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小説みたいに上手くはいかない

「さて、次は君の番だ」マリアは値踏みするような目で達也を見た。「ハルカ村について、もう少し詳しく教えてもらおうか。どの辺りにあるんだ? それと、薬草採りと言ったが、どんな薬草を探していたんだ?」


マリアの真っ直ぐな視線に、達也は内心で冷や汗をかいた。咄嗟についた嘘だ、詳細を詰められると弱い。


「え、えっと、ハルカ村は…そうだな、この草原を西…いや、南西だったか? その辺りをずーっと行った先にある小さな村だ。俺は田舎者だから細かい方角とかはよく分からんのだ」


「方角が分からない? 自分の村の場所をか?」マリアの眉がピクリと動く。疑いの色が濃くなったのが分かった。


「そ、それに薬草は…えーっと、なんかこう、キラキラ光る感じのやつで…名前は…えーっと…なんだっけな…」達也は必死に頭を回転させるが、都合の良い名前など浮かんでこない。通販サイトの商品リストを思い浮かべようとするが、焦りでそれも上手くいかない。


「…おい」マリアの声のトーンが、一段低くなった。その鳶色の瞳が、鋭く達也を射抜く。「君、本当にハルカ村の者か? 話がおかしすぎないか?」


「なっ…! 失礼な! 俺は田舎者だって言ってるだろうが!」達也は虚勢を張って声を荒げるが、内心はパニック寸前だった。(ヤバい、完全に怪しまれてる…!)


マリアは何も言わず、じっと達也の目を見つめる。その沈黙が、達也の心臓をさらに締め付けた。もう誤魔化しきれないかもしれない、と観念しかけた、その時だった。


「…う…っ!?」


突然、マリアが短い呻き声を漏らした。見ると、その顔色は急速に蒼白になり、額には脂汗がびっしょりと浮かんでいる。体がぐらりと揺れ、片手で額を押さえた。


「お、おい…?」


達也が戸惑いの声を上げる間もなく、マリアの体から力が抜けた。糸が切れた人形のように、彼女はその場に膝から崩れ落ち、ガタン、と鈍い音を立ててドアのすぐ外に倒れ込んでしまった。


「マリア!? おい、しっかりしろ!」


達也は思わず叫び、ドアの隙間から身を乗り出そうとするが、ドアチェーンがそれを阻む。倒れたマリアはピクリとも動かず、荒い呼吸だけが聞こえてくる。


嘘がバレるかもしれないという危機は、思いがけない形で回避された。しかし、目の前には倒れた人間がいる。原因は不明だが、グリフォンとの戦闘のダメージが今になって出てきたのか、あるいは極度の疲労か、それとも別の病気か。


(どうする…!?)


このまま放置すれば、マリアは死んでしまうかもしれない。だが、ドアを開けて助け入れれば、もし意識を取り戻した時に襲われるリスクもある。それに、この少女の体で介抱などできるのだろうか?


達也は、倒れたマリアと、キャンピングカーの中という安全な空間を交互に見比べ、激しく葛藤するのだった。


(くそ…どうすりゃいいんだ…!?)


目の前で倒れ、苦しげな呼吸を繰り返すマリア。達也の頭の中では、警戒心と、わずかな良心が激しくぶつかり合っていた。見捨ててしまえば、この草原でマリアが助かる可能性は低いだろう。そうなれば、貴重な情報源を失うだけでなく、後味が悪すぎる。


(…仕方ない!)


腹を括るしかない。達也はゴクリと唾を飲み込み、倒れたマリアの腰にある剣以外に、他に武器を隠し持っていないか、ドアの隙間から素早く確認した。特に怪しいものは見当たらない。


レンチをすぐ手に取れる助手席に置き、達也は震える手でドアチェーンを外した。カチャリ、という小さな金属音が、やけに大きく車内に響く。


ゆっくりとドアを全開にする。改めて間近で見るマリアは、やはり顔色が悪く、呼吸も浅い。達也はマリアの脇に腕を差し込み、力を込めてキャンピングカーの中に引きずり込もうとした。


「ぐ…っ、重い…!」


予想はしていたが、少女の非力な腕力では、鍛えているであろう傭兵の体を運ぶのは至難の業だった。それでも、必死に引きずり、なんとか車内の通路にマリアを横たえることができた。ぜえぜえと息を切らしながら、達也はすぐにマリアの容態を確認する。脈は弱く、呼吸も浅い。額に触れると、ひどく熱い。グリフォンとの戦闘の傷か、あるいは過労によるものか、原因は分からないが危険な状態であることは確かだった。


(こうなったら…!)


達也はすぐに意識を集中し、脳内に異世界通販のサイトを展開した。検索窓に、思いつく限りの単語を打ち込んでいく。


「治療薬! 回復ポーション! 状態異常回復! 診断! 何でもいい、何か…!」


膨大な商品リストが脳内を流れていく。食料品や日用品がほとんどだが、中にはファンタジー的なアイテムも散見される。そして、ついにいくつかの候補を見つけ出した。


『低級ヒールポーション』: 【効果】軽度の外傷、疲労を回復させる。即効性あり。価格:5,000円

『万能解毒薬(試供品)』: 【効果】一般的な毒、麻痺を解除。効果は穏やか。価格:3,000円

『応急手当セット(異世界版)』: 【効果】包帯、消毒薬、軟膏など。治療魔法の心得がなくても使える説明書付き。価格:15,000円

『簡易診断の巻物』: 【効果】対象の健康状態、状態異常(呪い・毒・病気など)を簡易的に表示する。使い捨て。価格:50,000円

(ご、5万!? たっか! でも、原因が分からなきゃポーションも無駄になる可能性があるし…くそっ、背に腹は代えられないか!)


達也は自分の銀行口座の残高(転生前の貯金がそのまま反映されているらしい)を一瞬思い浮かべ、眉をひそめた。決して少ない額ではないが、無駄遣いはできない。それでも、今は人命(と情報源)が優先だ。


「くそったれ!、『簡易診断の巻物』!」


購入ボタンを押し、アイテムボックスから羊皮紙のような巻物を取り出す。説明書きによれば、対象に向けて開くだけでいいらしい。達也はマリアに向けて、おそるおそる巻物を開いた。


すると、巻物から淡い光が放たれ、マリアの体の上に半透明の文字が浮かび上がった。


【対象:マリア】

【状態:衰弱(重度)、魔力枯渇(中度)、軽度の打撲傷(複数)】


(衰弱と魔力枯渇…? グリフォンとの戦闘で魔力も使ったのか? それに打撲傷…)


原因が判明したことで、少しだけ安堵する。少なくとも毒や呪いの類ではないようだ。


「次は…これだな! ポーション一本5000円か…これも痛い出費だが…」


達也は再び通販サイトを開き、今度は迷わず『低級ヒールポーション』をとりあえず2本(これで1万円…)と、栄養価の高そうなスープ(レトルト、これは数百円で助かった)、そして念のため『応急手当セット(1万5千円)』も購入した。短時間で7万5千円以上の出費だ。異世界、恐るべし。


すぐにアイテムボックスから赤く輝く液体が入った小瓶――ヒールポーションを取り出す。蓋を開け、マリアの口元へそっと運び、少量ずつ流し込んでいく。


ゴクン、とマリアがかすかに液体を飲み込む音がした。達也は固唾を飲んで、その効果が現れるのを待った。


達也が固唾を飲んで見守る中、マリアの口元に運ばれた赤いポーションは、ゆっくりと彼女の喉を通っていった。5千円という値段に見合う効果があるのか、達也は祈るような気持ちだった。


すると、数分もしないうちに、目に見える変化が現れた。

マリアの苦しげだった呼吸が、少しずつ穏やかな寝息に変わっていく。蒼白だった顔にも、わずかに血の気が戻ってきたようだ。


「…効いた、のか?」


達也は安堵の息を漏らした。完全に回復したわけではないだろうが、少なくとも危険な状態は脱したように見える。もう一本ポーションを使うか迷ったが、今は安静にさせておくのが一番だろうと判断した。


「しかし、こんな通路で寝かせておくわけにもいかないよな…」


狭い軽キャンパーの通路で、マリアは窮屈そうに横たわっている。達也は再びマリアの体を持ち上げようと試みた。


「よっ…こらしょ…! うぐぐ…やっぱり重い!」


先ほどよりはマリアの体が少し軽くなったような気もしたが、それでも少女の腕力で運ぶのは大変な重労働だ。汗だくになりながら、なんとかキャンピングカー後部のダイネットスペース(夜はベッドになる)にマリアを運び、クッションと毛布を使って寝かせることができた。


ベッドに横たわるマリアの寝顔は、先ほどまでの苦悶の表情が嘘のように穏やかだった。まだ疲労の色は濃いが、命の危機は去ったようだ。達也は額の汗を拭い、息をついた。


(とりあえず、一安心、か…)


一連の出来事で、達也自身もどっと疲れを感じていた。警戒と緊張、そしてマリアを運ぶ肉体労働ですっかり消耗してしまった。運転席に座り、通販で買ったスポーツドリンク(これは安かった)を飲んで一息つく。


マリアがいつ目を覚ますか分からないが、それまでは特にやることもない。手持ち無沙汰になった達也は、ふとアイテムボックスの中身を思い出した。


「そうだ、あいつがあったな…」


アイテムボックスから取り出したのは、転生前に愛用していた薄型のノートパソコンだった。異世界にまで持ってきてしまったらしい。ダメ元で電源ボタンを押してみると、バッテリー残量を示すランプが点灯し、見慣れたOSの起動画面が現れた。


(動くのか…! まあ、ネットは繋がらないだろうけど)


予想通り、Wi-Fiのアイコンにはバツ印がついている。だが、オフラインでもできることはある。達也は保存してあったいくつかのファイルを開いてみた。転生前に撮りためたキャンプの写真、ダウンロードしておいた電子書籍、いくつかのお気に入りのゲーム…。元の世界の思い出が詰まったデータに、少しだけ感傷的な気分になる。


結局、達也はシンプルなオフラインのパズルゲームを起動して、黙々とプレイし始めた。頭を空っぽにするには、これが一番だ。


カチカチ、とマウスをクリックする音だけが車内に響く。マリアは静かに寝息を立てている。

しばらくそうしていると、不意にキャンピングカーの屋根を何かが叩く音が聞こえ始めた。


ポツ…ポツポツ…


音は次第に数を増し、やがてザーッという本格的な雨音に変わった。窓の外を見ると、草原の景色が雨に霞んでいる。車窓を雨粒がいくつも流れ落ちていく。


さっきまでの緊張感が嘘のように、車内は雨音とマリアの寝息だけが聞こえる、静かで閉鎖的な空間になった。

達也はゲームの手を止め、窓の外を流れる雨をぼんやりと眺めた。


(雨か…。まあ、この中は安全だし、しばらくは動けないな)


一時の安らぎ。だが、この雨が上がった後、マリアが目を覚ました時、また新たな問題が待っているのかもしれない。達也は小さくため息をつき、再びノートパソコンの画面に向き直った。

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