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異世界で炊飯器は使わないほうがいい

「よし! まずは試作だ! 俺の故郷の味を、このリベルに再現してみせる!」

冒険者ギルドでの屈辱をバネに(?)、達也はキッチンカー計画の第一歩として、キャンピングカーのキッチンで腕を振るい始めた。マリアとリリアは、期待と好奇の入り混じった眼差しで、その様子を見守っている。


「まずは、甘くて子供から大人まで大好きな、ホットケーキからだ!」

達也は宣言し、市場で買ってきた異世界の小麦粉らしき白い粉、鶏の大きな卵(黄身が二つ入ってそうな勢いだ)、水牛の濃厚なミルクを取り出した。そして、アイテムボックスから元の世界の砂糖と、秘密の膨らしベーキングパウダーを少々。


ボウルの中で、達也はそれらの材料を手際よく混ぜ合わせていく。最初は異世界の小麦粉の扱いに少し戸惑ったが、すぐに元の世界の経験と勘で調整し、滑らかで美味しそうな生地を作り上げた。甘いバニラ(これも通販の隠し味だ)の香りが、車内にふわりと漂い始める。


「わー! なんかもう、この混ぜてるやつだけで美味しそう!」リリアが目をキラキラさせて生地を覗き込む。

「ふむ、確かに良い香りだ。菓子作りというのは、こうやって作るのか」マリアも感心したように見ている。


達也はテフロン加工のフライパンをカセットコンロで熱し、お玉で生地を丸く流し込んだ。プツプツと気泡が浮かんできて、香ばしい匂いが強くなる。頃合いを見てヘラでひっくり返すと、そこには見事なきつね色の焼き色がついた、ふっくらとしたホットケーキが現れた!


「おおーっ!」リリアとマリアから、思わず感嘆の声が上がる。

達也は次々とホットケーキを焼き上げ、あっという間に美しい黄金色のタワーが完成した。仕上げに、通販で買ったメープルシロップをたっぷりとかけ、市場で見つけた蜂蜜に似た甘い樹液、そして彩りに珍しい赤いベリー(ジャム代わりに潰したもの)を添える。


「さあ、できたぞ! 特製ホットケーキだ!」


三人は、ほかほかの湯気を立てるホットケーキを前に、ゴクリと喉を鳴らした。

フォークを入れると、その柔らかさに驚く。一口食べると…

「「「んんんーーーーーっっっ!!!!!」」」

三人の口から、同時に至福のため息が漏れた!


ふわっふわで、しっとりとした生地。優しい卵とミルクの風味。そして、口の中に広がる上品な甘さ。メープルシロップの芳醇な香りとコク、異世界の樹液の少し野性的な甘み、ベリーの爽やかな酸味が、完璧なハーモニーを奏でている!


「お、美味しいぃぃぃぃ!! なにこれ!? 雲みたいに軽くて、口の中でとろける! この甘い蜜も、赤い実も、全部最高!」リリアは恍惚とした表情で、あっという間に一枚目を平らげ、二枚目に手を伸ばしている。

「む……これは…驚いたな」普段はあまり感情を表に出さないマリアも、目を細めてその味を堪能していた。「こんなにも繊細で、優しい味わいの菓子は、生まれて初めて食べたかもしれん。これなら、いくらでも食べられそうだ…」


達也も、異世界の材料でも完璧に再現できた(いや、それ以上のものができたかもしれない)ホットケーキの味に、大満足だった。(よし! これなら絶対に売れる! キッチンカー計画、大成功間違いなしだ!)


ホットケーキの大成功で気を良くした達也は、続いて日本のソウルフードの試作に取り掛かった。

「よし! 甘いものの次は、腹持ちの良い主食だ! 日本人の心、おにぎりを作るぞ!」


「おにぎり?」マリアとリリアは初めて聞く名前に首を傾げる。


「まあ見てろって。米を使った、美味しくて手軽な料理だ」

達也は市場で買ってきた、少し細長い異世界の白米を取り出した。

(米を鍋で炊くのは時間がかかるし、火加減も難しいんだよな…。ここは文明の利器に頼るか!)

「ま、炊飯器でいいよな、こういうのは」


ピカピカの炊飯器を取り出す。マリアとリリアは、「また何か変な箱が出てきたぞ…」「今度は何をする気だ…?」と、不思議そうに見守っている。

達也は米を研ぎ(なんかねちゃねちゃする)、炊飯器の内釜に入れ、適当に水加減をして、炊飯スイッチをオンにした。ピーッという電子音が鳴り、炊飯が始まる。


「あとは待つだけだ。簡単だろ?」達也は得意げに言った。


しばらくして、再びピーッという電子音が鳴り、炊飯完了を告げた。

「よし、炊きあがったな! どんなもんだか…」

達也は期待に胸を膨らませ、炊飯器の蓋を、**パカッ!**と開けた。


そして、三人は見た。


そこに広がっていたのは、ふっくらと炊きあがった真っ白なご飯―――ではなく。


何か、黒っぽく変色し、ところどころネチャネチャと光り、そして形容しがたい異臭を放つ、謎の物体Xだった。


「「「……………………な、なんだこれーーーーーっっっ!!??」」」


三人の絶叫が、キャンピングカーの中に響き渡った!


「う、嘘だろ!? なんで!? 水加減間違えたか!? それとも、この世界の米は、炊飯器と相性が悪いとか!? いや、でも、見た目はアレだけど、味は…味はきっと大丈夫なはずだ! きっと、異世界の米ってのは、炊くとこうなるもんなんだよ! 多分!」

達也は完全にパニックになりながら、必死に自分に言い聞かせ、その黒い物体をなんとかしゃもじで取り出し、ラップの上に乗せた。


「おにぎりは形が大事だからな!」と、無理やりその黒い物体を手で握りしめ、おにぎりっぽい三角形に整えていく。表面はネチャネチャ、中はパサパサ(?)という、最悪の感触だ。仕上げに塩を振り、市場で買った魚の塩漬けを中に詰めてみたりもした。


「で、できたぞ…! 特製、異世界おにぎりだ…! さあ、食べてくれ!」

達也は顔を引きつらせながら、その黒い三角形の物体を二人に差し出した。


リリアとマリアは、明らかに顔色を変え、後ずさりしている。

「え、えっと…タツヤちゃん…これ、本当に食べ物…なの…?」リリアが震える声で尋ねる。

「むう…見た目も香りも、かなり…独創的だな…」マリアも言葉を濁す。


「だ、大丈夫だって! 見た目で判断するな! きっと美味いって! 俺が保証する!」

(大嘘だ! 絶対にまずい! でも、ここで引くわけにはいかない!)

達也はヤケクソで、まず自分でその黒いおにぎりを一口、ガブリと齧った。


「………………………………っ!!!!!!!!!!!!!」


次の瞬間、達也の思考は完全に停止した。

言葉では表現できない、宇宙的なまずさ。薬品のような強烈な苦味、焦げたゴムのような悪臭、そして口の中に広がるジャリジャリとした謎の食感! これは食べ物ではない! 猛毒だ!


しかし、リリアとマリアの手前、まずいとは言えない。達也は白目を剥きそうになりながら、必死にそれを飲み込もうとするが、体が全力で拒絶する!

「お、おおお……お、美味しいぞ……? ちょっと……個性的、っていうか…うん、すごく……滋養が、ありそうだ……(白目)」


その達也のあまりの形相に、リリアが「へ、へえー? どんな味なのかなー?」と、恐る恐る黒いおにぎりをひとかじり。

「……………………っ!?!?!? (カクンッ!)」

リリアは一瞬で表情を失い、美しい赤い瞳が虚空を見つめたまま、まるで糸の切れた人形のように、バタリと白目を剥いて気絶した!


「リ、リリア!?」

マリアが慌ててリリアに駆け寄ろうとしたが、達也が「ま、マリアも一口…」と、残りの黒いおにぎりを差し出す。

マリアは(タツヤの顔色と、リリアの様子から、これは絶対にヤバいものだ)と察したが、断りきれず、意を決してほんの少しだけ、それを口にした。

「む……っ!!!!!!」

マリアは眉間に宇宙の真理でも見たかのような深い皺を刻み、一言も発することなく、静かに、そして綺麗に、その場に崩れ落ちて気絶した!


「マ、マリアまでーーーーっ!?」

達也も、その味のあまりの衝撃(と、二人を巻き込んでしまった罪悪感と、そしてもはや笑うしかない状況に、ついに限界を迎え、

「……もう……ダメだぁ……」

と呟き、リリアとマリアの隣に、仲良くバッタリと倒れ込み、意識を手放した。


午後の日差しが照らす、リベルの街外れの静かな広場。そこには、得体の知れない黒いおにぎり(?)の残骸と、キャンピングカーの中で仲良く(?)気絶している、金髪の少女と、銀髪の吸血鬼と、屈強な女傭兵の姿だけが、シュールな光景として残されていた……。

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