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照会の水晶

「さあ、この水晶に手をかざしてごらん」

尋問官が静かに促す。テーブルの上に置かれた『照会の水晶』は、磨かれた黒曜石のように滑らかで、内部に淡い光を宿しているように見えた。リリアが言っていた、正体がバレる魔道具。これに触れたら、俺が吸血鬼かもしれないことも、アイテムボックスのことも、何もかもが暴かれてしまう…。


(もう…ダメだ…どうにでもなれ…っ!)


達也は観念した。抵抗しても、逃げ場はない。彼は震える手を、おそるおそる、その冷たい水晶玉へと伸ばした。指先が水晶に触れた瞬間、水晶は眩いほどの白い光を放ち始めた!


「おお…!」尋問官が声を上げる。


光が収まると、水晶の表面に、達也にも読める共通語の文字が、くっきりと浮かび上がってきた。


【名:シバ・タツヤ】

【性別:男】

【年齢:34歳】

【称号:異世界からの迷い人】

職業クラス:該当なし】

【基本能力:測定不能(あるいは極低)】

特殊技能スキル:保有せず】

【総合レベル:1(成長の余地なし)】


「………………は?」


尋問官は、水晶に表示された文字を一つ一つ読み上げ、そして目の前にいる金髪黒目の少女――達也――の姿と、水晶の情報を、何度も何度も見比べた。


そして、完全に理解を超えた情報に、彼の思考は完全に停止した。口を半開きにし、目を点にして、ポカーーーンと達也を見つめている。


「な……なんだ、これは……?」

尋問官は絞り出すように言った。

「シバ・タツヤ…性別、男…? 年齢、三十四歳…だと? しかも、異世界からの迷い人…? スキルも保有せず、レベルは1で成長の余地なし…?」


彼の頭の中は、疑問符で埋め尽くされているようだった。目の前にいるのは、どう見ても十代半ばにも満たない、か弱い少女だ。それが、三十四歳の男? スキルもレベルもない? あの屈強な傭兵と銀髪の少女を(目撃情報によれば)指一本で吹き飛ばしたというのに?


「水晶が…壊れているのか…? それとも、この娘は、何か我々の理解を遥かに超える、強力な幻術か精神操作系の魔術でも使っているというのか…? いや、それならばスキルに何らかの表示があるはずだが…訳が分からん…全くもって、訳が分からんぞ…!」

尋問官は頭を抱え、ブツブツと呟き始めた。さっきの冷静沈着な態度は見る影もない。


達也もまた、水晶に表示された(であろう)自分の「本当の情報」に、内心では激しく動揺していた。

(男、34歳って…やっぱり、俺の元の情報が出てるのかよ! しかも、異世界からの迷い人って、バレバレじゃないか! でも、スキルなし、レベル1ってどういうことだ? アイテムボックスとか通販スキルは、この世界の基準じゃ認識されないのか!? それに、種族変異の兆候って…やっぱり俺、吸血鬼に…?)


様々な疑問と恐怖が頭をよぎる。しかし、それ以上に、目の前で自分以上に混乱しきっている尋問官の姿を見て、達也は少しだけ、ほんの少しだけではあるが、(あれ? もしかして、これって逆に助かった…のか?)という、奇妙な感覚を覚えていた。


絶体絶命のピンチだったはずが、照会の水晶がもたらした予想外すぎる結果によって、事態は誰も予測できなかった方向へと転がり始めたのかもしれない。


「訳が分からん…全くもって、訳が分からんぞ…!」

尋問官は頭を抱え、照会の水晶に表示された情報と、目の前で小さく震えている(ように見える)達也の姿を何度も見比べていた。


(よし、今だ…!)達也は内心でガッツポーズをしながらも、さらにか弱く、怯えた少女を完璧に演じきろうと決めた。

「あの…だから、言ったじゃないですか…」達也は涙ぐんだ声で、か細く訴える。「私は、ただの普通の女の子で、何も特別な力なんて持ってませんって…。なのに、魔女だなんて…あんなにたくさんの人に囲まれて、怖くて…うぅ…ひどいです…」

わざとらしく袖で目をこするフリまでしてみせる。


尋問官は達也のその様子を半信半疑で見つめていたが、この不可解な状況をどうしても解明したいのだろう、「専門の魔道具技師を呼んでこい! この照会の水晶が本当に正常に作動しているのか、徹底的に確認させるんだ!」と、部下の衛兵に厳しい声で命じた。


しばらくして、小柄で頑固そうなドワーフの老人が、大きな革袋を抱えて部屋に入ってきた。彼が魔道具技師らしい。老人は照会の水晶を手に取り、ルーペのようなもので調べたり、何か小さな道具を当てたりして、念入りに検査を始めた。その間、達也はできるだけ小さく、おとなしく見えるように縮こまっていた。


長い検査の後、ドワーフの技師は尋問官に向き直り、首を横に振った。

「うむ。この水晶に異常は見当たらん。魔力の流れも正常、刻まれた術式にも問題はない。間違いなく、正常に機能しておるぞ」


「なっ…やはり壊れていないというのか…!?」尋問官の混乱はさらに深まったようだ。水晶は正常。しかし、表示される情報と目の前の少女は矛盾だらけ。


彼は再び達也に視線を戻し、今度は話題を変えてきた。

「…では、タツヤ君。もう一つの大きな疑問について聞かせてもらおう。君たちが乗っていたという、あの奇妙な『鉄の箱』は何なのだ? 目撃者によれば、馬もなしに自走し、雷のような大きな音を立て、人を中に入れたり出したりしていたそうだが。あれは一体どういうカラクリなのだ?」


(キャンピングカーのことか! やばい、どう言い訳する…!?)

達也は一瞬焦ったが、咄嗟に思いついた苦しい言い訳を口にした。

「あ、あれですか…? あれは…その、私たちの故郷で使われている、特別な馬車の、後ろの部分なんです! 本当は前に馬をつければ普通に走るんですけど…その、色々あって、馬とはぐれちゃって…。中は、旅の途中で寝泊まりできるように、ちょっとだけ広く改造してあるんです。音は…多分、荷物が崩れたり、どこかぶつかったりした音じゃないかと…」

しどろもどろになりながらも、必死にそう説明した。


尋問官は、達也のその説明を、眉間に深い皺を寄せながら聞いていた。(馬車の後ろの部分…? あんな鉄の塊が? 自走したという報告もあるのだが…)明らかに納得していない表情だ。しかし、これ以上追求しても、この少女から確たる証拠が出てくるとも思えない。


尋問官は、大きな、本当に大きなため息を一つ吐いた。そして、まるで全ての気力を使い果たしたかのように、疲れた声で言った。

「……分かった。もう良い」


「え…?」


「水晶の結果も、君の証言も、そして目撃情報も…全てが矛盾し、不可解なことだらけだ。これ以上は何とも判断がつかん。君たちがこのリベルの街に明確な害をなすという証拠も、今のところない」

尋問官は達也を真っ直ぐに見据えた。

「今回は、我々の早とちり、そして確認不足だったようだ。君と、牢にいる君の仲間たちを、これより釈放する」


「しゃ、釈放…!?」達也は信じられないという顔で尋問官を見た。


そして、尋問官は立ち上がり、達也に対して深々と頭を下げた。

「…シバ・タツヤ君。君たちを疑い、恐怖を与え、そして不当に拘束してしまったこと、リベルの衛兵を代表し、心から詫びる。本当に、済まなかった」


その意外なまでの真摯な謝罪に、達也は驚きつつも、心の底から安堵した。(やった…! なんとか…なんとか切り抜けたぞ!)しかし、表情には出さず、まだ少し怯えたような、それでいて許しを与えるかのような(?)複雑な表情を浮かべて、「…は、はい…もう、いいんです…私たちも、騒ぎを起こしてしまって、すみませんでした…」と、か細い声で答えるのが精一杯だった。


尋問官は部下に指示を出し、達也は牢屋へと戻された。そこで待っていたマリアとリリアに「釈放だってさ…」と告げると、二人は驚きと喜びの声を上げ、三人は衛兵に先導され、ようやく薄暗い詰所から解放されたのだった。

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