流石にバレる
「笑い事じゃないだろ! 本気でヤバいって!」達也は青ざめた顔で叫んだ。「ど、どうしよう…明日、もし同じ場所で商売なんてしたら、絶対に仕返しに来るぞ…!」
「ふむ…確かに厄介な相手ではあるな」マリアも腕を組む。「だが、タツヤ。思い出せ。あの場所は、衛兵隊のおそらく隊長殿も見ていた場所だ。彼はこちらにかなり好意的だったし、『何か困ったことがあれば相談に来い』とも言ってくれていたじゃないか」
「あ…そうだった!」達也は衛兵長の言葉を思い出した。「じゃあ、もしあのパックルとかいう奴がまた何かしてきたら、衛兵長に言えば…」
「そう簡単ではないかもしれないがな」マリアは慎重に言葉を選ぶ。「衛兵隊が個人の商売トラブルにどこまで介入してくれるかは未知数だ。特に相手がパックル商会となれば、表立っては動きにくいかもしれん。だが、少なくとも、我々が一方的に被害を受けるような状況を、隊長殿が黙って見過ごすとも思えん。あの場所は、ある意味『衛兵長のお墨付き』を得たようなものだとも考えられる」
「へえー、じゃあ、あのデブが何かしてきたら、衛兵のおっちゃんにチクればいいってことね! 簡単じゃん!」リリアはあっけらかんと言う。
「そういう単純な話でもないだろうが…」マリアはリリアを諌める。「しかし、タツヤの言う通り、すぐに場所を変える必要はないかもしれない。むしろ、下手に場所を変えて、衛兵長の目の届かないところでパックルに目をつけられる方が危険かもしれん」
「じゃあ…どうするんだ?」達也は不安げに尋ねる。
「まずは情報収集だな」マリアが答えた。「パックル商会の三男坊が、どれくらい執念深いか、どんな手を使ってくるか。そして、衛兵隊長がどれくらい我々の味方になってくれそうか。それを見極める必要がある。それと同時に、我々自身も自衛の手段を考えておくべきだ。リリアの言う『顔役』に話を通しておくのも、一つの手かもしれん」
「そうだね!」リリアも頷く。「私の知り合いの『顔役』なら、ああいうボンボンのちょっかいぐらい、上手いこと処理してくれるかもしれないし!」
達也は、二人の頼もしい言葉に、少しだけ不安が和らぐのを感じた。確かに、衛兵長という「保険」があるかもしれないし、リリアやマリアもいる。
「…分かった。じゃあ、明日は…とりあえず、同じ場所でやってみるか? でも、いつも以上に警戒して…」
「ああ、それがいいだろう」マリアも同意した。
「…分かった。じゃあ、明日はまず、リリアの言う『顔役』とやらに会ってみるか? それと並行して、衛兵長にもそれとなく相談してみるのも…」
達也が今後の行動について考えを巡らせていると、ふと、キッチンカーで出すメニューのアイデアが浮かんだ。
「そうだ! 俺のいた異世界…いや、故郷では、もっと手軽で美味い屋台料理がたくさんあったんだ! 例えば、あの細長いパンに焼いた肉と野菜を挟んだやつとか…この異世界の食材でも再現できるかもしれないぞ!」
達也は、自分の知識を披露できることに少し興奮し、つい口が滑らかになる。
「あと、あの『通販』を使えば、俺の故郷の特別な調味料とかも手に入るから、それを使えば、この異世界の人たちが今まで食べたことのないような、新しい味を提供できるはずだ! そうすれば、パックル商会なんて目じゃないくらい…」
そこまで言いかけた時、達也はマリアが自分をじっと、射るような真剣な目で見つめていることに気づいた。リリアも、いつもの悪戯っぽい表情を消し、何かを探るように達也を見ている。
「……タツヤ」
マリアが、静かだが重い口調で切り出した。
「少し、聞いてもいいか?」
「え…? あ、ああ…なんだ?」達也は、二人のただならぬ雰囲気に、何かまずいことを言ったかもしれない、と内心で焦り始める。
「君は、昨日から自分の故郷の話をする時や、あるいはこのリベルやアザリアのことを指す時に、奇妙な言葉遣いをするな」マリアは、達也の目を真っ直ぐに見据えて言った。「**『異世界』**という言葉を、君は何度も、それも非常に自然に使っているように聞こえる。それは一体、どういう意味なんだ?」
「い、異世界…?」達也はギクリとした。(しまった! 無意識のうちに、そんな言葉を…!)
マリアは構わず続ける。「君の言う『故郷』とは、本当にただ遠くにある、我々が知らないだけの国や地域のことを指しているのか? それとも…その言葉の通り、君は、本当に、我々とは全く違う**『世界』**から来たとでも、そう言いたいのか?」
その問いは、あまりにも直接的で、核心を突いていた。達也の顔からサッと血の気が引き、冷や汗が背中を伝うのが分かった。目を泳がせ、言葉に詰まる。どう言い訳すればいい? 記憶喪失のフリはもう通用しないかもしれない。
リリアも、黙って達也の反応を見つめている。その赤い瞳は、いつになく真剣な色をしていた。彼女も薄々、達也の正体について何かを感じ取っていたのだろう。
「……そ、それは…その…」
達也は必死に言葉を探すが、頭の中が真っ白になり、何も出てこない。マリアの鋭い視線が、まるで自分の心の奥底まで見透かそうとしているようで、たまらなく恐ろしかった。
「君は、本当に、我々とは違う**『世界』**から来たとでも、そう言いたいのか?」
マリアの鋭い、しかしどこか達也の真実を求めるような眼差し。そして、隣で固唾を飲んでこちらを見つめるリリアの赤い瞳。もう、誤魔化しは効かない。そして、もしかしたら、この二人になら…信じてもらえるかもしれない。いや、信じてほしい。
達也は一度、ぎゅっと目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開けると、観念したように、そしてどこか吹っ切れたような表情で、話し始めた。
「……分かったよ。もう、隠さない。全部、話す」
マリアとリリアが、息をのんで達也の言葉を待つ。
「俺は……リリアが言う通り、この世界の人間じゃないのかもしれない。みんなとは違う、遠い、遠い……別の『世界』から、どういうわけか、ここに飛ばされてきちまったんだ」
「別の…世界…!?」マリアが驚きの声を上げる。リリアの赤い瞳も、驚愕に見開かれている。
そして、達也は、震える声で、最大の、そして最も信じられないであろう秘密を打ち明けた。
「それだけじゃないんだ…。俺は……その……ここに来る前は……男だったんだ」
「「…………は?」」
マリアとリリアの口から、同時に間の抜けた声が漏れた。
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ!」達也は必死に訴える。「ついこの間まで、俺は普通の日本の…いや、俺の故郷の、二十八歳の男だった! それが、気づいたらこのリベルの近くの草原で、こんな……こんな、女の体に、いきなりなっちまってたんだ! 何がなんだか、全然分からなくて…!」
自分の身に起きた、あまりにも荒唐無稽な出来事――異世界転移、そしてTS転生――を、達也は途切れ途切れに、しかし必死に、正直に語った。
達也の告白を聞き終えた瞬間、リリアの赤い瞳が、これ以上ないというほどに、**カッ!!!**と輝きを増した!
「ええええええーーーーっ!? 別の世界から!? しかも、元男の子だったの!? うっそー! マジで!? 何それ、超サイコーじゃない!!」
リリアは興奮のあまり、達也に飛びつかんばかりの勢いで詰め寄ってきた!
「へえー! だからタツヤちゃん、あんなに初心で可愛い反応してたんだー!納得納得! 面白い! 面白すぎるよ、タツヤちゃん!」
彼女はキャッキャとはしゃぎながら、達也の肩を掴んで揺さぶったり、頬をむにむにと揉みしだいたり、あろうことか胸のあたりをツンツンと突いてきたりと、やりたい放題のセクハラ祭りを始めた!
「じゃあさ、今のその可愛い体は、元は男の子の魂が入ってるってこと? えー、じゃあ、どこまで女の子の感覚なの? お風呂とかトイレとかどうしてるの? ねえねえ、夜とかさー、なんかこう、ムラムラしたり…」
「や、やめろー! バカ! 触るな! 変なこと聞くなー!!」
達也は顔を真っ赤にして、リリアの暴走を必死に止めようとするが、興奮状態のリリアは全く聞く耳を持たない。
一方、マリアは、リリアのはしゃぎっぷりとは対照的に、静かに達也の話を聞いていた。そして、全てを聞き終えると、大きな、それはもう本当に大きな、深いため息をついた。
「……そうか。異世界から……そして、性別まで変わってしまった、と……」
彼女は達也の顔を改めてじっと見つめ、その瞳には、深い、深い同情の色が浮かんでいた。
「…タツヤ。君は……そんな、途方もないことを、たった一人で……ずっと胸に溜め込んで、誰にも言えずに、この異世界で苦しんでいたんだな……。それは…どれほど心細く、恐ろしかったことだろうか。よく……今まで、本当に、よく頑張ったな」
その声は、偽りのない労いと、母親のような優しさに満ち溢れていた。
マリアの温かい言葉。初めて自分の秘密を全て打ち明けられたという安堵感。そして、これまでの孤独や恐怖、不安が一気にこみ上げてきて、達也の目から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「う……うぅ……だ、だって……誰にも、言えなかったんだ……! 信じてもらえるわけないって、思って……一人で、怖くて……どうすればいいか、わからなくて……!」
一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。達也は子供のように声を上げて泣きじゃくった。リリアのセクハラも、もはや気にならない。
マリアの温かい言葉と、優しく背中をさする手に、達也は堰を切ったように泣きじゃくった。異世界に来てからの不安、恐怖、孤独、そして自分の体に起きた不可解な変化…。これまで誰にも言えずに一人で抱え込んできたものが、涙と共に溢れ出して止まらなかった。リリアも、いつものからかうような態度はどこへやら、心配そうに達也の顔を覗き込んでいる。
しばらくして、ようやくしゃくり上げるのが少し収まり、達也が鼻をぐすぐす言わせながら顔を上げると、マリアが少し複雑な、そしてどこか困ったような表情で口を開いた。
「……タツヤ。気持ちは痛いほど分かる。君がどれほど辛い思いをしてきたか、想像もできないほどだ。だが…いつまでも泣いているわけにもいかないだろう」
そこまで言って、マリアは少しだけ言い淀んだ後、言葉を続けた。
「それに……その、君は元は『男』だったのだろう? 少し…その、泣きすぎというか、取り乱し方が…いや、性別など関係ないのかもしれんが、もっとこう、気丈に振る舞えないものか? これから先、もっと大変なことがあるかもしれないんだぞ」
その言葉は、厳しさというよりは、どう接していいか分からないというマリアの戸惑いと、そして彼女なりの不器用な激励のようにも聞こえた。
「う、うるさいな!」達也はまだ涙声のまま、マリアの言葉に少しムッとして言い返した。「だ、誰だってこんな訳の分からない状況に放り込まれたら、泣きたくもなるだろ! 男とか女とか関係ない!」
「まあまあ、マリアさん、そんな固いこと言わないの!」
すると、それまで心配そうに黙っていたリリアが、いつもの調子を取り戻したかのように、ニヤニヤと達也ににじり寄ってきた。
「ねーえ、タツヤちゃん、もう落ち着いた? それでさー、やっぱり聞きたいんだけど、元男の子だったってことは、やっぱり胸とかお尻とか、そういうのが急に自分の体にできて、めちゃくちゃびっくりした感じ? どんな気分だったの? ねーねー、ちょっとくらい触らせてみてくれてもいいんじゃない? 本物の女の子(にTS転生した元男の子)の体って、どんな感触なのかなーって、すっごく興味あるんだよねー!」
リリアは全く懲りずに、目をキラキラさせながら、達也の体に手を伸ばそうとしてくる!
「い、いい加減にしろ、このド変態吸血鬼がーーーっ!!」
さっきまでの涙はどこへやら、達也の怒りが再び沸点に達した!
「さっきからなんなんだお前は! 人の気も知らないで、ベタベタ触ろうとするな! あっち行ってろ! このエロガキーーッ!」
達也は本気でリリアを突き飛ばそうとするが、リリアは「えー、ケチー。ちょっとくらい減るもんじゃないでしょー?」とひらりとかわしたり、逆に面白がって抱きついてきたりする。
「「きゃー!」「やめろー!」「うふふふ!」」
狭いキャンピングカーの中で、達也とリリアの(一方的な?)追いかけっこが始まってしまった。
「…………はぁ…………」
そのあまりにも騒がしい(そしてある意味平和な?)光景を目の当たりにして、マリアは本日何度目か分からない、深すぎるため息をつき、こめかみを指で押さえた。
(…こいつら、本当に大丈夫なのか…? 私の心配は杞憂だったのかもしれん……別の意味で)
ひとしきり騒ぎが収まった(というか、達也がリリアを追い払うのに疲れ果てた)頃、ようやく三人はテーブルを挟んで向かい合う形になった。達也はまだ肩で息をしてリリアを睨んでいる。リリアは満足そうだ。
「…それで?」マリアが咳払いをして、仕切り直すように言った。「タツヤ、君の元の世界のことも、もう少し詳しく聞かせてもらえるか? それが、君の今の状態を理解する手がかりになるかもしれん」
こうして、達也の秘密を知ったマリアとリリアによる、本格的な(しかし、どこか騒がしい)質問タイムが、ようやく始まろうとしていた。




