衛兵隊長
(どうする…!? 「アルミニウムにフッ素樹脂コーティングです」なんて言っても絶対に通じない!)
達也が必死に言い訳を考えていると、ふと懐に入れたままだった商業ギルドの登録証(木の札だ)のことを思い出した。
「わ、私は!」達也は慌ててその木の札を取り出し、衛兵に突き出すように見せた。「私は、リベル商業ギルドにちゃんと登録している商人です! これは、その証明です! この鍋も、決して怪しいものではありません!」
衛兵長は、達也が差し出した木の札を訝しげに受け取り、そこに刻まれたギルドの印と名前(達也の名前がリリアの代筆で書かれている)をじろじろと確認した。そして、部下の一人に目配せすると、その部下はどこかへ走り去った(おそらくギルドへ確認に行ったのだろう)。
しばらくの沈黙の後、走り去った部下が戻ってきて、衛兵の耳元で何かを報告した。それを聞いた衛兵は、少しだけ表情を和らげ、達也に向き直った。
「…ふむ。確かに、君は商業ギルドに登録されているようだ。失礼なことを尋ねてしまったな、若い商人殿」
彼は先ほどまでの厳しい口調を改め、いくぶん丁寧な挨拶をした。リリアとマリアも少しだけ警戒を解く。
しかし、衛兵の興味は、まだフライパンに向けられていた。
「しかしだ、商人殿。その鍋はやはり興味深い。この軽さ、この表面の滑らかさ…私の知るどんな金属とも違う。もし差し支えなければ、この鍋の『素材』そのものを、我々衛兵隊に少しばかり売っていただくことはできないだろうか? 新しい装備の開発や、道具の改良に役立つかもしれんのでな」
「え? 素材、ですか?」達也は予想外の申し出に驚いた。
(儲け話のチャンスか…!?)
達也は内心で色めき立ち、すぐに異世界通販サイトを開いて「アルミニウム 地金」「フッ素樹脂 原料」などで検索してみた。しかし、残念ながら、そういった工業用の素材そのものは、通販サイトでは見当たらなかった。
(くそっ、素材単体はないのか…! でも、ここで断るのはもったいない…)
そこで達也は、機転を利かせたつもりで(あるいは、少しヤケクソ気味に)提案した。
「申し訳ありません、衛兵長殿。その素材は非常に特殊で、私の一族でも簡単には手に入らないものなのです。素材そのものをお売りすることはできません。ですが…」
達也はニヤリと笑い、アイテムボックスから、次から次へと新品のフライパン(大小様々なサイズ、合計で50個ほど!)を、その場に音もなく出現させてみせた!
「この完成品の鍋なら、まだ在庫が多少ございます。これを溶かすなり何なりして、素材として使っていただくというのはいかがでしょうか?」
「「「なっ……!!??」」」
目の前で、何もない空間から大量の鍋が山のように現れた光景に、衛兵だけでなく、周りにいた部下の衛兵たちも、そしてフライパンを買いに来ていた数人の客たちも、全員が口をあんぐりと開けて固まってしまった!
衛兵は、しばらく呆然としていたが、やがてハッと我に返り、達也の顔をまじまじと見つめた。その目には、驚愕と、それ以上の興奮と感嘆の色が浮かんでいる。
「…は、話には聞いておったが…まさかこれ程とは…! 君、やはりただの子供ではないな! その力…まごうことなき『アイテムボックス』持ちか! それで商人とは…いやはや、羨ましい限りだ! はっはっは!」
彼は、達也の能力に恐れを抱くどころか、どこか感心したように、そして楽しそうに軽く笑った**。
(え…? 怒られないの…? アイテムボックスって、そんなに普通に受け入れられるもんなのか、リベルでは…?)
達也は、尋問官の時とはまた違う、衛兵の意外な反応に戸惑う。
「面白い! 実に面白い!」衛兵は上機嫌に言った。「よかろう、商人殿! その申し出、受けさせてもらう! その『鍋』、素材として全て買い取らせてもらおうではないか! 値段は…そうだな、これだけの珍しい素材だ、金貨10枚でどうだ! 相場よりかなり高めのはずだぞ!」
衛兵のその言葉に、達也は目を丸くしながらも、興奮を隠しきれない様子で「は、はい! ぜひお願いします!」と力強く頷いた。まさか、元の世界では数百円のフライパン50個が、金貨10枚(庶民が数年暮らせるほどの大金だ!)に化けるとは、夢にも思わなかった。
衛兵は満足げに頷き、部下たちにテキパキと指示を出して、山と積まれたフライパンを運ばせていく。その間、彼は改めて達也に向き直り、先ほどまでの詰問するような厳しい態度から一変、どこか敬意すら感じられる、穏やかな表情を浮かべていた。
「いやはや、タツヤ殿(いつの間にか『嬢ちゃん』から『殿』付けに変わっている)。本日は誠に興味深い品と、そして何よりも、その驚くべき御力を拝見させていただいた。このリベルの街の治安を守る者の一人として、そして一人の人間として、改めて礼を申し上げる」
衛兵は、その厳つい顔に人の良さそうな笑みを浮かべ、達也に対して軽く頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ…その、買っていただいて…」
達也は、衛兵のあまりの態度の変わりように戸惑いながらも、ぎこちなく返事をする。
「先ほどは、いらぬ疑いをかけ、商人である貴殿に対して大変失礼な態度をとってしまったこと、この通り、深くお詫び申し上げる。どうかご容赦願いたい」
衛兵は、今度は本当に深々と頭を下げて謝罪した。その真摯な態度に、達也だけでなく、後ろで見ていたマリアやリリアも少し驚いた表情を見せる。
そして、衛兵は顔を上げ、達也の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「君のような若さで、これほどの商才と…そして、その底知れぬ稀有な能力。タツヤ殿、君はきっと、この自由都市リベルにとっても、何か大きな影響を与える重要な存在になるやもしれんな」
その言葉には、期待と、そしてほんの少しの警戒が混じっているようにも聞こえた。
「もし、この街で何か困ったことがあれば、あるいは何か我々衛兵隊に協力できるようなことがあれば、いつでも衛兵詰所に私を訪ねてくれて構わない。できる限りの助力は惜しまないつもりだ」
それは、儀礼的な挨拶以上の、明確な協力の申し出(あるいは、達也の力を利用したいという下心?)のようにも聞こえた。
「あ、ありがとうございます…! その時は、よろしくお願いします…!」
達也は、衛兵の言葉の真意までは読み取れなかったが、少なくとも敵意がないこと、そしていざという時には頼れるかもしれない相手ができたことに、少しだけ安堵した。
リリアは隣で(へえ、このおっさん、見る目があるじゃない。タツヤちゃんは確かに『面白い』存在だしね)と楽しそうに目を細め、マリアは(…この衛兵も、何か魂胆がありそうだが、今のところは利用できるものは利用すべきか)と、冷静に状況を分析しているようだった。
「では、我々はこれで失礼する。フライパンは有効に使わせてもらうぞ。タツヤ殿、今後のご活躍を期待している」
衛兵長は最後にそう言い残すと、部下たちと共に、フライパンの山を抱えて去っていった。
嵐のような出来事が過ぎ去り、達也、リリア、マリアの三人は、その場にしばらく呆然と立ち尽くしていた。手元には、ずっしりと重い金貨10枚。そして、リベルの衛兵隊長?という、予想外の「知り合い」ができたという事実。
「……なんか、すごいことになっちゃったな……」
達也がぽつりと呟くと、リリアとマリアは顔を見合わせ、そしてなぜか同時に吹き出したのだった。




