再会
リベルの街の外れ、人目につかない草地に出現させたキャンピングカーの中。達也は運転席に座り、ノートパソコンの画面に広がるRPGの世界に没頭していた。
(よし、レベルアップ! 新しいスキルも覚えたぞ!)
使い慣れたキーボードとマウスを操作し、画面の中の自分の分身(勇者か何かだろう)を操る。次々と現れるモンスターを倒し、アイテムを集め、クエストをこなしていく。元の世界で熱中していたゲームだ。グラフィックも音楽も、ストーリーも、何もかもが懐かしい。
外の世界のこと――リリアのこと、満月のこと、自分が吸血鬼かもしれないという恐怖、アザリアからの追っ手の可能性、資金のこと――それらを一時的にでも忘れるために、達也はこの仮想の世界に逃げ込んでいた。エンジンは切っているため、車内は静かだ。時折、パソコンの冷却ファンが回る音と、達也がマウスをクリックする音だけが響く。FFヒーターのおかげで車内は快適な温度に保たれていた。
(…こっちの世界の方が、よっぽどマシだよな…)
ゲームの中では、自分は強く、頼れる仲間もいて、明確な目標がある。しかし、現実はどうだ? 訳も分からず異世界に飛ばされ、性別が変わり、もしかしたら人間ですらなくなっていて、得体の知れない吸血鬼につきまとわれ、街の権力者からは魔女だと疑われ、常に危険と隣り合わせ…。
達也はゲームを進めながらも、ふとした瞬間に現実を思い出し、深いため息をついた。
数時間、ノートパソコンのRPGゲームに没頭していた達也は、さすがに目と肩が疲れてきたのを感じ、大きく伸びをした。窓の外を見ると、空は既に夕焼け色に染まり始めており、間もなく夜が訪れようとしている。
(ふぅ…さすがにやりすぎたか。でも、少しは気が紛れたかな…)
ゲームで汗をかいたわけではないが、なんとなく体がべたつくような気がする。それに、今夜もこのキャンピングカーで一人で過ごすとなると、寝る前にさっぱりしておきたい。
「…よし、シャワーでも浴びるか」
達也はそう呟き、外部シャワーの準備を始めた。FFヒーターで温水を作り、タオルと着替えを用意する。そして、シャワーヘッドを手に取り、スイッチをひねった。
チョロチョロ…ポタッ……シーン。
「……え?」
勢いよくお湯が出てくるはずが、ほんの少し水が出ただけで、すぐに止まってしまった。
「嘘だろ!? もう水なしかよ!」
達也は慌てて車内のタンク残量計を確認するが、針は完全に「E」を指している。空っぽだ。
(そういえば…俺とリリアが結構使ったもんな…。思ったよりタンクの容量、少なかったのか…)
深いため息が漏れる。シャワーを浴びる気満々だっただけに、この仕打ちは堪える。
「くそっ…なんで俺がこんな目に…」
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。達也は渋々、異世界通販を開いた。検索するのは「飲料水 大容量」。いくつかのメーカーの、20リットル入りの大きなポリタンクがヒットした。値段はそれほど高くない。
「…これを、何往復すればいいんだ…」
達也はうんざりしながらも、ポリタンクを3つ購入した。アイテムボックスから一つ取り出すと、ずしりとした重みが少女の細い腕にのしかかる。これをキャンピングカーの給水口まで運び、タンクに注ぎ込む。そしてまたアイテムボックスから次のポリタンクを出し…。地味で、ひたすら骨の折れる作業だ。非力な少女の体には、20リットルのポリタンクを運ぶだけでも重労働だった。
「はぁ…っ、はぁ…! なんで…シャワー浴びるだけで…こんな重労働を…!」
額に汗を浮かべ、息を切らしながら、達也は何度もポリタンクと給水口を往復した。周囲はいつの間にかすっかり暗くなり、月明かりと、キャンピングカーから漏れる室内灯だけが頼りだ。
ようやくタンクに十分な水が満たされ、達也は汗と埃でドロドロになりながら、もはや執念で外部シャワーの前に立った。今度こそ勢いよく温かいお湯が噴き出す。
「ふぅぅぅぅ…………やっとだ…………」
達也は湯気に包まれ、目を閉じ、お湯の温かさに全身の力が抜けていくのを感じていた。今日の様々な出来事、リリアのこと、満月のこと、自分の体のこと…それら全てが、シャワーのお湯と共に流れ落ちていくような、そんな錯覚さえ覚える。
―――その時だった。
ふと、背後に人の気配を感じた。それも、かなり近い距離に。
(!?)
達也は驚いて勢いよく振り返った! シャワーの湯気が晴れると、数メートル離れた場所に、月明かりを背にして静かに佇む人影が見えた。腰に下げた剣のシルエット、見慣れた傭兵の装束…。
「………タツヤ。こんな所で、また奇妙な水浴びをしているのか?」
その声は、紛れもなく―――
「マ、マリア!?!?」
達也はシャワーを浴びている途中だということも忘れ、素っ頓狂な声を上げた。なぜ彼女がここに!? どうやってこの場所を!? まさか、ずっと見られていたのか!?
マリアは、剣の柄に手をかけたまま、複雑な、そしてどこか呆れたような表情で、バスタオルも持たずにシャワーを浴びている(そして今、硬直している)達也を見つめていた。




