鉢合わせ
リリアは、作り笑いの下に隠したはずの自分の心の傷を、達也に見透かされたような気がして、慌てて明るい声で誤魔化そうとした。「なーんてね! しんみりしちゃった? さーて! そろそろ本当に今日の予定を決めないとね!」
しかし、達也はそんなリリアの強がりを、黙って見つめていた。そして、彼女の痛みを少しでも和らげることができないか、あるいは、この重い空気を変えたいという思いからか、意を決して口を開いた。
「……なあ、リリア。俺が血を吸ったって、さっきアンタは言ったけど……それは、キャンピングカーに戻った後のことなんだ」
リリアはきょとんとした顔で達也を見た。「え? キャンピングカー?、うん…それで?」
「あの時…俺、自分の体が変だって気づいてなくて…瞳の色もおかしくなってて、そしたら…マリアが、キャンピングカーのところに来て…」
達也は言葉を選びながら、昨夜(正確には満月当日の未明から早朝にかけて)の出来事を、リリアに話し始めた。
「俺の瞳の色が変わってるのを見て、マリアも最初はすごく驚いて、警戒してた。剣にも手をかけてたし…俺も、もうダメかと思ったんだ。でも…」
達也は、マリアが剣から手を離し、自分に謝罪してきた時のことを思い出す。
「俺が『吸血鬼なんかじゃない!』って叫んで、取り乱してるのを見てたら…マリア、なぜか俺に謝ってきたんだ。『君を疑ってすまなかった』って。それから…」
達也は一度言葉を切り、深呼吸した。
「俺、ものすごく喉が渇いてて、普通の水じゃ全然ダメで…苦しんでたんだ。そしたら、マリアは…自分の腕を、剣で切って…」
「えっ!?」リリアは息をのんだ。
「そして、その血を…コップに注いで、俺に差し出してきたんだ。『君は悪い奴じゃないから』『助けたいだけだ』って言って…。正直、最初は信じられなかった。なんで敵かもしれない俺に、自分の血を差し出すんだって。でも、彼女の目は…すごく真剣だったんだ。だから…俺は、その血を…飲んだ」
リリアは黙って、達也の言葉に耳を傾けている。その赤い瞳は、驚きと、戸惑いと、そして何か別の複雑な感情を映していた。
「飲んだら、ものすごい感覚が来て…気絶しちまったんだけどな。でも、そのおかげで、今の俺のこの姿になったみたいだ。…だから、マリアは…少なくとも、俺の敵じゃなかった。むしろ、自分の身を危険に晒してまで、俺を助けてくれようとしたんだ。俺が吸血鬼って分かっても、見捨てないで…」
達也は、マリアの行動を思い返し、彼女への感謝と、そしてまだ完全には理解しきれない彼女の行動への戸惑いを込めて、そう語った。自分の変化の原因を作ったのはマリアの血だが、それは紛れもなく善意からの行動だった。
話し終えると、部屋には再び沈黙が訪れた。リリアは、達也の話をどう受け止めたのだろうか。彼女はゆっくりと顔を上げ、達也の目をじっと見つめた。その表情は、先ほどまでの悪戯っぽさも、悲しみも消え、どこか真剣で、そして少しだけ…嫉妬にも似た複雑な色を浮かべているように、達也には見えた。
達也は、マリアの行動とその時の自分の心情を、できるだけ正直にリリアに語った。彼女が自分の血を差し出してくれたこと、そして「友人として助けたい」と言ってくれたこと…。話し終えると、部屋にはしばし重い沈黙が流れた。リリアは赤い瞳でじっと床の一点を見つめ、何かを深く考えているようだった。
やがて、リリアはゆっくりと顔を上げた。しかし、その表情は達也が予想していたもの――驚きや同情――とは全く違っていた。彼女の赤い瞳には、静かだが、燃えるような怒りの色が宿っていたのだ。
「……ねえ、タツヤ」
リリアの声は低く、有無を言わせぬ響きを持っていた。
「な、なんだよ…?」達也は彼女のただならぬ雰囲気に、思わず身構える。
「あなた、さっき宿に戻ってくる時…あの**『家』(キャンピングカー)**、どうしてきたか覚えてる?」
リリアは鋭い目で達也を睨みつけた。
「え? キャンピングカー…? ああ、村の外れの草地に…」
達也がそこまで言いかけた時、リリアの言葉が雷のように突き刺さった。
「まさかとは思うけど、まだあの場所に、出しっぱなしにしてるなんてことはないでしょうね!?」
「―――っ!!」
達也は息をのんだ。そうだ、マリアが寝てることもあるが自分のことで精いっぱいで、急いで宿に戻ってきたため、キャンピングカーをアイテムボックスに収納するのを、またしてもすっかり忘れていたのだ!
「あ、いや、それは…その…急いでたから…その、つい…」
達也はしどろもどろになりながら言い訳をするが、リリアの怒りの形相は変わらない。
「急いでたからじゃないでしょ!!」リリアの声が、普段の彼女からは想像もできないほど大きく、そして厳しく部屋に響いた。「あれだけ言ったじゃない! あの箱はとてつもなく目立つし、アザリアの騎士団にいつ見つかってもおかしくないのよ!? あなたのその不用意で、考えなしの行動が、私たち二人をどれだけ危険な状況に晒してるか、まだ理解できないの!?」
リリアは珍しく、本気で怒っていた。その赤い瞳は真剣そのもので、達也を射抜くように見つめている。普段の悪戯っぽい態度は微塵もない。
「もし、あの箱が見つかって、あなたが『魔女』だって騒ぎが大きくなったらどうするつもりだったの!? 私まで巻き添えよ!? それとも何? 私の忠告なんて、どうでもよかったわけ!?」
リリアの正論と、その真剣な怒りに、達也は返す言葉もなかった。確かに、リリアの言う通りだ。リリアを心配するあまり、最も基本的な注意を怠ってしまった。自分の甘さが、またしても自分たちを危険に晒すところだったのだ。
(俺は…また同じような失敗を…! リリアの忠告も、マリアの優しさも、全部無駄にしてしまうところだった…)
達也は深く反省し、自分の愚かさに唇を噛み締め、ただうなだれるしかなかった。「……ごめん……」かろうじて、それだけを絞り出すのが精一杯だった。
リリアは、怒りのために肩で息をしていたが、うなだれる達也の姿を見て、やがて大きなため息をついた。その表情には、怒りだけでなく、深い呆れと、そしてほんの少しの疲労の色も浮かんでいる。
「……はぁ。もう、本当にあなたって子は、見てて飽きないけど、心臓に悪いわ……」
そして、少しだけ声のトーンを落とし、しかしきっぱりとした口調で言った。
「とにかく、今すぐあの箱を回収しに行くわよ。これ以上、あんな場所に放置しておくのは危険すぎる。その後で、今後のこと…あなたとのこと、そして私たちの安全について、もう一度、最初からちゃんと話し合わないとね」
リリアはそう言うと、達也の返事を待たずに部屋のドアへと向かった。
リリアに厳しく叱責され、自分の迂闊さを深く反省した達也は、うなだれたまま彼女の後について宿を出た。キャンピングカーを回収するため、昨夜それを出した街の外れの草地へと向かう。
人気の少ない通りを選んで歩いていた、その時だった。
前方から、一人の女性がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。見慣れた亜麻色の髪、傭兵の装束。マリアだ。彼女は昨夜、達也が自分の血を飲んで気絶した後、彼をキャンピングカーのベッドに寝かせ、自分はバンクベッドで仮眠を取っていた。そして今朝、達也がリリアの元へ向かった後、後を追ってきたのか、あるいは別の用事で出てきたところだったのかもしれない。
「あっ…!」
達也はマリアの姿を認め、ギョッとして足を止めた。隣にはリリアがいる。
マリアもまた、達也と、その隣にいる見慣れない銀髪赤眼の少女の姿に気づき、足を止めた。その表情には、達也の無事(?)を確認した安堵と、しかしリリアに対する強い警戒の色が浮かんでいる。彼女は昨夜の、達也の瞳が赤く染まり、自分の血を飲んで意識を失ったという異常事態を思い出していた。
リリアも、前方から歩いてくるマリアの、ただ者ではない雰囲気に気づき、赤い瞳に冷たい光を宿した。
三者が、数メートルの距離を置いて立ち止まる。
「タツヤ…」マリアが先に口を開いた。その声には、達也の体調を気遣う響きと、リリアへの警戒が含まれている。「昨夜は…その後、大丈夫だったのか? 目が覚めたのだな。…それで、そちらの方は、タツヤの知り合いか?」
マリアの視線が、鋭くリリアに向けられる。彼女は、昨夜タツヤの瞳が赤く変わったこと、そして彼が自分の血を欲したことを知っている。この銀髪の少女が、その原因に関係しているのではないかと疑っているのかもしれない。
その挑戦的な視線を受け止め、リリアはふわりと一歩前に出て、達也を背後にかばうような位置に立った。そして、その美しい顔に、猫が獲物を見つけた時のような、好戦的な笑みを浮かべた。
「あら、あなたこそ誰かしら? ウチのタツヤちゃん(昨夜の出来事で、リリアは達也を自分の保護対象か何かと認識したようだ)に何か御用? 見たところ、ただの人間みたいだけど、タツヤちゃんに馴れ馴れしいわね」
リリアの赤い瞳が、マリアの瞳を真っ直ぐに見据える。
「…私はマリア。タツヤとはアザリアから…いや、それ以前からの付き合いだ」マリアも一歩も引かずに答える。「君こそ、タツヤに近づいて何をしようとしている? その気配…普通の人間ではないな?」
マリアの右手は、自然と腰の剣の柄に添えられている。
(うわぁ…うわぁぁ…またこのパターンかよぉぉ…!)
二人の間に挟まれ、達也は完全にオロオロするしかなかった。マリアは昨夜の俺の異常を知っている。リリアは俺が吸血鬼だということ、そしてアイテムボックスの力を持っていることを知っている。この二人が鉢合わせたら、絶対にややこしいことになる!
マリア(タツヤの異変を知る傭兵)とリリア(タツヤと同族の吸血鬼)。その間で、達也はただただ青ざめて二人を見比べることしかできないのだった。




