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現世との対面

雨は一向に止む気配を見せず、キャンピングカーの屋根と窓を叩き続けていた。車内には、規則正しいマリアの寝息と、時折達也がノートパソコンのマウスをクリックする音だけが響いている。ポーションのおかげか、マリアの容態は安定しているようで、達也も少しだけ気を抜いてパズルゲームに没頭していた。


どれくらいの時間が経っただろうか。突然、パチッという小さな音と共に、車内のLED照明がフッと消えた。ノートパソコンの画面だけが、薄暗い車内をぼんやりと照らしている。


「うわっ!? なんだ?」


達也は驚いて顔を上げた。ノートパソコンのバッテリー残量表示を見ると、こちらも残り少なくなっている。どうやら、厚い雨雲のせいでソーラーパネルからの発電が完全にストップし、サブバッテリーの蓄電も使い果たしてしまったようだ。


(まずいな…このままだとパソコンも落ちる。それに、夜になったら真っ暗だ)


異世界の夜がどれほど暗く、そして危険なのか分からない。最低限の明かりと、情報端末ノートパソコンは確保しておきたい。


(仕方ない、エンジンかけるか…)


車のメインバッテリーから電力を供給できれば、照明もつくし、パソコンの充電もできるはずだ。それに、少しエンジンをかけておけば、湿っぽい車内の空気も換気できるだろう。


達也は運転席に移り、キーを差し込んで回した。ブルン、と少し重々しい音を立てて、軽キャンパーのエンジンがかかる。ヘッドライトが前方の雨に煙る草原を照らし、車内のメーター類やシガーソケットにも電気が供給され始めた。達也はすぐにノートパソコンの充電ケーブルをシガーソケットに接続する。


「よしよし…」


充電が始まったことを確認し、安堵の息をついたその時だった。

ふと、ノートパソコンの画面の右下に表示されているアイコンに目が留まった。


(ん…? あれ?)


扇形のWi-Fiアイコン。さっきまで確実にバツ印が表示されていたはずなのに、今は電波強度を示すバーがいくつか立っており、見慣れた「接続済み」の表示に変わっている。


「………は?」


達也は自分の目を疑った。幻覚か? 疲れているのか?

震える指でマウスを操作し、ウェブブラウザを起動する。ブックマークに登録していた、毎日チェックしていたニュースサイトのURLをクリックした。


(どうせ繋がるわけ…)


――表示された。

鮮明な画像と共に、数時間前の日付が入った最新ニュースの見出しが、ノートパソコンの画面に映し出されている。


「なっ…!?」


信じられない気持ちで、他のブックマークもクリックする。天気予報サイトを開けば、見慣れた日本の天気図が表示され、今日の**[現在の日付と曜日]**の予報が更新されている。SNSを開けば、友人たちの(おそらく数時間前の)投稿がタイムラインに流れてきた。


「嘘だろ…なんで…異世界だぞ!?」


混乱と、それ以上の興奮が達也の全身を駆け巡った。なぜネットに繋がる? この異世界に、日本のインターネット網にアクセスできるポイントでもあるというのか? いや、そんな馬鹿な話があるはずがない。


(まさか…エンジンをかけたことと関係があるのか? このキャンピングカーに、何か秘密でも…?)


原因は全く分からない。だが、今、確かに達也は異世界にいながらにして、元の世界――日本――のインターネットに接続している。


「すげえ…! これなら…!」


元の世界の情報を得られる。自分が異世界に飛ばされてからどれくらい時間が経ったのか? 元の世界では自分は行方不明扱いになっているのか? 家族や友人はどうしている? 知りたいことが山ほどあった。


達也は眠っているマリアの存在も忘れ、食い入るようにノートパソコンの画面を見つめ、情報の奔流に身を任せ始めた。雨音だけが響く静かな車内で、異質な光を放つディスプレイだけが、現実と異世界を繋ぐ唯一の窓となっていた。


異世界で繋がった、あり得ないはずのインターネット。達也は、眠っているマリアのことなどすっかり頭から抜け落ち、食い入るようにノートパソコンの画面にかじりついていた。


(日付は…2023年4月28日、金曜日…? 今日か。俺がこっちに来る前とほとんど変わらないな…)


達也は画面に表示された日付を見て、わずかに安堵の息をついた。異世界に飛ばされたという異常事態ではあるが、少なくとも元の世界との間に大きな時間のズレは生じていないらしい。記憶が確かなら、ほんの数日間の出来事だったようだ。


次に、自分の名前や、乗っていた軽キャンパーのナンバーなどでニュース検索をかけてみる。いくつかの地方ニュースサイトで「〇〇(地名)の山中で軽キャンピングカーが行方不明、運転していた男性の安否不明」といった短い記事が数件見つかった。写真などもなく、まだ大きな騒ぎにはなっていないようだ。


(まあ、そうか…山での遭難なんて、すぐには大ニュースにならないよな)


少し拍子抜けしたような、それでいてホッとしたような複雑な気分で、今度はSNSをチェックする。友人たちの呑気な日常の投稿が流れてくる。自分の失踪について心配しているような書き込みは見当たらない。家族のアカウントも(知っている範囲で)確認したが、特に変わった様子はなかった。まだ、それほど大事にはなっていないのかもしれない。


(よかった…まだ大事にはなってない。連絡…どうしようか)


達也はメールソフトを起動し、家族宛に「俺は無事だ、心配するな」という旨の簡単なメッセージを打ち込もうとした。だが、やはり送信ボタンを押す寸前で指が止まる。異世界にいる、なんて説明はできない。無事だと言っても、どこにいるのか説明できなければ、余計に心配させるだけではないか?


逡巡しているうちに、ふとブラウザのページの読み込みが極端に遅くなっていることに気づいた。新しいページを開こうとしても、グルグルと読み込み中のマークが表示されたまま進まない。画面右下のWi-Fiアイコンを見ると、さっきまで力強く立っていたアンテナが点滅し、今にも消えそうだ。


「なんだ!? おい、切れるなよ!」


達也は焦ってマウスを動かすが、状況は改善しない。その時、車のエンジン音がわずかに不安定になったような気がした。アイドリングが少し乱れ、回転数が落ちたような…。そして、その瞬間に合わせて、Wi-Fiアイコンは完全にバツ印に変わってしまった。


「くそっ! なんでだよ!」


達也は思わずハンドルを叩きそうになった。だが、すぐに冷静さを取り戻そうと努める。


(待てよ…さっきエンジン音が不安定になった時に切れた? まさか…)


一つの仮説が頭に浮かぶ。達也は試しに、一度キャンピングカーのエンジンを切ってみた。当然、Wi-Fiアイコンはバツ印のままだ。そして、もう一度キーを回してエンジンをかける。


ブルン、とエンジンが安定したアイドリングを始めると…数秒後、Wi-Fiアイコンに再びアンテナが立ち、接続済みの表示に戻った。


「…やっぱりか」


達也は確信した。この奇妙なインターネット接続は、このキャンピングカーのエンジンが安定して稼働している間だけ、何らかの原理で発生する現象らしい。


「燃料がある限り、か…」


ガソリンメーターの針は、確実に減っている。元の世界と時間のズレがないのは幸いだったが、この限られた接続をどう使うべきか、という問題は変わらない。達也は、この不可思議な力をどう使うべきか、真剣に考え始める必要があった。雨音だけが響く車内で、ノートパソコンの光を見つめながら、達也は再び思考の海に沈んでいく。

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2回同じ文章が続いてる↓ 異世界で繋がった、あり得ないはずのインターネット。達也は、眠っているマリアのことなどすっかり頭から抜け落ち、食い入るようにノートパソコンの画面にかじりついていた。
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