異世界の食材
「覚えてろよーーーっ!!」
冒険者ギルドを半泣きで飛び出した達也は、リベルの街の適当な路地裏に逃げ込み、壁に背中を預けてずるずると座り込んだ。膝を抱え、俯いたまま動かない。
(俺なんて…やっぱりダメなんだ…レベル1で、スキルもなくて、成長の余地もなしって…冒険者なんて、夢のまた夢だったんだ…)
自信は見事に打ち砕かれ、代わりに深い自己嫌悪と無力感が胸の中に広がっていく。じわりと涙が滲んできた。
「…タツヤ」
心配そうに後を追ってきたマリアが、達也の隣にそっと腰を下ろした。
「元気を出せ、とは簡単には言えないが…ギルドの連中がああ言ったからといって、君の価値がそれで全て決まるわけじゃない。君には、君にしかできないことがきっとあるはずだ」
マリアはぶっきらぼうだが、その声には確かな優しさが込められていた。
「もー、タツヤちゃん、いつまでもそんな所でイジイジしてないのー!」
リリアも、達也の反対側の隣にドカッと座り込み、わざと明るい声で達也の背中をバンバンと叩いた。
「レベル1だっていいじゃん! 私が今まで会った中で、いっちばん面白い『レベル1』だよ! それって、ある意味すごくない!? 伝説になれるかもよ? 『史上最弱の英雄(?)』みたいな!」
「な、なんだよそれ…全然嬉しくない…」達也は顔を上げたが、その目にはまだ涙が浮かんでいる。
「でもさ」リリアは続ける。「冒険者だけが生きる道じゃないでしょ? あなたには、あの不思議な『家』(キャンピングカー)もあるし、私たちもいるんだから!」
二人の言葉に、達也は少しだけ顔を上げた。そうだ、ここで落ち込んでいても何も始まらない。俺にはまだ、アイテムボックスと通販スキル、そして何よりも、あの万能なキャンピングカーがあるじゃないか。
(そうだ…冒険者として名を上げられなくても、商人としてなら…! あのキャンピングカーを使えば、きっと何かできるはずだ!)
達也の瞳に、ほんの少しだけ、再び光が戻り始めた。以前リリアと話していた「キッチンカー」のアイデアが、より鮮明な形で頭の中に浮かび上がってくる。
達也は涙をぐいと拭い、マリアとリリアに向き直って、決意を込めて言った。
「なあ、二人とも! 俺、やっぱり諦めない! 冒険者はダメだったけど、商人としてなら、何かできるかもしれない! あの、俺の『家』…キャンピングカーを使ってさ、移動式の屋台…キッチンカーもどきを、このリベルでやってみようと思うんだ!」
「キッチンカー…?」マリアは初めて聞く言葉に首を傾げる。
「おー! やるの!? やるんだね、タツヤちゃん!」リリアは目を輝かせた。
達也は頷き、具体的な計画を話し始めた。
「場所は…いきなり街の中心部や大きな市場は無理だろうから、まずは人通りがそれなりにあって、でもあまり衛兵の目が厳しくないような、街の片隅の広場とか、大きな通りの一本裏とかで、小さく始めてみようと思う」
「売るのは、俺の故郷の料理…いや、この世界の食材を使って、俺の知ってる調理法で作る、『新しい異世界料理』だ! 例えば、アザリアの女将さんにも好評だったホットケーキとか、昨日食べたカツ丼とか…もっと手軽なものなら、おにぎりや焼きそば、あるいはあのインスタントコーヒーを出す『移動カフェ』みたいなのも面白いかもしれない!」
達也の言葉に、リリアは「おにぎり! やきそば! コーヒー!」と目を輝かせている。
「調理は基本的に俺がやる。リリアには、お客さんの呼び込みとか、この世界の食材の知識で色々助けてほしい。あと、味見係も重要だぞ!」
「任せて! 味見なら得意中の得意だから!」
「そしてマリアには…やっぱり、用心棒をお願いしたい。俺たちの店に変な客が来ないように見張ってもらったり、力仕事が必要な時に手伝ってもらったり…」
「ふむ、それなら私にもできるだろう。それに、君の料理は確かに美味いからな。客寄せにもなるかもしれん」マリアは少しだけ口元を緩めた。
「目標は、まずは少しずつでもいいからお金を稼いで、このリベルで安定して生活していくための基盤を作ることだ! そして、いつかはこの街で一番の料理屋になってやる!」
達也は拳を握りしめ、高らかに宣言した。先ほどまでの落ち込みはどこへやら、その瞳は新たな目標への希望で輝いている。
マリアは、そんな達也の姿を見て、穏やかに微笑んだ。「いいじゃないか、その意気だ、タツヤ。私も全力で協力しよう」
リリアも、「面白くなってきたじゃない! 私たちのキッチンカーで、リベル中の人を虜にしちゃおうよ!」と、完全に乗り気だ。
冒険者ギルドでの手痛い失敗。しかし、それは達也にとって、新たな道を見つけるための、そして大切な仲間たちとの絆を再確認するための、重要な一歩だったのかもしれない。
三人の心は一つになり、異世界初のキッチンカー計画が、今、自由都市リベルの片隅で、大きな期待と共に産声を上げたのだった。
「よし! まずは、どんな料理を出すか、具体的に決めよう!」
宿の部屋に戻った三人は、小さなテーブルを囲んで作戦会議を再開した。
達也の頭の中には、元の世界の様々な料理が浮かんでいたが、この異世界で手に入る食材で作れるもの、そして何よりリベルの人々に受け入れられそうなものを考えなければならない。
「やっぱり、最初はホットケーキかな。甘いものは人気があるだろうし、材料も比較的簡単に手に入りそうだ。それから、おにぎり。これは米があれば作れるし、持ち運びもできる。あとは…簡単なスープとか、焼きそばみたいな炒め物もいいかもしれないな」
「コーヒーも出すんでしょ? タツヤちゃんの故郷のやつ!」リリアが目を輝かせる。
「ああ、それもだな。あとは…」
メニューの候補をいくつか挙げ、次に必要な食材と調理器具をリストアップしていく。フライパンは衛兵長に売ってしまったので(達也は内心少し後悔していた)、通販で新しいものをいくつか購入。鍋や包丁、まな板、ボウルといった基本的な調理器具も、この際だからと一通り揃えた。
そして、いよいよ食材の調達だ。
「よし、まずは市場…いや、地元の人が行くような、もっと食品を専門に扱ってる販売所みたいなところに行ってみよう。珍しい食材とか、安いものが見つかるかもしれない」
達也の提案に、リリアもマリアも頷いた。
三人は再びリベルの街へと繰り出した。リリアの案内で向かったのは、中央市場の喧騒から少し離れた、しかし地元の人々で賑わう一角だった。そこには、様々な個人商店が軒を連ね、まるで元の世界の商店街のような雰囲気があった。
「うわぁ……!」
達也はその光景に思わず声を上げた。店の前には、色とりどりの、見たこともないような野菜や果物が山と積まれている。紫色の大きなカブのような野菜、トゲトゲした緑色の瓜、まるで宝石のようにキラキラと光る小さな赤い果実、そして薄暗い店先では、ほのかに光を放つキノコの束が売られていた。
「すごいでしょ? これは『夜光ダケ』っていって、スープに入れるとほんのり甘くて光るんだよ!こっちの紫のは『岩イモ』。煮崩れしにくいから煮込みに最高だよ!」リリアが得意げに説明してくれる。
肉屋の店先には、大きな獣の脚が丸ごと吊るされ、燻製の良い香りが漂っている。隣の魚屋では、銀色に輝く大きな川魚や、巨大なハサミを持つ沼ガニ、見たこともないようなカラフルな貝殻が並べられていた。マリアが「あの赤黒い肉は『鉄猪』の肉だ。硬いが滋味深い。こっちの白い魚は『月光マス』。塩焼きにすると絶品だぞ」と、傭兵らしい知識を披露してくれる。
穀物屋には、様々な種類の豆や麦、そして米に似た細長い粒の穀物が麻袋に入れられて山積みになっている。香辛料の店では、色とりどりの粉末や乾燥したハーブ、木の皮のようなものが並び、エキゾチックで複雑な香りが達也の鼻をくすぐった。
「これが…異世界の食材…!」
達也は、見たこともない食材の数々に目を輝かせ、興奮を隠せない。スマホの翻訳機能で名前を確認したり、リリアやマリアに食べ方や味を尋ねたりしながら、まるで宝探しでもするように店先を巡った。
「とりあえず、ホットケーキとおにぎりに使えそうなものを買おう」
達也は、リリアとマリアのアドバイスを受けながら、まずは基本的な食材を選び始めた。小麦粉らしき白い粉、鶏の卵(少し大きくて殻の色がまだらだ)、水牛の乳だという濃厚なミルク、リベル近郊で採れるという粘り気のある白米。それから、おにぎりの具になりそうな塩漬けの魚や、野菜のピクルス。玉ねぎや人参、キャベツといった、元の世界でもお馴染みの野菜も(少し形は違うが)売っていたので購入した。
リリアは「これも美味しいよ!」「あれも試してみたら?」と次から次へと珍しい食材を指さし、マリアは「それは毒があるからやめておけ」「こっちの店の方が安い」と冷静に助言してくれる。三人での食材選びは、まるで遠足の買い出しのようで、達也は久しぶりに純粋な楽しさを感じていた。
予算(金貨から両替した銀貨と銅貨)と相談しながら、必要な食材を一通り買い込むと、アイテムボックスはずっしりと重くなった。
「さて、これだけあれば色々試せるな!」
満足げな達也に、リリアが尋ねる。「で、どこで調理するの? さすがに宿の部屋じゃ無理でしょ?」
「ああ。人目につかなくて、少し開けた場所がいいな…」
達也は少し考え、以前キャンピングカーを出したことのある、街の外れに近い、今は使われていない古い荷馬車の発着所跡の広場を思い出した。そこなら、多少煙が出ても怪しまれないだろう。
買い込んだ食材を抱え(実際には達也のアイテムボックスの中だが)、その広場へと向かった。幸い、昼過ぎの時間帯で、広場には誰の姿も見当たらない。
「よし、ここでなら大丈夫そうだ」
達也は周囲に人がいないことを念入りに確認すると、アイテムボックスからキャンピングカーを出現させた。音もなく、白い車体が午後の日差しの中に姿を現す。
マリアは何度見てもこの光景に軽く目を見張り、リリアは「わーい! タツヤちゃんの秘密基地だー! さあ、お料理教室の始まりだね!」と、既にキャンピングカーのドアに手をかけていた。




