺がいた世界…『日本』っていう国について、話せる範囲で話すよ」


達也は言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。

「まず、俺のいた日本っていう国は…このリベルやアザリアみたいに、王様や貴族が治めてるわけじゃなかった。もっとこう…たくさんの人が話し合って物事を決める、そういう仕組みだったんだ。身分制度もなくて、基本的には誰でも自由に職業を選べた」


「へえー、王様がいない国?」リリアが不思議そうに言う。マリアも眉をひそめている。


「ああ。それから、俺の世界には『魔術』っていう便利なものはなかったけど、その代わりに『科学技術』っていうのがものすごく発達してたんだ」

達也は、二人にどう説明すれば伝わるか考えながら続けた。

「例えば、空には『飛行機』っていう、巨大な鉄の鳥みたいな塊が、何百人もの人を乗せて飛んでた。馬車なんかよりずっと速くて、遠い街まであっという間だ」


「鉄の鳥が空を!? 人を乗せて!?」リリアは信じられないという顔で叫ぶ。マリアも驚きを隠せない。


「それだけじゃない。みんな、『スマートフォン』っていう手のひらサイズの薄い板を持ってて、それを使えば、どれだけ離れた場所にいる相手とでも、瞬時に顔を見ながら話ができたし、世界中のあらゆる情報が手に入った。文字も絵も、それこそさっき見てたニュースみたいな『映像』も、全部その小さな板で見れたんだ」

達也は自分のスマホを軽く叩いてみせる(今はただの文鎮に近いが)。


「手のひらサイズの板で、遠くの人と話せる…? 伝書鳩より確実で速いのか…?」マリアが唸る。


「まあ、そんな感じだ。夜でも街は『電気』の光で昼間みたいに明るかったし、家の中にはお湯がすぐに出る『風呂』や、食べ物を冷やしておく『冷蔵庫』、汚れた服を自動で洗ってくれる『洗濯機』なんて便利な『機械』がたくさんあった。移動も、馬がいなくても自分で動く『自動車』っていう鉄の箱が普通だったし…」

達也は、キャンピングカーの設備を指さしながら説明する。


マリアとリリアは、達也が語る信じられないような話の数々に、最初は「おとぎ話か何かだろう」と半信半疑だったが、達也が実際に使っているキャンピングカーの設備(FFヒーター、IHコンロ、LED照明など)や、通販で取り出す様々な未知の道具(カップラーメン、レトルトカレー、ライター、ボールペンなど)を思い出し、次第に(まさか、本当に…?)という表情に変わっていった。


「…にわかには信じがたい話だが…君の持つその奇妙な『家』や道具の数々を見れば、あながち嘘ではないのかもしれんな…」マリアがため息交じりに言った。

「すごーい! タツヤちゃんのいた世界、まるで魔法よりも魔法みたいだね! 行ってみたいなー!」リリアは純粋な好奇心で目を輝かせている。


「それで…」マリアが少し聞きにくそうに尋ねた。「君の…ご家族は、その『日本』という場所に?」


達也は、その質問に少しだけ表情を曇らせたが、すぐにいつものぶっきらぼうな口調に戻って答えた。

「いや…俺には家族はいない。物心ついた時から、ずっと一人だ。だから、こっちに来ても、誰かが俺を探して悲しんでるってことも…多分ないと思う」

その言葉には、ほんの少しだけ、寂しさの色が滲んでいた。


リリアが何か言おうとしたのをマリアが目で制し、今度は仕事について尋ねた。

「では、仕事は何を? あれだけの技術がある世界なら、君も何か特別な仕事をしていたのか?」


「仕事か…」達也は少し考え、そして、ほんの少しだけ見栄を張って嘘をついた。「ああ、まあな。結構大きな『カイシャ』…国が認めた大きな組織みたいなところで、色々やってたんだ。かなり…そう、かなり重要なポジションだったんだぞ! だから、色んな知識とかも持ってるんだ!」

本当はただ日雇いだったが、ここでは少しくらい格好つけてもバチは当たらないだろう。


「へえー! タツヤちゃん、すごかったんだね!」リリアが尊敬の眼差しを向けてくる。マリアも「そうか、道理で色々なことを知っているわけだ」と納得したように頷いた。


「……いつまでもメソメソしてても、仕方ないよな!」

達也は自分に活を入れるように、パンと両手を叩いた。「俺は俺にできることをやる! そうだ、キッチンカーだ! あの計画を、ちゃんと進めよう!」


その言葉に、リリアがパッと顔を輝かせた。

「おおー! やる気になったね、タツヤちゃん!」

マリアも静かに頷いている。


「ホットケーキは好評だったけど、あれだけじゃ飽きられるかもしれない。もっと色々な料理を売りたいんだ!」達也は目を輝かせ、次々とアイデアを語り始める。「俺の故郷には、まだまだ美味しいものが山ほどある! 例えば、何種類もの香辛料を煮込んで作る『カレーライス』! あれなら、リベルの人たちも絶対に驚くぞ! それから、熱々のスープにコシのある麺を入れた『ラーメン』! 豚の骨や鶏ガラで出汁を取って…」

「あとは、ふわふわのパンに焼いた肉や野菜を挟んだ『サンドイッチ』! 手軽に食べられるし、見た目も華やかだ! それから、ご飯の上に甘辛く煮た肉や卵を乗せた『丼物』っていうのもあってだな…!」


達也は、次から次へと思い浮かぶ料理のアイデアを、興奮気味に語り続ける。それは、今の辛い現実から少しでも目を逸らしたいという気持ちの表れでもあったのかもしれない。


「へえー! カレーライスにラーメン! サンドイッチにドンブリ!?」リリアは目をキラキラさせて、よだれを垂らしそうな勢いだ。「どれも名前を聞いただけでも美味しそう! 私、全部味見したい!」

「ふむ、君の料理の腕は確かだからな。新しい料理も非常に興味深いが…」マリアも、達也の語る未知の料理に、わずかながら好奇心をそそられているようだった。


しかし、そのマリアの言葉は、すぐに現実的な指摘へと変わった。

「……だが、タツヤ。新しい料理を考えるのも結構だが、その前に、我々が解決しておかなければならない重大な問題があるだろう? 忘れたとは言わせんぞ」

マリアは、じっと達也の目を見据えて言った。

「あの、パックル商会の三男坊のことだ。あいつに目をつけられたまま、また街中で派手に商売を始めたら、今度こそ何をされるか分からん。本当にいいのか?」


「そうだよー」リリアも、珍しく真面目な顔でマリアの意見に同意する。「あのデブ、見た目通り根に持つタイプっぽいし、昨日は私たちに脅されてすごすご帰ったけど、次はもっと大人数の手下を連れてくるか、あるいはもっと陰湿な嫌がらせをしてくるかもしれないよ? それこそ、衛兵にありもしない罪をでっち上げて通報したりとかね」


「「…………」」


二人からの的確すぎるツッコミに、達也の顔からサッと血の気が引いた。

(そ、そうだった……! すっかり、あのドラ息子のこと、頭から抜け落ちてた……!)

新しいメニューへの期待で完全に浮かれていたが、現実には、非常に厄介で危険な脅威が残っているのだ。


「明日、同じ場所で商売なんてしたら、絶対に仕返しに来るぞ…! いや、もう場所を変えたって、俺たちのこと探してるかもしれないじゃないか!」


パックル商会の三男坊に目をつけられたかもしれない――その事実は、達也の心を一瞬で絶望の淵に突き落とした。せっかく見えた光明が、早くも分厚い暗雲に覆われてしまったかのようだ。キャンピングカーの中には、先ほどまでの料理の温かい湯気とは裏腹に、再び重く、冷たい空気が漂い始めた。


「…まあ、落ち着け、タツヤ」最初に口を開いたのはマリアだった。彼女は腕を組み、冷静に状況を分析しようとしている。「確かに、パックル商会の三男坊に睨まれたのは厄介だ。あいつはリベルでも札付きの道楽者で、親の権力を笠に着て好き放題やっていると聞く。だが、まだ何も起こったわけじゃない」


「そうだよー、タツヤちゃん」リリアも、いつもの軽口とは少し違う、真剣な表情で頷いた。「ああいうタイプは、自分より強いと分かれば案外あっさり引き下がることもあるし、逆に、いつまでも根に持ってネチネチ嫌がらせしてくることもある。まずは、相手がどう出てくるか、そして私たちがどう対処できるか、ちゃんと話し合わないとね」


「対処って…どうすればいいんだよ…」達也は弱々しく呟いた。


「まず考えられるのは、場所を変えることだな」マリアが言った。「あの三男坊の目の届かないような、もっと辺鄙な場所で、細々と商売を続けるか…」


「でも、それじゃあお客さんも全然来ないんじゃない?」リリアが反論する。「それに、リベルの街って、意外と狭いからね。本気で探されたら、どこに隠れてたって見つかっちゃう可能性はあるよ。それに、そんなコソコソするの、私の性に合わないし」


「では、護衛を強化するか?」マリアは自分の剣の柄を叩いた。「私が常に周囲を警戒し、リリアもいざという時にはその…『力』を貸す。それで、ある程度のちょっかいは追い払えるかもしれん。だが、相手が本気で衛兵や他のゴロツキを大勢雇って襲ってきたら、私たち二人だけでは限界があるのも事実だ」


「うーん…」達也は唸る。戦闘はできるだけ避けたい。


「それなら、誰かに助けを求めるのはどうだ?」達也が提案した。「商業ギルドとか、あの衛兵隊長とか…。彼らに相談すれば、何か力になってくれないかな?」


「商業ギルドは、商人同士の揉め事には中立を保つのが基本だ。パックル商会が相手となれば、積極的にこちらに肩入れしてくれるとは考えにくい」マリアは首を横に振った。「衛兵隊長殿も、個人の商売トラブルにどこまで介入してくれるかは未知数だ。彼も立場があるだろうしな」


「やっぱり、こういう時は『餅は餅屋』だよ」リリアが意味深に笑った。「私の言ってた『顔役』に頼んでみるのが、一番手っ取り早くて確実かもしれないね。リベルの裏の揉め事なら、あの人以上に頼りになる存在はいないから。もちろん、それなりの『お礼』は必要になるけど」


「裏社会の顔役…か」達也はその響きに少し身構える。あまり関わり合いたくない相手だが、背に腹は代えられないかもしれない。


「いっそ、こっちから出向いて、謝るとか…何か手土産でも渡して、穏便に済ませてもらうとかは…無理か?」達也が恐る恐る尋ねると、リリアは「うーん、あの手のタイプはねぇ、下手に下手に出ると逆につけあがって、もっと無茶な要求をしてくる可能性もあるからなぁ。それに、何を『手土産』にすれば満足するかも分からないし。あなたのその可愛い体とか言われたらどうする?」と、また不謹慎な冗談を飛ばし、達也に睨まれた。


三人は、それぞれの案のメリットとデメリット、そして現実的な可能性について、真剣に議論を重ねた。達也の元の世界の常識では考えられないような、異世界の裏社会のルールや力関係。マリアの傭兵としての経験からくる現実的な視点。そして、リリアの吸血鬼(あるいは、それ以上の何か)としての、常識にとらわれないトリッキーな発想。それらがぶつかり合い、混ざり合い、少しずつ進むべき道筋が見えてくる。


長い議論の末、マリアが提案をまとめた。

「…よし。まずは、パックル商会の三男坊と、その周囲の情報を徹底的に集めることから始めよう。相手がどんな手を使ってくる可能性があるのか、どんな弱みがあるのか。それを知らずに動くのは危険すぎる」

「情報収集は、私とリリアで分担して行う。タツヤは、できるだけ目立たないように、キャンピングカーの中で待機していてくれ」

「そして、集めた情報次第では、リリアの言う『顔役』への相談も本格的に検討する。ただし、それは最後の手段としてだ」

「それまでの間、キッチンカーの営業は、一時的に見合わせるか、あるいは、やるとしても場所を頻繁に変え、極めて短時間で、目立たないように行う**必要があるだろう」


それは、非常に慎重で、現実的な結論だった。達也も、自分の不用意な行動が招いた事態の深刻さを改めて認識し、二人の提案に静かに頷いた。

「…分かった。俺のせいで、また面倒なことになって、本当にごめん…」


「謝る必要はないさ」マリアは達也の肩を叩いた。「問題が起きたなら、解決すればいいだけだ。三人で力を合わせれば、きっと乗り越えられる」

「そうだよータツヤちゃん! まだ始まったばっかりなんだから、ここでへこたれてちゃダメだよ! それに、こういうスリリングな展開、私、結構好きだしね!」リリアもいつもの調子で笑う。


その言葉に、達也は少しだけ救われたような気がした。キッチンカー計画は一時的に暗礁に乗り上げたかもしれないが、まだ終わったわけではない。そして何より、自分には頼りになる仲間がいる。


(俺も、もっとしっかりしないとな…)

達也は、自分の責任を改めて感じ、この困難な状況に立ち向かう決意を、静かに固めるのだった。

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「いや…俺には家族はいない。物心ついた時から、ずっと一人だ。だから、こっちに来ても、誰かが俺を探して悲しんでるってことも…多分ないと思う」 と記載がありますが、リリアが初めてキャンピングカーに乗り込…
いつも楽しく読まして貰ってます。(´・ω・`) タツヤちゃんとリリアちゃんの会話が好きです。
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