調子に乗りました
「もう……本当に……酒なんて……二度と……飲むもんか……うぅ……」
ベッドの上で、達也は昨夜の自分の愚行を呪いながら、強烈な頭痛と吐き気に悶絶していた。枕に顔をうずめ、呻き声を上げるしかできない。視界は歪み、天井がぐるぐると回っているようだ。
「…だから言わんこっちゃない」呆れ返ったマリアの声が、頭上から降ってくる。
「いやー、タツヤちゃんの豪快な飲みっぷり、そして見事な酔いっぷり! 感動したよ! おかげで昨夜は一睡もできなかったけどねー!」リリアの楽しそうな、しかしどこか棘のある声も続く。
二人の声が、ズキズキと痛む頭にさらに響く。もう限界だった。
(こ、こうなったら…!)
達也は最後の力を振り絞り、震える手で異世界通販サイトを開いた。検索窓に打ち込むのは「二日酔い 対策」「肝臓 回復」「速効性」!
すると、元の世界ではお馴染みの、様々な二日酔い対策ドリンクやサプリメントの画像がずらりと表示された。ウコンの力、ヘパリーゼ、そして…シジミのエキスを凝縮した錠剤!
(これだっ!)
達也は藁にもすがる思いで、そのシジミエキス錠と、即効性のありそうな栄養ドリンク、経口補水液などを、値段も見ずに片っ端から購入ボタンを押した。
アイテムボックスから取り出した錠剤を水で流し込み、栄養ドリンクを一気に飲み干す。しばらくすると、不思議なことに、あれほど酷かった頭痛と吐き気が、スーッと引いていくのが分かった。
「お……おお……!? 効いてる…! めちゃくちゃ効いてるぞコレ!」
達也はベッドからガバッと起き上がった。まだ少し頭は重いが、さっきまでの地獄のような苦しみは嘘のようだ。
「さすが俺の故郷の科学力! シジミ最高!」
完全に元気を取り戻し(そして昨夜の反省はどこへやら)、達也はケロッとした顔で伸びをした。
マリアとリリアは、そのあまりの回復ぶりに呆気に取られている。
体調が回復すると、達也はすぐに次の行動を考え始めた。
(よし、今日はどうするかなー? まずは金策だけど、ライター売るのも少し飽きたしな…。何かこう、もっと効率よく稼げて、情報も集められて、あわよくば俺TUEEEできるような…)
そこで、達也の頭に、アザリアの衛兵詰所での出来事が閃光のように蘇った。
(そうだ! 照会の水晶! あれ、俺のこと**『スキルなし、レベル1、成長の余地なし』**って判定したよな!? ってことはだよ? 俺のアイテムボックスとか通販スキルとか、この世界の基準じゃ感知されない、あるいは『スキル』として認識されないってことじゃないか!?)
だとしたら…?
(冒険者ギルドの『照会の水晶』だって、同じように俺の本当の力は見抜けないんじゃないか? もしそうなら、俺、普通に冒険者として登録できちゃうんじゃね!?)
シジミエキスと栄養ドリンクの力(そして異世界通販の謎パワー)によって、あれほど達也を苦しめていた二日酔いの症状は、驚くほどスッキリと解消されていた。頭痛も吐き気も消え、むしろ昨日までよりも体調が良い気さえする。
「ふっかーつ! やっぱり俺の故郷の薬は最高だぜ!」
完全に元気を取り戻した達也は、昨夜の醜態など綺麗さっぱり忘れたかのように、意気揚々と冒険者ギルドへ向かう準備を始めた。
マリアは「タツヤ…本当に大丈夫なのか? 昨日あれだけ酷い状態だったのに、急に元気になりすぎじゃないか…? 何か変な薬でも飲んだんじゃ…」と未だに心配そうだが、リリアは「おー! タツヤちゃん、完全復活だね! 」と、いつも通り楽しそうに囃し立てている。
そして、いよいよ宿の部屋を出ようという時、達也はマリアとリリアの前に仁王立ちになり、ビシッと二人を指さして、尊大な態度で宣言した。
「いいか! 二人とも! 俺はこれから冒険者ギルドに行って、自分の本当の力(照会の水晶には映らない力!)を証明し、このリベルの街にその名を轟かせてくる!」
その顔は、根拠のない自信に満ち溢れている。
「もちろん、二人にはこれまで色々とお世話になったし、心から感謝している! 雨の中助けてくれたり、宿代を肩代わりしてくれたり(結局自分で払ったが)、美味しいご飯を作ってくれたり(これも自分だが)、一緒に寝てくれたり(主にリリアだが)…まあ、細かいことは色々あったが、感謝しているのは事実だ!」
マリアとリリアは、達也の突然の演説に、きょとんとしている。
「だからこそ! これからスターダムにのし上がるであろう俺様から、あらかじめ、よーく言っておく!」
達也は胸を張り、さらに声を大きくした。
「もし! 俺がこの冒険者ギルドで、実はとんでもない才能の持ち主だってことが判明して、一躍有名になったり、莫大な富を築いたり、英雄なんて呼ばれちゃったりしてもだな! 絶対に! 俺に対して媚びたり、馴れ馴れしく『昔からの知り合いだ』なんて吹聴したり、ましてや『タツヤ様~』なんて呼んだりするなよな! 俺はもう、ただの非力で可愛いだけの少女じゃないんだからな! そこんとこ、よーく覚えとけ!」
そして、特にリリアの方を睨みつけて付け加えた。
「特にリリア! お前は俺が有名になった途端に、『タツヤちゃんは私の可愛い妹分だから~、私が育てたようなものよ~』とか言って、そこら中で自慢して回りそうだからな! 絶対に! やめろよ! いいな!?」
完全に調子に乗っている。二日酔いが治った反動で、テンションが明後日の方向に振り切れてしまっているようだ。
マリアは、その達也のあまりの言いように、深すぎる、それはもう深海よりも深いのではないかというほどの溜息をつき、こめかみを指でグリグリと押さえた。
「……タツヤ。君は本当に…その、なんだ…立ち直りが早いというか、学習能力がないというか…いや、もう何も言うまい。好きにしてくれ。ただし、ギルドで騒ぎだけは起こさないでくれよ…?」
もはや、何を言っても無駄だと悟り、諦めの境地に達している。
一方のリリアは、目をキラキラと輝かせ、手をパチパチと叩いて大喜びだ。
「えーーー!? ダメなのー!? タツヤちゃんが有名になったら、私、専属マネージャー兼お姉ちゃんとして、毎日美味しいものおねだりして贅沢三昧しようと思ってたのにー! ケチー! しみったれー! でも、そういうビッグマウスなタツヤちゃんも、面白くて好きだよー♪」
達也の言葉を全く真に受けておらず、むしろさらにからかって楽しんでいる。
「わ、分かってないなー、二人とも! 後で後悔しても知らないからな!」
達也は、マリアとリリアにそう言い残し、意気揚々と宿の部屋を後にした。目指すは、自由都市リベルの冒険者ギルドだ。(やれやれ、といった表情のマリアと、面白くて仕方がないといった表情のリリアが、少し遅れてその後ろをついてくる)
冒険者ギルドは、商業ギルドよりもずっと荒々しく、そして活気に満ち溢れていた。建物の入口には、巨大な魔物の頭蓋骨(本物だろうか?)が飾られ、中からは屈強な男女の怒声や笑い声、剣や鎧のぶつかり合うような音、そして酒の匂いが漂ってくる。様々な武器を背負い、歴戦の風格を漂わせる冒険者たちが、ひっきりなしに出入りしていた。
(お、おお…なんか、すごいところだな…)
達也は一瞬その雰囲気に気圧されそうになったが、(いや、俺はここで名を上げるんだ!)と無理やり自分を奮い立たせ、受付カウンターへと進み出た。
カウンターの中には、いかにも「ギルドの姐御」といった風情の、顔に傷のある強面だがスタイルの良い女性が座っており、山積みの書類を片付けていた。達也がカウンターの前に立つと、彼女はチラリと視線を上げ、その幼い姿を見て少し眉をひそめた。
「…なんだい、坊や。迷子にしちゃあ、ちと物騒な場所だぜ?」
「ぼ、坊やじゃない! 俺は冒険者登録をしに来たんだ!」達也はできるだけ堂々と、声を張って言った。
すると、受付の女性は「はぁ?」と間の抜けた声を出し、それから達也の頭のてっぺんからつま先までをじろじろと眺め回し、そして…噴き出した。
「ぶっ! あはははは! あんたが? 冒険者? いやいや、悪いが冗談はよしてくれ。ここは託児所じゃないんだよ」
彼女は腹を抱えて笑っている。
「なっ…! 冗談じゃない! 俺は本気だ!」達也は顔を赤くして反論する。
「へえ、本気ねえ」受付の女性は涙を拭いながら、「まあいいや、決まりは決まりだからな。まずはそこの**『照会の水晶』**に手をかざしな。それでアンタの素質ってもんを見せてもらおうじゃないか」と、カウンターの隅に置かれた、衛兵詰所にあったものとよく似た水晶玉を顎でしゃくった。
(よし来た! これで俺の真の力が…いやいや、スキルなしレベル1と出て、逆にこいつらを驚愕させてやる!)
達也は、なぜかそんな謎の自信と共に、水晶にゆっくりと手を伸ばした。後ろからは、リリアの「タツヤちゃーん、本当に大丈夫ー? 後でメソメソ泣きながら帰ってきても、慰めてあげないからねー?」という楽しそうな声と、マリアの深いため息が聞こえてくるが、今の達也には届いていない。
達也が水晶に手をかざすと、水晶は淡い光を放ち、前回とほぼ同じ内容の文字が浮かび上がった。
【名:シバ・タツヤ】
【性別:男(魂魄基準)】
【年齢:34歳(魂魄基準)】
【職業:該当なし】
【基本能力:極低】
【特殊技能:保有せず】
【総合レベル:1(成長の余地なし)】
受付の女性は、その表示を真顔で読み上げ…そして、次の瞬間、先ほどよりもさらに大きな声で爆笑した!
「ぶーーーーっはっはっはっはっは!!! あーっひゃっひゃっひゃ! ダメだ、腹がよじれる! レ、レベル1!? しかもスキルなしで、おまけに成長の余地なしって! こりゃあ傑作中の傑作だよ! あんた、本当にそれで冒険者になるつもりだったのかい!? あはははは!」
彼女のあまりの大声に、ギルド内にいた他の冒険者たちも何事かと注目し、水晶の結果を見て、クスクスと笑い出す者、あからさまに馬鹿にしたような視線を向ける者、中には「おいおい、新人いじめはよせよ」と苦笑する者もいた。ギルド中が、達也への嘲笑と好奇の視線で満たされる。
「な、な、なんだとーーーっ!! 人を馬鹿にしやがって!!」
自分の予想通りの結果が出たはずなのに、ここまであからさまに馬鹿にされるとは思っていなかった達也は、顔を真っ赤にして、怒りに全身を震わせた。しかし、周りの冒険者たちの体格と比べると、自分はあまりにも非力で小さい。
受付の女性は、まだ涙を拭いながら、それでもなんとか笑いを収めて言った。
「ま、悪い悪い。あまりにも…その、見事な『才能』だったもんでね。で、残念だけど、お嬢ちゃん。うちのギルドはね、登録できるのは最低でもレベル5からって決まってるんだよ。ましてやレベル1でスキルなし、成長の余地もなしじゃあねぇ…。ゴブリン退治どころか、ギルドの掃除当番だって務まらないよ。冒険者ごっこは、森かどこかでやっておくれ」
彼女はそう言って、シッシッと、まるで子犬でも追い払うかのように手を振った。にべもない、完全な登録拒否だった。
後ろからは、マリアの「(額に手を当てて)…だから、言わんこっちゃない…」という深すぎるため息と、リリアの「あはははは! タツヤちゃん、サイコー! 今日のMVPはあなたで決まりね! 面白すぎ!」という、腹を抱えて床を転げまわらんばかりの大爆笑が聞こえてくる。
「お、覚えてろよーーーっ!!」
達也は、受付嬢と周囲の冒険者たちの嘲笑、そして何よりもリリアの心底楽しそうな大爆笑に耐えきれず、それだけを叫ぶと、真っ赤な顔で冒険者ギルドを飛び出していった。その背中は、哀れなほどに小さく、震えていた。




