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ツッコミ

達也の作ったカツ丼は、マリアとリリアの胃袋と心を(一時的にだが)見事に掴んだ。さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のように、食後の車内には、満腹感からくる穏やかな空気が流れていた。達也が淹れた日本茶(これも通販品だ)をすすりながら、三人はしばし言葉少なげに休息していた。


マリアは、お茶を飲みながら、改めて目の前に座る達也の姿をじっくりと観察した。そして、何か確信を得たように、少し眉をひそめて口を開いた。


「……なあ、タツヤ」


「ん? なんだ?」


「気のせいかもしれないんだが…いや、気のせいじゃないな」マリアは真剣な目で達也を見つめる。「君、昨日の夜、私が血を飲ませて君が気を失った時と比べて、なんだか……雰囲気がガラッと変わったように見えるんだが…?」


「えっ!?」達也はドキリとして、思わず自分の体を見下ろした。


マリアは続ける。「いや、雰囲気だけじゃない。なんていうか…背も少し伸びてないか? それに、顔つきも…以前はもっと幼い感じだったが、今は少し大人びて、整いすぎているというか…。まるで、ほんの一晩で数年分成長したみたいに見えるんだが」


マリアの指摘は的確だった。達也自身も、今朝鏡を見て自分の変貌ぶりに愕然としたのだ。


さらにマリアは、達也の髪と瞳に視線を移す。

「それに、その髪の色も…アザリアで初めて会った時は、もっと普通の金髪だった気がするが、今はなんだか陽光の下だとキラキラと輝いて見える。瞳の色も…昨夜、私が血をあげた直後に見た時は、もっとこう、血のように真っ赤だったが、今は少し落ち着いているとはいえ、やはり以前の黒とは違う、深い赤みが残っている…。一体、昨夜から今朝にかけて、君の体に何があったんだ? 大丈夫なのか?」


マリアの声には、驚きと、困惑と、そして達也の身を案じる純粋な心配の色が滲んでいた。


(やっぱり、バレるよな…こんなに変わっちまったんだから…!)

達也はマリアの鋭い指摘に、どう説明したものか言葉に詰まり、思わず隣に座るリリアの方を助けを求めるように見た。


するとリリアは、そんな達也の視線を受けて、ニヤリと悪戯っぽく笑った。

「ふふん、マリアさんもお目が高いねぇ。気づいちゃった?」

そして、ポンと達也の肩を叩きながら、楽しそうに言った。

「タツヤちゃんはね、今、とっても大事な『お年頃』なのよ。女の子はね、一晩寝たらガラッと綺麗になったり、背が伸びたりするもんなの! いわゆる、第二次成長期ってやつ? ねー、タツヤちゃん♪」


「せ、成長期なわけあるかぁっ! しかも第二次ってなんだよ!!」

達也はリリアの適当すぎる説明に、真っ赤になってツッコミを入れる。


しかし、マリアはそんな二人のやり取りを、真剣な表情で見つめている。リリアの冗談は全く通じていないようだ。

「…タツヤ。本当に、何があったんだ? 君のその変化は、普通の成長とは思えない。何か、君の体に良くないことが起きているんじゃないのか…?」

マリアの瞳には、本気で達也を心配する色が浮かんでいた。


(マリアには、リリアみたいな誤魔化しは通用しないか…)

達也は、マリアの真摯な問いかけに、どう答えるべきか、深く悩むのだった。


「…タツヤ。本当に、何があったんだ? 君のその変化は、普通の成長とは思えない。何か、君の体に良くないことが起きているんじゃないのか…?」

マリアの真摯な、そして心配に満ちた問いかけに、達也はこれ以上誤魔化しきれないと観念した。リリアも、隣で心配そうに(そして少し興味深そうに)達也の言葉を待っている。


達也は深呼吸を一つして、おそるおそる口を開いた。

「……実は、昨日の夜…マリアの血を飲んで、俺が気絶した後……夢を見たんだ」

「夢?」

「ああ…。自分でもよく分からないんだけど、夢の中で、俺とそっくりな、でも瞳が真っ赤な別の『俺』が出てきて…『もう人間には戻れない』とか、『吸血鬼としての本当の力が使えるようになる』とか、そんなことを言われたんだ…」


達也は、夢の中の出来事を正直に話した。ただし、酔っ払いを襲って血を吸った、あの強烈な快感については、どうしても口にできなかった。


「それで…目が覚めたら、体がこんな風に変わってた。なんでこうなったのか、これからどうなるのか、俺にも全然分からないんだ。ただ…怖くて…自分が自分でなくなっていくみたいで…」

声が震える。自分の身に起きている異常な変化への恐怖と戸惑いが、言葉の端々から滲み出ていた。


マリアは達也の話を黙って聞いていたが、その表情は険しい。彼女の知る伝承や知識の中に、これに合致するような事例はないのかもしれない。「夢の中のもう一人の自分…吸血鬼の力の覚醒…」と、難しい顔で呟いている。


リリアも、いつもの悪戯っぽい雰囲気はなく、真剣な顔で達也の話に耳を傾けていた。(やっぱり、ただ血を吸っただけじゃない、何か特別な『覚醒』が始まってるんだわ…)と、内心で事態の深刻さを再認識しているのかもしれない。


重い沈黙が車内に流れる。達也は、自分の告白が二人にどう受け止められたのか、不安でたまらなかった。


その沈黙を破ったのは、意外にも達也自身だった。

「………あー……なんか、色々話しちまったら、汗かいちまったな! 俺、ちょっとシャワー浴びてくる!」

突然、そう言って立ち上がったのだ。今のこの重苦しい雰囲気から、一刻も早く逃げ出したかったのかもしれない。


「え? あ、ああ…」マリアは少し戸惑っている。

リリアはすぐにニヤリと笑い、「あ、じゃあ私もー! 今日はまだ浴びてないしー!」と便乗しようとする。


「お前は後だ! まずは俺が一人で入る!」達也はリリアを牽制し、タオルと着替えを掴むと、そそくさと外部シャワーの準備を始めた。


結局、またしてもリリアが「えー、一緒がいいー」などと言いながら達也のシャワーに乱入しようとし、マリアが「こら、タツヤが困っているだろう!」とリリアを(半分呆れながら)窘め、達也が真っ赤になりながら大急ぎでシャワーを浴び、次にリリアがご機嫌でシャワーを浴び、最後にマリアも(少し遠慮がちにだが)さっぱりするためにシャワーを借りる…という、なんだかんだで三人が順番にシャワーを浴びる流れになった。


シャワーを終え、それぞれさっぱりとした(そして達也はぐったりと疲れた)三人は、キャンピングカーの中に戻った。外はもうすっかり暗くなっている。


「ふぅ…」達也は大きく息をついた。「もう今日は何も考えたくない…。寝るぞ」


「そうだね、それがいいよ」リリアも同意する。


そして、キャンピングカーのベッド(ダイネットを展開したメインのベッドスペース)で就寝の時間。当然のようにリリアが達也の隣に潜り込み、ぎゅっと抱きついてくる。達也はもはや抵抗する気力もなく、顔を赤くしながらもされるがまま。マリアは、そんな二人(特にリリアの行動)を呆れたような、しかしどこか微笑ましいような目で見ながら、運転席上のバンクベッドに静かに上がり、毛布にくるまった。


達也は、隣で安心しきったように寝息を立てるリリアの体温を感じながら、そしてすぐ上で自分たちを見守る(?)マリアの気配を感じながら、今日一日の目まぐるしい出来事と、自分の体に起きた変化、そしてこれからのことをぼんやりと考えていた。不安は消えない。でも、一人ではない。その事実に、ほんの少しだけ救われるような気持ちで、彼は深い眠りへと落ちていった。

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