姉妹(再)
商業ギルドでの用事を終え、冒険者ギルドには近づけないと知った達也とリリア。時刻はちょうど昼時になっており、達也の腹の虫がぐぅ、と鳴った。
「…腹、減ったな」
「だねー。ちょうどお昼だし、何か食べよっか」リリアも同意する。
二人は活気のあるリベルの街を歩き、食堂を探した。大通りには立派な店構えのレストランもあったが、今の達也たちの身なり(と懐具合)では入りにくい。結局、少し入り組んだ路地裏で見つけた、地元の労働者や旅人で賑わう、安くて気取らない感じの小さな食堂に入ることにした。
木のテーブルと椅子が並ぶ、少し薄暗いが活気のある店内。達也は壁に貼られたメニューを見たが、やはり文字が読めない。リリアに小声で尋ねると、彼女は慣れた様子でいくつかの料理を指さし、「こっちは豆と干し肉の煮込み、こっちは鳥の串焼き。どっちも安いし、味もまあまあだよ」と教えてくれた。達也は煮込みと黒パンを、リリアは串焼きを注文した。
運ばれてきた料理は、見た目は素朴だったが、なかなか良い匂いがした。達也が熱い煮込みをスプーンで口に運ぶと、豆の優しい甘さと干し肉の塩気が体に染み渡る。味は悪くない。
食事を進めながら、達也はずっと気になっていたことを、意を決してリリアに尋ねてみた。
「…なあ、リリア。アンタがこのリベルに来た目的って、結局なんなんだ? 前に『調べたいことがある』って言ってたけど…具体的には?」
リリアは鶏肉の串焼きを美味しそうに頬張りながら、達也の質問にきょとんとした顔を向けた。そして、あっさりと、まるで今日の天気の話でもするように答えた。
「んー? 私の目的? ああ、それはね、『同族』を探すことだよ。私と同じ、夜を生きる仲間…吸血鬼を探してたんだ」
「ど、同族を探す…?」達也は驚いて聞き返した。アザリアで達也を見つけたのは、偶然だったのだろうか?
リリアは串から肉を外し、悪戯っぽくニッと笑って達也を指さした。
「ま、その目的はね、あなたを見つけちゃったから、もう半分以上叶ってるんだけどね! まさか、あんな街道沿いの馬車の中で出会えるなんて、運命感じちゃうなー!」
「なっ…! だから俺は、吸血鬼だって決まったわけじゃ…!」達也は慌てて反論しようとするが、リリアは「えー? でも匂いはするよ? 自覚ないだけだってー」と全く取り合わず、楽しそうに笑っている。
(こいつ…本気で俺を吸血鬼だと思い込んでるのか…? それとも、からかってるだけ…?)
達也はリリアの真意を図りかね、なんとも言えない複雑な気持ちで、残りの煮込みスープを啜った。リリアはといえば、目的が(彼女の中では)達成されたことで安心したのか、あるいは新たな「おもちゃ」(達也のことだ)を見つけて満足なのか、どこか上機嫌な様子で食事を続けている。
異世界の食堂で、吸血鬼(確定)と吸血鬼(疑惑・TS転生者)が、それぞれの思惑を胸に昼食をとる。二人の奇妙な関係は、この自由都市リベルで、ますます混迷を深めていきそうだった。
異世界の食堂で、達也にとっては少し複雑な、リリアにとっては上機嫌な昼食を終えた二人。店を出ると、午後の日差しが石畳を照らしていた。
「さて、と…」達也は気持ちを切り替える。「まずは今夜の寝床を確保しないとな。いつまでもキャンピングカーを出しておくわけにもいかないし」
「宿探しだねー。どんなところがいいの? まさかさっき言ってた『お金がないから物々交換で泊まったんだ』とか言わないよね?」リリアがニヤニヤしながらからかう。
「う、うるさい! もう金はある!」達也は昨日手に入れた金貨の重みを確かめるように懐を押さえた。「とにかく、安くて、安全で、あまり目立たない宿がいい」
「ふーん、注文が多いなぁ。まあ、リベルならそういう宿も選び放題だと思うけどね」
二人は再びリベルの活気あふれる通りを歩き始めた。大通りには、見るからに高級そうな、立派な装飾が施された宿屋が軒を連ねている。屈強な鎧を着た護衛を連れた商人や、きらびやかな服を着た貴族らしき人々が出入りしており、今の達也たちには完全に場違いな場所だ。
「ああいうのは無理だな…」
「だねー」
二人は大通りを避け、脇道へと入っていく。道幅は狭くなり、建物の雰囲気も少しずつ変わってきた。工房らしき場所から槌音が聞こえたり、香辛料や薬品の混じったような匂いが漂ってきたりする。道行く人々の服装も、より実用的で、中には武器を携帯している者も増えてきた。
達也はスマホの翻訳機能を使いながら、壁に打ち付けられた宿屋の看板を探す。「銀竜亭」「石壁の宿」「旅人の羽根布団」…様々な名前の宿があるようだ。リリアは達也の後ろをついてきながら、「あそこの宿は昔、盗賊ギルドの隠れ家だったって噂だよ」とか「ここの亭主はドワーフで、頑固だけど料理は美味いらしい」とか、どこで仕入れたのか分からないような情報を時折囁いてくる。
やがて、二人は特に古びた建物が密集し、少し埃っぽいが妙な活気のある一角にたどり着いた。安宿が多く集まっている地区のようだ。道の両脇には、「一泊銅貨10枚!」「エール飲み放題!」「ワケありさん歓迎!」といった、いかにもな看板がいくつも並んでいる。酒場の喧騒や、怪しげな路地裏からの視線も感じる。
「…この辺りか」達也は少し警戒しつつ、宿を選び始めた。値段の安さは魅力だが、あまりに治安が悪そうな場所は避けたい。いくつかの宿の外観や、出入りする客層を慎重に観察する。リリアは「どこでもいいよー。私、最悪そこらへんの屋根裏とかで寝れるし」と相変わらずの調子だ。
そして、比較的人通りが少なく、建物もそこまでボロくはない(ように見える)、「銀の寝床亭」という名の、控えめな看板を掲げた宿の前で足を止めた。
「…ここにするか」
達也は意を決して、その宿の木のドアを押した。中は薄暗かったが、カウンターの奥に、人の良さそうな、しかし少し疲れた顔をした人間の男性が座っていた。宿の主人だろう。
「いらっしゃい。泊まりかい?」主人はぶっきらぼうに尋ねてきた。
「あ、ああ。一晩、一部屋。いくらだ?」達也も少し緊張しながら答える。
「素泊まりで銅貨12枚。食事付きなら20枚だ」
「じゃあ、素泊まりで」達也は懐から銀貨を取り出し、支払いをする。(銅貨でお釣りが返ってきた)
主人は無言で古びた部屋の鍵をカウンターに置いた。達也がそれを受け取る。これで今夜の寝床は確保できた。ホッと息をつき、隣のリリアを振り返ると…
リリアは、達也の後ろでキョロキョロと宿の中を物珍しそうに見回しているだけで、自分が泊まる部屋を確保しようとする気配は全くない。
「……おい!」
達也は思わずツッコミを入れた。
「アンタはどうするんだよ!? 自分の部屋、取らないのか!?」
するとリリアは、きょとんとした顔で達也を見た。まるで、達也が何を言っているのか分からない、というように。
「え? なんで? 部屋なら、あなたが取ってくれたじゃない」
「いや、これは俺の部屋だろ!?」
「だから、私もタツヤと一緒の部屋に泊まるに決まってるじゃない。私たち、**『姉妹』**なんでしょ?」
リリアは、悪びれる様子もなく、当然のように言い放った。
「だから姉妹じゃないって言ってんだろおおおぉぉぉ!!!」
達也の悲鳴に近いツッコミが、安宿の静かな(?)ロビーに響き渡った。宿の主人は、そのやり取りを見て、やれやれという顔でため息をついている。達也の受難は、リベルに着いてもまだまだ続きそうだった。




