ツッコミ【再】
穏やかな(?)夜が明け、達也はキャンピングカーのベッドで目を覚ました。隣で眠っていたはずのリリアは、既にバンクベッドの方へ移動したのか、姿が見えない。マリアもバンクベッドで静かに寝息を立てているようだ。
(…よく寝た…ような気がする…)
達也は体を起こし、大きく伸びをした。その瞬間、何かが違うことに気づいた。
(ん…? なんか…体が…軽い?)
自分の手を見る。昨日まで感じていた、ほんの少しだけ大人びて、しっかりとした感触がない。慌てて頬に触れると、肌の張りも、輪郭も、まるで数日前の…いや、異世界に来たばかりの頃の、あの非力な少女の体に戻っているような気がする!
「なっ…!?」
達也はベッドから転がり落ちるようにして、車内に備え付けられた姿見の前に立った。
そこに映っていたのは、昨日までの「絶世の美少女(高校生風)」ではなく、見慣れた(そして少しうんざりしていた)金髪黒目の中学生くらいの少女の姿だった! 身長も、顔つきも、明らかに元に戻っている! 瞳の赤みも、よく見なければ分からないほど薄くなっていた。
「な、なんでやねん!? 一晩寝たら元に戻ってるって、どういうことだよ!?」
達也は思わず(なぜか関西弁風のイントネーションで)鏡の中の自分にツッコミを入れた。自分の体が、まるで都合の良い漫画のキャラクターみたいに変化することに、もはや恐怖を通り越して呆れに近い感情さえ湧いてくる。
その物音で、バンクベッドで寝ていたマリアと、いつの間にか起きて達也の様子を面白そうに見ていたリリアが、完全に目を覚ました。
「タツヤ…? どうした、朝から騒々し…」言いかけたマリアは、達也の姿を見て言葉を失った。「……タツヤ!? 君の体、また…! いったいどうなっているんだ!? 昨日とは全然違うじゃないか!」
マリアは昨日達也の体が成長したのを見た時以上に混乱し、眉間に深い皺を寄せている。
リリアはといえば、ベッドからひょっこり顔を出し、「あれー? タツヤちゃん、またちっちゃくなっちゃったの? 本当にあなたは見てて飽きないねー」と、どこか楽しそうだ。
三人が達也の体の不可解な変化に戸惑っている、まさにその時だった。
ドンドン! ドンドン!
キャンピングカーのドアを、誰かが乱暴に叩く音が響いた!
そして、外から厳つい男の声が聞こえてきた。
「中にいるのは分かっているぞ! 先日、リベルの大通りで騒ぎを起こした娘と、その連れの者たちだな!? 我々は都市の衛兵だ! その奇妙な鉄の箱についても、貴様らについても、尋問する権利がある! 速やかに出てこい! 抵抗すれば、実力行使も辞さないぞ!」
騎士――いや、リベルの都市衛兵の声。そして「尋問」という言葉。
それを聞いた瞬間、達也の脳裏に、アザリアの薄暗い牢屋と、騎士たちの冷たい目、そして「魔女め!」という罵声が、鮮明にフラッシュバックした!
(まただ…! また捕まるのか…!? 尋問されて、調べられて…今度こそ、全部バレて…!)
「ひっ…! いや…! 来るな…!」
達也は全身の血の気が引き、恐怖で体がガタガタと震えだした(ガクブル)。顔面蒼白になり、その場にへたり込みそうになる。完全にパニック状態だ。
「ちっ、もう嗅ぎつけられたか…!」マリアは舌打ちし、素早く剣の柄に手をかける。
「やれやれ、朝から騒がしいお客さんだねぇ」リリアも表情を引き締め、赤い瞳に警戒の色を浮かべた。
ドンドン! ドンドン!
「中にいるのは分かっているぞ! 速やかに出てこい! 抵抗すれば容赦しない!」
「に、逃げないと…! エンジン、エンジンかけないと!」
達也は半狂乱で運転席に飛び乗り、震える手でキーを回した!
キュルルル…キュル…プスン。
「え…?」
何度キーを回しても、セルモーターが弱々しく数回唸るだけで、エンジンはかかる気配を全く見せない! 昨日まで快調だったはずなのに、なぜこのタイミングで!?
「くそっ! なんでだよ! 動け! 動いてくれよぉっ!!」
達也はハンドルに額を押し付け、絶望的な声を上げた。エンジンはうんともすんとも言わない。
「ダメか…!」マリアは歯噛みし、剣を抜き放つ。「こうなったら…!」
「あらら、このタイミングでご機嫌斜めとはねぇ、この鉄の箱も。まあ、面白くなってきたじゃない?」リリアも赤い瞳を細め、臨戦態勢に入る。
外からは、「おい! いつまで隠れているつもりだ! 出てこないとドアを破壊するぞ!」という最後通牒のような声が聞こえてくる。
もうダメだ…。抵抗しても、この二人を巻き込むだけだ…。
追い詰められた状況で、しかし達也の頭は不思議と冷静になっていった。
彼は顔を上げ、マリアとリリアに向き直った。その瞳には、怯えではなく、どこか覚悟を決めたような光が宿っていた。
「……もう、いいよ。抵抗するのは、やめよう」
「何を言ってるんだタツヤ! 捕まったらどうなるか分かってるのか!?」マリアが叫ぶ。
「えー? ここで諦めちゃうの? つまんないなー。私たちなら、この程度の衛兵…」リリアも不満そうだ。
「でも、このままじゃ埒が明かないだろ!?」達也は震える声だが、はっきりとした口調で言った。「俺が『魔女』だって疑われてるなら、ちゃんと話して誤解を解かないと! 話を聞いてくれるだけなら、いいじゃないか…。それに、ここで戦闘になったら、本当に街の人たちに迷惑がかかるし、俺たちの立場も、もっともっと悪くなるだけだ」
「これは、俺の問題だ。俺一人で行く。二人まで巻き込むわけにはいかない」
そう言って、達也は深呼吸を一つし、キャンピングカーのドアに向き直り、ゆっくりとそれを開けた。
「……俺だ。話を聞きに来ただけなんだろ?」
達也は両手を軽く上げ、抵抗の意思がないことを示しながら、外に待ち構えていた数人の衛兵たちの前に姿を現した。
「俺は抵抗しない。だから、この車の中にいる二人には、手を出さないでくれ。彼女たちは関係ない」
衛兵たちは、武器を構えたまま訝しげな顔をしていたが、達也が一人で、しかも幼い少女の姿で出てきたのを見て、少しだけ警戒を緩めたようだった。隊長らしき男が前に進み出て、達也を厳しい目で睨みつける。
「…ほう、ようやく出てきたか。話が分かる小娘で助かる。だが…」
隊長はキャンピングカーの中を鋭い目で覗き込み、マリアとリリアの姿を認めた。
「ほう、まだ仲間がいたとはな。ちょうどいい。お前たち全員に来てもらうぞ! お前たち全員が暴れてたとの通報だからな!見逃すわけにはいかん!」
「なっ…!?」達也は顔面蒼白になった。一人で行くと言ったのに!
「ふざけるな! 私たちはただの旅人だ!」マリアが剣を構えようとする。
「あらあら、話が通じないお役人さんたちねぇ」リリアも面白くなさそうに肩をすくめた。
しかし、衛兵の数は多く、既にキャンピングカーは完全に包囲されている。下手に抵抗すれば、それこそどうなるか分からない。
「…もう、やめよう、二人とも」達也は力なく言った。「俺のせいで、ごめん…」
マリアは悔しそうに剣を握りしめたが、やがて達也の言葉に従うように、ゆっくりと剣を鞘に納めた。リリアもため息をつき、抵抗の意思がないことを示すように両手を軽く上げた。
「…よろしい。賢明な判断だ」衛兵の隊長はそう言うと、部下たちに命じた。「全員拘束しろ! 少しでも抵抗すれば、分かっているな!」
こうして、達也、マリア、そしてリリアの三人は、抵抗することなく衛兵たちに腕を掴まれ、縄で縛られ、一緒にリベルの街の中へと連行されていくことになった。達也は、自分のせいで二人まで巻き込んでしまったことに、深い罪悪感と絶望を感じていた。マリアは悔しさと達也への心配が入り混じった表情で、リリアはどこか面白くなさそうに、しかし状況を冷静に見極めているような目で、黙って衛兵に従っていた。
キャンピングカーは、持ち主たちが連れ去られた後も、朝日に照らされながら、静かにその場に取り残されていた。
局、達也、マリア、リリアの三人は、リベルの都市衛兵たちに両腕を拘束され、街の中心部にある大きな衛兵詰所へと連行されてしまった。キャンピングカーも、専門の者が調べるとかなんとか言って、どこかへ運び去られた後だった。
案内されたのは、やはりアザリアと同じような、薄暗く湿っぽい石造りの地下牢。しかし、アザリアの時と違ったのは、三人一緒の、比較的広い牢に入れられたことだった。それでも、鉄格子がガチャンと音を立てて閉められた瞬間、達也の心は重く沈んだ。
(…また鉄格子の中かよ…)
しかし、なぜだろう。二度目だからか、あるいはマリアとリリアが一緒だからか、以前ほどの絶望感はなかった。むしろ、達也は自分の境遇を少し客観的に見てしまい、ふっと口元に自嘲気味な笑みを浮かべた。
「…なんか、久しぶりだな、この感じ。デジャヴってやつか?」
「タツヤ!? 何を笑っているんだ、不謹慎だぞ!」マリアが眉をひそめて達也を咎める。
「えー? でも、ちょっと分かるかもー。アザリアの牢屋より広いし、臭くないし、三人一緒だしね! ちょっとしたお泊り会みたいじゃない?」リリアは相変わらずの調子で、鉄格子を興味深そうに眺めている。
そんな三者三様の反応の中、あまり時間を置かずに、牢屋の前に一人の男が現れた。衛兵の隊長とは違う、少し年配で、落ち着いた雰囲気の、しかし目の奥に鋭い光を宿した文官風の男だ。彼が尋問官なのだろう。
「シバ・タツヤはいるかな? …ふむ、君のようだね」尋問官は達也を値踏みするように一瞥すると、静かな声で言った。「私と少し話をしよう。こちらへ来なさい」
達也だけが指名された。マリアとリリアが心配そうな顔でこちらを見ている。達也は二人に小さく頷き、尋問官に従って牢屋から出た。アザリアの時のような乱暴な扱いはなく、手荒な真似もされない。そのことに、達也は少しだけ(本当に少しだけだが)安堵した。(この街の尋問は、少しはマシなのかも…?)
連れて行かれたのは、小さな机と椅子が二つだけ置かれた、簡素な尋問室だった。尋問官は達也に向かいの椅子に座るよう促し、自分も席に着くと、手元の羊皮紙の束に目を通し始めた。
「さて、タツヤ君、だったかな」尋問官は穏やかな口調で切り出した。「単刀直入に聞こう。今朝方、君たち三人が街の外れで何やら大きな騒ぎを起こしていたという報告が、複数の通行人から入っている。馬車から降りてきた他の乗客たちも見ていたようだが…一体何があったのかね?」
「それは…」達也が言い淀んでいると、尋問官は手元の調書に目を落とし、読み上げ始めた。
「…通行人の証言によれば、『小柄な金髪の少女(おそらく君のことだね)が、何らかの不可解な力を使ったのか、屈強な女傭兵風の女と、もう一人の銀髪の少女を、まるで指一本で軽く弾き飛ばすかのように、いとも簡単に数メートルも吹き飛ばしていた』とある。…ふむ」
尋問官は顔を上げ、困惑と、そしてわずかな好奇の色を浮かべた目で達也を見た。そして、フッと堪えきれないように笑い出した。
「ははは! これは失礼。しかし、え? 本当に君が? こんな可愛らしいお嬢ちゃんが、あの腕利きそうな傭兵殿と、もう一人の銀髪のお嬢さんを、指一本で? まるでどこかの英雄譚の一場面みたいじゃないか! いやはや、面白い冗談を言う通行人もいたものだ」
彼は全く信じていない様子で、楽しそうに肩を揺らしている。
達也は、自分の(意図しない)怪力がそんな風に伝わっていることに顔を赤くしつつも、尋問官が笑い飛ばしてくれたことに、少しだけホッとした。
しかし、尋問官はすぐに真顔に戻った。
「…まあ、冗談はさておきだ、タツヤ君。君たちが何らかの騒ぎを起こしたのは事実のようだ。そして、君たちが乗ってきたという、あの奇妙な鉄の箱…あれについても多くの疑問が寄せられている」
彼は達也の目を真っ直ぐに見据える。
「リベルは自由都市だ。君がもし『魔女』であったとしても、あるいは何か特別な力を持っていたとしても、それだけで即刻捕らえたり、街から追い出したりはしない。この街には、様々な力を持つ者、様々な事情を抱えた者が暮らしているからね。ただし」
尋問官の声が、少し低くなった。
「その力が街の秩序を乱したり、他の市民に危害を加えたりすると判断されれば、話は別だ。その場合、君たちへの待遇も、それなりに変わってくることになるだろう。それは理解できるね?」
穏やかな口調だが、その言葉には確かな圧力が込められていた。
「は、はい…」達也は緊張で唾を飲み込む。
「そこでだ」尋問官はそう言うと、机の引き出しから、手のひらサイズの、滑らかに磨かれた水晶玉のようなものを取り出し、テーブルの中央に静かに置いた。「君が何者で、どんな力を持っているのか、そして街に害をなす存在ではないのかを、少しだけ確認させてもらいたい。これは**『照会の水晶』**といってね…」
(しょうかいのすいしょう…? なんだこれ? 水晶玉で占いでもするつもりか…?)
達也は、その美しい水晶玉に、最初は特に何の警戒も抱かなかった。
しかし、尋問官がその機能を説明し始めると、達也の顔色が変わった。
「この水晶はね、対象者の真実の姿や、隠された魔力、あるいは邪な意思などを映し出すと言われている。まあ、完璧ではないが、一つの判断材料にはなる。さあ、この水晶に手をかざしてごらん」
(―――!!! これか!!!)
リリアが言っていた、冒険者ギルドにあるという、正体がバレる厄介な魔道具! まさか、こんなところで出てくるなんて!
(ヤバい! ヤバすぎる!! これに触れたら、俺が吸血鬼ことも、アイテムボックスのことも、もしかしたらTS転生してることまでバレちまうかもしれないじゃないか!?)
アザリアの牢屋以上の、絶体絶命のピンチ。達也の背筋を、冷たい汗が滝のように流れた。




