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腕相撲

衛兵詰所から解放された達也、マリア、リリアの三人は、尋問官から告げられた通り、街の外れの草地へと案内された。そこには、数人の衛兵が取り囲むようにして、達也のキャンピングカーが置かれていた。


「こちらが、例の『鉄の箱』ですな」衛兵の隊長らしき男が、まだ少し訝しげな目をしながらも、達也に言った。「この度は、我々の確認不足でご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。これは確かにあなた方にお返しします」

彼は部下たちと共に、深々と頭を下げた。


「…いえ、こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした」達也も頭を下げる。内心では、(リベルに来て、本当に良かった…アザリアだったら、こうはいかなかっただろうな…)と、この自由都市の(比較的)寛容な対応に心から安堵していた。


そして達也は、衛兵たちがまだ見ている前で、臆面もなく(あるいは、もはや隠す気もないのか)スマートフォンを取り出し、キャンピングカーに向けて操作するフリをした。次の瞬間、巨大な白い車体は、音もなくフッと消え失せ、達也のアイテムボックスへと収納された。


「「「なっ…!?!?!?」」」


目の前で起こったありえない現象に、衛兵たちは「うおおお!?」「き、消えたぞ!」と、先ほどの尋問官がポカーンとした時以上に度肝を抜かれ、腰を抜かさんばかりに驚愕し、一部は武器を構え直す始末だ。


そんな衛兵たちの反応を尻目に、リリアは「あーあ、またやっちゃったよ、タツヤちゃん。少しは隠すってことを覚えたら?」と呆れたように肩をすくめ、マリアもまた、達也のその規格外の能力と、あまりにも不用意な行動に、なんとも言えない哀れみを含んだ目を向けて深いため息をついた。


達也は、そんな二人の視線も(そして衛兵たちのパニックも)どこ吹く風といった様子で、「よし! とりあえず、無事解放された祝杯だ! それに、今後の作戦会議もちゃんとしておかないとな!」と高らかに宣言した。


三人はリベルの街へと戻り、大通りから少し入った、比較的落ち着いた雰囲気の居酒屋を見つけて入った。木のテーブルとベンチが並ぶ、庶民的な店だ。達也は早速、エール(マリアとリリア用)と果実水、そしていくつか軽いつまみを注文した。


料理と飲み物が運ばれてきて、まずは解放を祝って(?)乾杯する。エールを美味そうに飲むマリアとリリア。達也は果実水をちびちびと飲みながら、意を決してマリアに向き直った。


「…なあ、マリア。改めて、色々迷惑かけて悪かった。それで…その、俺の体のことなんだけど…」

達也は言葉を選びながら、切り出した。

「どうやら俺……吸血鬼みたいなんだ。まだ、自分でもよく分かってないんだけど…」


マリアは、達也のその告白を、特に驚いた様子も見せずに静かに聞いていた。そして、エールのジョッキを置くと、落ち着いた声で言った。

「……ああ、知っている」


「えっ!?」今度は達也が驚く番だった。


「君が尋問を受けている間に、牢屋の中でリリアから聞いたよ」マリアはリリアに視線を送る。「君の瞳の色が変わったこと、そして満月の夜に私の血を飲んで…その、変わってしまったこと。リリアは、君も自分と同じ吸血鬼かもしれない、と言っていた」


「まーね!」リリアが会話に割って入る。「だってタツヤちゃん、私と同じような特別な匂いがしたし、血を飲んだらあんな劇的に変化しちゃうんだもん、普通の人間じゃないのは明らかでしょ?」とケラケラ笑う。


達也は、リリアが既にマリアに話していたことに少し気まずさを感じつつも、どこかホッとしたような気持ちもあった。これで、マリアにも全てを話す(必要はないかもしれないが)覚悟ができた。


すると、マリアが真剣な目で、達也と、そしてリリアを交互に見つめて言った。

「タツヤ、リリア。君たちがこれからどうなるのか、私には想像もつかない。吸血鬼としての渇きがどれほど辛いものなのかも、本当の意味では理解できないだろう」

彼女はそこで一度言葉を切り、そして、強い意志を込めた声で続けた。

「だが、もし君たちが、その衝動に負けて誰かを襲わなければならないような状況になったら…その時は、まず私の血を飲め。見ず知らずの人を傷つけ、取り返しのつかないことになるくらいなら、私がいくらでも血を提供する。私は、君たちが道を誤るのを見過ごすわけにはいかない。だから――」


マリアは、決意に満ちた目で二人を見据えた。

「私も、君たちに付いていく。それが、君を危険な目に遭わせてしまった、私なりの償いだと思っている。そして、友人として、君たちを守りたい」


マリアの、あまりにも真っ直ぐで、そして自己犠牲的とも言えるほどの決意表明に、達也とリリアは一瞬、言葉を失った。


「マリア……そんな…俺たちのために、そこまでしてくれるのか…?」

達也は、戸惑いと、そして胸の奥から込み上げてくる温かい感情に、声が震えた。自分のせいで危険な目に遭わせてしまったというのに、マリアはそれでも自分たちを見捨てないでいてくれる。


「…でも、本当にいいのか? あんたまで、アザリアの連中や、もっとヤバい奴らに狙われることになるかもしれないんだぞ…?」


リリアも、いつもの悪戯っぽい表情を消し、真剣な眼差しでマリアを見ていた。

「へえ……人間のくせに、なかなか骨のあること言うじゃない。気に入ったわ、マリア」

彼女はフッと息をつき、しかしどこか楽しそうに続けた。

「でも、本当にいいの? 私たち吸血鬼の世話なんて、普通の人間の寿命じゃ足りないくらい、面倒で危険なことかもしれないわよ?」


マリアは、二人のそんな言葉に、穏やかに、しかし力強く頷いた。

「覚悟の上だ。それに、君たち二人を見ていると…なんだか放っておけないだけだよ。特にタツヤ、君は本当に危なっかしいからな」


そして、マリアは少し和んだ雰囲気の中で、ふと思い出したように言った。

「……それにしてもタツヤ。今朝のあの馬鹿力は一体何だったんだ? 私とリリアが、まるで藁人形か何かみたいに、いとも簡単に吹っ飛んだが…。君、あんなとんでもない力、いつの間に身につけたんだ?」

マリアは呆れたような、それでいて少し面白そうな顔で尋ねてくる。


「うっ…あれは、その、俺にもよく分からないんだ…! 血を飲んでから、なんだか力があり余ってるみたいで、加減が…もうあんな力、出ないと思うけど…」

達也は顔を赤くして俯き、不安げに自分の両手を見つめた。昨日の朝、ベッドを軽々と持ち上げた時の、あの異常な感覚。そして今朝の、意図せず二人を吹き飛ばしてしまった暴力的な力。あれが自分のものだとは、まだ信じられない。


すると、それまで黙って二人の会話を聞いていたマリアが、ふと気づいたように口を開いた。

「…でもタツヤ、君、今朝私が宿で見た時と比べて、体が小さくなっているように見えるが…? 昨日の夜、私の血を飲んで君が気を失った後、君の体は少し成長して、大人びていたはずだ。だが、今はまた…アザリアで会った時のような、幼い姿に戻っているじゃないか」


「だとしたら…」マリアは腕を組み、真剣な目で達也を見据える。「昨日のあの異常な力も、もしかしたらもう消えていて、今の君は普通の…いや、むしろ非力な少女に戻っているんじゃないのか?」


「そ、そんなこと…」


「よし、タツヤ」マリアは何かを確かめるように、力強く言った。「ちょっと私と腕相撲をしてみろ。それで、今の君の力がどれくらいのものか、大体分かるはずだ」


「はあ!? 腕相撲!? マリアと!? い、いや、無理だよ! 絶対に勝てるわけ…!」達也は慌てて首を横に振る。マリアは鍛え上げられた傭兵だ。


「お、いいねー! やれやれー、タツヤちゃん!」リリアが隣で、完全に面白がって手を叩きながら煽ってくる。「傭兵相手にどこまでやれるか、見ものだねー!」


「だから無理だって…!」


しかし、マリアは「いいから、やるぞ」と、有無を言わせぬ迫力でテーブルに右肘をついた。達也も、自分の力がどうなっているのか、確かめたい気持ちがないわけではなかった。彼は恐る恐る、リリアと、そして興味津々にこちらを見ている他の客(数人だが)の視線を感じながら、マリアの前に座り、細い腕を差し出した。


マリアの、鍛えられた武骨な手と、達也の白く細い手が、テーブルの上でがっちりと組まれる。


「いくぞ…レディー…ゴー!」


マリアの合図で、達也は(昨日の朝、ベッドを軽々と持ち上げた時の、あの万能感を思い出して!)渾身の力を込めた!

(いけーっ!)


しかし―――。


ピクリともしない。


マリアの腕は、まるで鋼鉄の柱のように、微動だにしないのだ。達也がどれだけ歯を食いしばり、顔を真っ赤にして力を込めても、全く動く気配がない。


「くっ…! う、動かない…!」


「ふむ…」マリアは達也の必死の形相を冷静に見つめている。


そして、マリアがほんの少しだけ、本当に指先に力を込めた程度の力で腕を傾けると――。


バタンッ!!


「うわっ!?」


達也の腕は、あっけないほど簡単に、いともたやすくテーブルに叩きつけられてしまった。完敗だ。


「……やっぱり…全然、力なんて出ないじゃないか……昨日の朝の、あの馬鹿力は一体なんだったんだよ……」

達也は、テーブルに突っ伏した自分の腕を見つめ、自分の体の不可解な変化に、改めて困惑し、そして深く落ち込んだ。まるで、都合のいい時だけ力が湧いてきて、普段は元の非力な少女に戻ってしまう、そんな不安定な状態なのかもしれない。


マリアは腕を組み、納得したように頷いた。

「ふむ…やはり、あの異常な力は一時的なものだったようだな。今の君は、残念ながら、普通の(あるいはそれ以下の)少女の力しかないようだ。安心したような、少し残念なような…複雑な気分だが」


「あーあ、タツヤちゃん、やっぱり弱っちいー!」リリアが隣でケラケラと笑っている。「これじゃあ、やっぱり私がしっかり守ってあげないとダメだねー!」


達也の力は、血を飲んだ直後などに一時的に増大し、その後は元の非力な状態に戻ってしまうのだろうか? それとも、何か他の条件や、まだ達也自身も気づいていない秘密があるのだろうか?

自分の体の謎は、深まるばかりだった。

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