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怒るリリア

「ねえ、どうしたの? そんなに慌てて。窓の外に何かいた? もしかして、怖い魔物でも見ちゃった?」

リリアが、ベッドから身を乗り出して、心配そうに(あるいは面白そうに)尋ねてくる。


達也は、カーテンの隙間からマリアが完全に通り過ぎたのを確認し、ようやく窓から離れた。しかし、心臓の動悸はまだ収まらず、顔は青ざめたままだ。リリアにどう説明すべきか、頭の中で必死に言葉を探す。隠し通すべきか? いや、マリアがこのリベルにいる以上、隠していてもいずれバレる。それに、リリアにも危険が及ぶ可能性があるなら、正直に話すべきだ。たとえ、それでこの奇妙な同行が終わってしまっても…。


達也は意を決し、ベッドの端に力なく座り込んだ。そして、俯き加減のまま、重い口を開いた。


「……いや、魔物じゃない。人だ。……さっき、窓の外に、アザリアの街まで、成り行きで一緒に行動してた傭兵がいた気がするんだ」


「え? 一緒に行動してた? あなた、一人じゃなかったのかい?」リリアは少し驚いた顔をして聞き返した。


「ああ…まあな。マリアって言うんだけど…あの草原で偶然出会ってな。 俺も行くあてがなかったし、彼女もアザリアに向かうって言うから、道中を一緒に…。それでアザリアの街門まで来たはいいんだけど…」


達也は言葉を選びながら続ける。

「俺は、やっぱりあの変なキャンピングカーのせいで怪しまれて…『魔女』の疑いがあるって、衛兵に捕まっちまったんだ。マリアの方は、傭兵ギルドに登録があったから先に解放されて…それで、俺とはそこではぐれる形になった」


「牢屋に!? あなた、そんなことになってたの!?」リリアは目を見開いた。


「ああ…一晩、石造りの冷たい牢屋に入れられた。明日から尋問だって言われて…怖かったし、頭にきたし…だから、その…」達也は少し言い淀んだが、続けた。「…なんとか、自力で牢屋から逃げ出したんだ。それで、乗り合い馬車に乗ってここまで…」


「脱走まで!? ちょっと、あなた、思った以上に無茶するじゃない!」リリアは呆れたように言ったが、すぐに表情が険しくなる。


「…それで、リベルへ来る途中の馬車でも、そのマリアに見つかりそうになって…なんとか振り切ってきたんだけど…さっき、このリベルの街中で、また姿を見た気がするんだ。俺を探してるのかもしれないし、別の目的かもしれないけど…もし俺を探してるなら、マリアがここにいるってことは、アザリアの騎士団も、もう近くまで…?」

達也の声は不安に震えていた。


「……ふざけるな……あのアザリアの騎士団のやつら!!」


リリアの声は低く、鋭く、抑えきれない怒りに震えていた。達也は彼女の予想外の反応に驚いて顔を上げる。


「ただ通りかかっただけの、しかも子供にしか見えないあなたを、ろくに調べもせずに『魔女』だと決めつけて牢屋に入れるなんて! なんて傲慢で、理不尽なのよ!」

リリアはぎゅっと拳を握りしめる。

「それに、あそこの連中は吸血鬼の力を狙ってるっていう黒い噂もある…。もしあなたが、あの時もっと無防備だったら、もし私がいなかったら、どうなっていたか…! 想像するだけで虫唾が走るわ! 許せない…!」


それは、達也に向けられた怒りではなかった。明らかに、アザリアの権力者たちの横暴に対する、強い義憤だった。


「リ、リリア…?」達也は戸惑いながら彼女の名前を呼んだ。


リリアはハッと我に返ったように達也を見た。そして、燃えるような怒りの表情から一転、今度は達也の身を案じるような、深い同情のこもった眼差しを向けた。

「…ごめん、ついカッとなっちゃった。でも…あなたは、本当に大変だったんだね、タツヤ。怖かったでしょう…。牢屋に一人で入れられて…そこから自力で逃げ出すなんて、すごいよ。本当に、よく頑張ったね」

リリアはそう言うと、そっと達也の肩に手を置いた。その手は少しひんやりとしていたが、不思議と温かく感じられた。


その、思いがけない優しい言葉と、自分のために真剣に怒ってくれるリリアの姿に、達也は戸惑いつつも、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩むのを感じた。アザリアでの恐怖、孤独、そして理不尽な扱い…。それを理解し、怒ってくれる人が、すぐ隣にいる。その事実に、少しだけ救われたような、そして同時に照れくさいような気持ちになった。


「……別に…たいしたことじゃ…ない…」

達也は、込み上げてくる感情を隠すように、やはり俯いてしまった。リリアのまっすぐな同情と怒りが、今は少しだけ眩しく、そして気恥ずかしい。


部屋には、リリアの静かな怒りの余韻と、達也への気遣いが混じり合った、不思議な、しかし以前よりずっと温かい空気が流れていた。二人の間には、まだ多くの謎や秘密がある。しかし、この出来事を通して、彼らの間には単なる利害関係や好奇心を超えた、確かな繋がりが、確かに生まれ始めているのかもしれなかった。

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