エールの飲み方
「やったー! 金貨10枚! これでしばらくは宿代も食費も心配ないぞ! 俺って、もしかして商売の天才かも!」
達也は、先ほどまでのピンチなどすっかり忘れたかのように、有頂天になって大はしゃぎし始めた。リリアとマリアは、そんな達也のあまりの変わり身の早さに呆れつつも、まあ結果オーライか、という雰囲気に流されている。
「よし! こうなったら本当に祝杯だ! 今日は俺のおごりだぞ! この街で一番美味いものが食える店に案内しろ、リリア!」
達也は、数日前にひどい悪酔いをして迷惑をかけたことなど、完全に棚に上げて高らかに宣言した。
「おいおい、タツヤ、また飲む気か?」マリアが呆れたように眉をひそめる。「この前、あれだけ酷い二日酔いで苦しんだのを、もう忘れたのか? 少しは懲りたらどうだ」
「おー、タツヤちゃん、チャレンジャーだねー!」リリアは目をキラキラさせて面白がっている。「今度はどんな伝説を残してくれるのかなー? 楽しみー!」
「う、うるさいな! 今日はちゃんと加減するって! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ祝杯をあげるだけだ!」
達也は二人の(主にマリアの)制止を振り切り、意気揚々とリリアが知っているという、少しだけ値の張る、しかし料理が美味いと評判の酒場へと向かった。
案内された酒場は、以前のステーキ屋よりも少し落ち着いた雰囲気で、木の温もりを感じる内装だった。達也は一番良い席(?)に陣取ると、「さあ、今日は何でも好きなものを頼んでくれ!」と大盤振る舞い。マリアとリリアは遠慮なく料理と飲み物を注文する。
そして達也は、自分の前に置かれたエールのジョッキを手に取り、ニヤリと笑った。
「今日こそは、このエールを美味しく飲んでやる…!」
(前回は少女の体に慣れてなくて失敗しただけだ。今回はちゃんと味わって飲めば大丈夫なはず…!)
根拠のない自信と共に、彼はエールを一口、また一口と飲み始めた。確かに美味い。
美味しい料理とエールに舌鼓を打ち、上機嫌で談笑(主にリリアが達也をからかっているが)していると、ふと達也はフライパンの素材のことを思い出した。衛兵長には「フライパンを溶かして使ってくれ」なんて言ってしまったが、本当に素材単体では手に入らないのだろうか?
(あの時、俺、なんて検索したっけな…『アルミニウム 地金』とかだったか…? もしかして、検索の仕方が悪かっただけかも…)
達也は、マリアとリリアが料理に夢中になっている隙に、テーブルの下でこっそりと異世界通販サイトを開き、「アルミニウム合金」というキーワードで再検索してみた。
すると―――。
【汎用アルミニウム合金インゴット(1kg)高品質・鋳造/鍛造用 価格:銀貨30枚】
【軽量高力アルミニウム合金板(50cm×50cm×1mm厚) 価格:銀貨5枚】
「…………あった」
普通に、しかも様々な形状や純度のものが、いくつもヒットしたではないか。値段も、金貨10枚の取引をした後では、それほど無茶な金額には思えない。
(なんだよ! あるんじゃないか! あの時の俺の検索能力、ポンコツすぎだろ…!)
達也は、素材が入手可能であることに心の底から安堵すると同時に、衛兵長に「フライパンを溶かせ」などというトンデモ提案をしてしまった自分の間抜けさに、顔から火が出そうになった。
(まあ、結果的に儲かったからいいけどさ…)
「どうしたのータツヤちゃん、また難しい顔してー? もしかして、もう酔っ払った?」リリアが達也の顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもない! ちょっと考え事してただけだ!」
達也は慌てて通販サイトを閉じ、エールを一口飲んで誤魔化した。
(とりあえず、アルミニウム合金が手に入るなら、キッチンカー計画も、もっと現実味が増してくるな…!)
異世界通販でアルミニウム合金のインゴットがあっさり見つかったことに安堵し、キッチンカー計画への期待も高まった達也は、すっかり上機嫌になっていた。目の前のエールのジョッキも、先ほどよりもずっと美味しく感じられる。
マリアが「タツヤ、本当に飲みすぎではないか? また昨日のようになるのはごめんだぞ」と心配そうに釘を刺し、リリアが「タツヤちゃん、お顔がまた赤くなってきたよー? 大人の飲み方講座はまだー?」とニヤニヤしながら煽ってくる。
そんな二人の視線を受け、達也はジョッキを高々と掲げ、完全に調子に乗って宣言した。
「ふっふっふ…マリアもリリアも、よく聞いておくがいい! お酒というものにはな、ちゃんとした『飲み方』というものが存在するのだよ! この俺が、本当の『大人』の、そして『上手な』酒との付き合い方ってもんを、今ここで特別に教えてやろう!」
前回、泥酔して醜態を晒したことなど、すっかり(あるいは都合よく)忘却の彼方だ。
マリアは額に手を当て、深すぎるため息をついた。「…もう何も言うまい。好きにしろ。ただし、介抱はリリアに任せるからな」
「えー、私ー? まあ、面白いからいいけどー」リリアは目をキラキラさせて、達也の「講座」を待っている。
「まず!」達也は偉そうに人差し指を立てる。「こうやって、エールの豊かな香りを鼻で楽しむ! そして、焦らず、急がず、一口目は舌の上でじっくりと転がすように味わうのだ! こうすることで…んぐっ、んぐっ…ぷはーっ!」
もっともらしいことを言いながら、結局はジョッキの半分ほどを一気に飲み干してしまう。
「…それが大人の飲み方なのか?」マリアが呆れたように呟く。
「うんうん、タツヤ先生、とっても勉強になりまーす!」リリアは楽しそうに相槌を打つ。
その後も達也の「大人のお酒講座(?)」は続いたが、その内容は支離滅裂で、結局は「美味いから飲む!」「飲まなきゃやってられるか!」という本音が駄々洩れになるだけだった。そして、当然の帰結として…。
「うっぷ……なんか、また世界が回ってるんですけどぉ……」
「リリアちゃ~ん……なんか、ふわふわするぅ……」
前回以上に早いペースでエールを数杯空けた達也は、あっという間に、そして見事に、再び悪酔いしてしまった。呂律は回らず、千鳥足どころか、椅子にまともに座っていることすらできない。
そして、今度はなんと、酔っ払った達也の方から、おぼつかない足取りでリリアに近づいていくではないか!
「リリアちゃ~ん…なんか、リリアちゃん、すっごくいい匂いするぅ~…ぎゅーって、してぇ~…」
でれでれとした、完全に締まりのない顔で、達也は自分からリリアに抱きついた!
「おやおやー?」リリアは驚いた顔をしたが、すぐに面白そうに目を細め、抱きついてきた達也の頭を優しく(?)撫で始めた。「今度はタツヤちゃんの方からおねだりとは、積極的になったねー? よしよしー、今日は特別にぎゅーってしてあげようねー」と、完全に酔っ払いをあやすモードだ。
「………」マリアは、その光景を(もはや何も言う気力もなく)遠い目で見つめていた。
結局、その夜も、達也はマリアとリリアに両脇を抱えられ、千鳥足で宿へと強制送還された。道中、「俺は本当は男なんだぞー!信じてくれー!」と叫んでいたような気もするが、達也の記憶はそこで途切れている。
***
[翌朝 / リベルの安宿「静かなる梟亭」の一室]
ガンガンガンガン!!
頭の中で、巨大な工事現場の騒音が鳴り響いているかのような、昨日以上の強烈な頭痛。そして、胃袋を直接掴まれて揺さぶられているかのような、壮絶な吐き気。
「う……ぐ……ぉえ……」
達也は、ベッドの上で呻きながら目を覚ました。視界はチカチカし、全身が鉛のように重い。昨夜の記憶を必死に手繰り寄せようとするが、リリアに抱きついた(!)あたりからの記憶が、靄がかかったように曖昧だ。
(俺…また、やらかしたのか……? しかも、今度は自分から……!?)
蘇ってくる断片的な記憶と、現在の最悪な体調が、達也を深い自己嫌悪の淵へと叩き落とす。
「もう……本当に……酒なんて……二度と……」
枕に顔をうずめ、達也はただただ後悔と苦痛に耐えるしかなかった。




