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テレビ

吸血鬼の力の恐るべき可能性、アザリア騎士団の不穏な動き、そしてリリア自身の孤独と切実な願い。あまりにも多くの重い情報と感情が一気に押し寄せ、達也の頭はパンク寸前だった。


リリアの赤い瞳が、答えを求めるように真っ直ぐに達也を見つめている。しかし、今の達也に、この重大な決断を即座に下すことはできなかった。


「……ごめん。話が…あまりにも重すぎる。それに、俺自身、自分が本当に吸血鬼なのかどうかも、まだ信じられない…」達也は正直な気持ちを口にした。「だから…少し、考えさせてくれないか。すぐには、答えを出せない」


リリアの表情に、一瞬、影が差したように見えた。しかし、彼女はすぐにそれを隠すように、少し寂しげに微笑んだ。

「…うん、分かった。そうだよね、急にこんなこと言われても困るよね。でも、あんまり長く考えないでくれると嬉しいな」

リリアは意外にもあっさりと引き下がってくれた。


気まずい沈黙が車内に落ちる。それを破るように、達也のお腹が「ぐぅ〜」と鳴った。そういえば、朝からまともな食事はホットケーキだけだった。


「……」

「……」


達也は照れ隠しのように、「…と、とりあえず、飯にするか!」と提案した。リリアも「…そうだね」と頷く。


達也は立ち上がり、キッチンエリア(カセットコンロとシンクがあるだけの狭いスペースだが)へ向かった。

(さて、何にするか…ちゃんと作る気力はないしな。レトルトでいいか)


達也はポケットのスマートフォンを取り出して操作するフリをしながら、異世界通販サイトにアクセスした。食品カテゴリを開き、「レトルトカレー」と検索する。


すると、脳内に、元の世界で見慣れた様々なレトルトカレーのパッケージ画像がずらりと表示された。


(お、結構種類あるじゃん。ビーフ、ポーク、チキン…甘口、中辛、辛口…キーマカレーなんてのもあるな)


達也は商品リストをスクロールしながら考える。

(俺は中辛のビーフがいいけど、リリアは辛いの大丈夫かな? 吸血鬼って味覚どうなってんだろ…? まあ、無難に中辛にしとくか)


値段を確認する。一袋300円から、少し高いものでも600円程度だ。これならまだ手持ちの日本円(の残高)で問題なく買える。


達也は自分用に中辛ビーフカレーを、リリア用に中辛チキンカレーを選んだ。それから、温めるだけで食べられるパックご飯も二人分カートに入れる。合計金額が1000円ちょっとであることを確認し、「購入」ボタンを押した。


「よし、と」


達也は、アイテムボックスから購入したばかりのレトルトカレーの箱二つとパックご飯を(リリアには、まるでキッチンの収納棚の奥から取り出したかのように自然な動作で)取り出した。


「え? それが材料かい? 袋に入ってるけど…」リリアが、レトルトパウチの入った箱を不思議そうに指さして尋ねる。


「まあな。これは『レトルト』っていう特別な方法で調理されてて、この袋のままお湯で温めるだけで、出来立てみたいに美味いカレーライスが食べられるんだ。俺の故郷のすごい技術だ」

達也は少しだけ胸を張って(受け売りだが)説明すると、カセットコンロに火をつけ、鍋にお湯を沸かし始めた。レトルトパウチを熱湯に入れ、パックご飯も一緒に温める。やがて、スパイシーで食欲をそそるカレーの香りが、少しずつ車内に漂い始めた。


達也はキャンピングカーの小さなキッチン(カセットコンロと小さなシンクがある)で、手早く夜ご飯の準備を始めた。


温めたカレーをご飯にかけ、ほかほかの湯気を立てるそれをテーブルに並べる。見たこともない茶色いドロリとしたソースと、独特のスパイシーな香りに、リリアは「これは…また新しい料理かい?」と興味津々な様子だ。


「カレーライスっていうんだ。まあ、これも俺の故郷の料理だよ。ちょっと辛いかもしれないけど」


達也の説明を聞きながら、リリアはスプーン(フォークより使いやすいだろうと達也が渡した)で恐る恐るカレーライスを口に運んだ。そして、次の瞬間、目を大きく見開いた!


「なっ!? こ、これも美味い!! なんだこの…複雑な香りは!? いろんな味がする! それに、このピリッとした刺激(辛さ)が、食欲をすごくそそる! こんな味は初めてだ!」

リリアは、カップラーメンやホットケーキとは全く違う、スパイシーで濃厚なカレーの味に、みたび衝撃と感動を覚えていた。スプーンを持つ手が止まらず、夢中でカレーライスをかき込んでいる。


「そ、そんなに美味いか?」達也はリリアの食べっぷりに少し呆れながらも、自分の(作ったわけではないが)提供したもので喜んでくれるのは、悪い気はしなかった。食事の間だけは、二人の間に漂う重苦しい空気も、少しだけ和らいだ気がした。


リリアはまだカレーライスの衝撃的な美味しさの余韻に浸っているようだった。「あの辛さと香りは癖になるな…」などと呟いている。達也は食器を洗い、テーブルを拭きながら、ふと計器類に目をやった。キャンピングカーのサブバッテリーの残量計の針が、予想以上に下がっている。


(おっと…もうこんなに減ってるのか。FFヒーターも点けてるし、昼間も使ったしな。このままだと、朝までバッテリーが持たないかもしれない…)


達也は、隣でまだカレーの感想をぶつぶつ言っているリリアに声をかけた。

「なあ、リリア。悪いけど、少しの間だけエンジンかけるぞ。この車の動力源になっている『電気』を、ちょっと補充しておきたいんだ」


「? ふーん、でんき? まあ、君の好きにしなよ」リリアはよく分からないといった顔で頷いた。バッテリーという概念はもちろん、電気という言葉も彼女にはピンと来ていないだろう。


達也は運転席に移り、キーを回してエンジンをかけた。ブロロ…と快調な音が響く。

(よし、これで充電されるだろ…ん?)


達也がメーターを確認しようとした、その時だった。キャビンの中に設置されていた小型液晶テレビの画面が、パッと勝手に明るくなったのだ。電源は入れていないはずなのに。


画面には、見慣れたニューススタジオの光景。そして、スーツ姿のキャスターが、落ち着いた口調で何かを伝えている。画面の隅には、日付と時刻が表示されていた。


【2023/05/01 (月) 15:24 JST】


「なっ…!? テレビが映ってる! しかも、俺がいなくなって数日後の日本のニュースか…!」

達也は思わず声を上げた。エンジンをかけるとテレビが受信できる、という事実に驚きつつ、画面に映る日付を見て、元の世界との時間のズレが(今のところ)ほとんどないことに、改めて少しだけ安堵する。(だが、もう俺の失踪がニュースになってる可能性もあるのか…?)


その異常事態に、達也以上に激しく反応した者がいた。

「ひぃぃぃぃっ!? ま、また出た! あの光る板!! 中に小人がいるぞ! たくさん動いて喋ってる!! これは一体どういう魔術なんだ!?」

リリアは画面を指さし、完全にパニック状態だ。


「だ、大丈夫だって! これは魔術じゃない! ええっと…遠くの映像を映してるだけで…!」

達也はリリアをなだめようとするが、彼女は聞く耳を持たない。


しかし、達也自身も、画面から目が離せなくなっていた。自分が消えた後の、数日前の日本の出来事。流れてくるニュースの中には、地方ニュースの枠で、**「〇〇県の山中で、車中泊に向かったとみられる男性が行方不明。乗っていた軽キャンピングカーも発見されておらず、警察と消防が捜索中」**という、まさに自分のことと思われる報道も含まれていた。


(やっぱり報道されてる…! 家族は…心配してるだろうな…)

達也は、リリアの驚きを構う余裕もなく、食い入るようにテレビ画面を見つめ続ける。元の世界の「今」(数日前)を知ることができる唯一の手段。彼はその情報の断片を必死に追いかけ始めた。


達也は、自分の腕にしがみついて震えるリリアのことなど構う余裕もなく、食い入るようにテレビ画面を見つめ続けていた。エンジンをかけると現在の日本のテレビが映る――この異常な現象の意味を考えるよりも先に、画面から流れてくる情報が彼の心を捉えて離さなかった。


【[2023/05/01 (月) 15:25] JST】


画面では、落ち着いた雰囲気のニューススタジオから、アナウンサーが神妙な面持ちで原稿を読み上げていた。

「続いては、〇〇県で数日前から行方が分からなくなっている男性のニュースです。会社員のシバ・タツヤさん(28)が、週末に一人でキャンプに出かけたまま連絡が取れなくなっており、警察や消防が捜索を続けていますが、依然として手がかりは掴めていません。シバさんが乗っていたとされる自家用の軽キャンピングカーも、山中の道路から忽然と姿を消しており、警察は事件と事故の両面で捜査を進めています。ご家族は…」


(俺のことだ…! やっぱりニュースになってる! しかも、結構詳しく…!)


達也は息をのんだ。自分の名前、年齢(転生前の)、そして軽キャンピングカーのことまで報道されている。そして、画面が切り替わり、映し出されたのは――見慣れた自宅の玄関前で、憔悴しきった表情で取材に応じる、自分の両親の姿だった。


「息子が…タツヤが無事に戻ってきてくれることを、ただ祈っています…」

母親が涙ながらに語る姿を見て、達也の胸は張り裂けそうになった。心配をかけている。どれだけ悲しませているだろうか。


「……」

隣で「小人だ! 魔術だ!」と怯えていたリリアも、達也があまりにも真剣に画面を見つめ、表情を歪ませているのに気づいたのか、いつの間にか怯えるのをやめ、恐る恐る達也と一緒にテレビ画面を覗き込んでいた。言葉は分からなくても、画面の中の人物(達也の両親)が深く悲しんでいる様子は伝わったのかもしれない。彼女は不思議そうな顔で、画面と達也の顔を交互に見ている。


(まずい…! これ以上、リリアに見られるわけには…!)


両親の姿と、ニュースの内容。これ以上見られたら、自分の素性がバレてしまうかもしれない。達也は強い焦りを感じ、リモコンを探す余裕もなく、衝動的に運転席のキーを捻り、エンジンを強制的に停止させた!


ブスンッ!

エンジンが止まる音と共に、テレビ画面は一瞬で真っ暗になり、次の瞬間には**「ザーーーッ」という耳障りなノイズ音と共に、白と黒の粒子が激しく蠢く砂嵐の映像に切り替わった。車内はFFヒーターの作動音を除けば、再び静かになる。


「ひゃっ!?」

突然映像が消え、奇妙な砂嵐画面になったことに、リリアは再びびくりと体を震わせた。そして、混乱した目で、まだ動揺が隠せない達也を見た。


「タ、タツヤ!? い、今の…は何だったんだ!? あの箱の中の小さな人たちは、どこへ消えちまったんだ!? そして、この、目がチカチカするザラザラした絵と音は一体…!?」

リリアは矢継ぎ早に質問を投げかける。


「な、なんでもない! ちょっと調子が悪くなっただけだ!」達也は動揺を必死に隠し、しどろもどろに答える。


しかし、リリアは簡単には納得しない。彼女は達也のただならぬ様子と、先ほどまでの映像の内容(悲しそうな人々、そして達也自身の深刻な表情)を思い返し、何か重要なことを見たと感じているようだった。その赤い瞳が、疑念の色を深めて達也に向けられる。


達也はリリアの追及から逃れるように、慌ててテレビの(物理的な)電源ボタンを探し、砂嵐の画面を消そうとするのだった。


テレビの砂嵐画面をなんとか消したものの、車内には重く、気まずい沈黙が支配していた。リリアは、先ほどの映像と達也のただならぬ様子について、まだ何か言いたげに達也を見つめている。その赤い瞳には、強い疑念と好奇心が渦巻いている。達也は、リリアの視線から逃れるように俯き、どうやってこの場を切り抜けるか必死に考えていた。


(やばい…! あのニュースのこと、絶対何か感づかれてる…! このままじゃ、何を問い詰められるか…!)


もう限界だった。この重苦しい空気にも、リリアの探るような視線にも、そして自分自身の混乱にも。達也は半ばやけくそ気味に、勢いよく立ち上がった。


「あーもう! 知らん! 俺はシャワー浴びて寝る!」


唐突な宣言に、リリアはきょとんとした顔をした。

「え? シャワー? 」


「うるさい! 汗かいたんだよ! さっぱりしたいんだ!」

達也は完全に逆ギレモードで、タオルと着替えを掴むと、リリアの返事も待たずにキャンピングカーの外へと飛び出した。とにかく、今は一人になりたかったし、この気まずい空間から逃げ出したかった。


しかし、達也のそんな思いは、あっさりと打ち砕かれる。

「あ、待ってよー! じゃあ私も!」

リリアが、当然のように達也の後を追いかけてきたのだ!


「なんでアンタまで来るんだよ! 一人で入れ!」

「えー? だって、昨日のお湯、すっごく気持ちよかったんだもん! それに、夜の外は一人じゃ危ないかもしれないし? 私がついててあげるよ!」

リリアは悪びれもなく言いながら、達也の隣にぴったりとくっついてくる。


そして、お決まりの展開が始まった。

達也が外部シャワーでお湯を出し始めると、リリアは「わーい!」と喜び、達也が止める間もなく、あっという間に服を脱ぎ捨ててしまう。達也が「だからここで脱ぐな!」と真っ赤になって怒鳴っても、リリアは「いいじゃーん、誰も見てないってばー」と全く意に介さず、温かいシャワーを浴びてはしゃいでいる。


(もう…知るか……)


達也は抵抗する気力も失せ、半ば諦めの境地で、リリアとは反対側を向きながら、さっさと自分の体を洗い始めた。隣からはリリアの楽しそうな声と水音が聞こえてくるが、もう羞恥心を感じる余裕すらなくなってきていた。


この、もはや恒例行事となりつつある(まだ二回目だが)夜のシャワー騒動によって、先ほどまでのテレビの件や、アザリア政府の謎、吸血鬼の力といったシリアスな話題は、完全にうやむやになってしまった。達也はただただ疲れ果て、リリアは(少なくとも表面上は)シャワーに夢中だ。


シャワーを終え、疲れ切った達也がキャンピングカーに戻ると、やはりリリアにベッドへと引きずり込まれ、ぎゅっと抱きしめられたまま、今度こそすぐに意識を手放した。リリアの「おやすみー」という声が、遠くに聞こえた気がした。

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32話まで楽しく読ませて頂きました。 32話のカレーを食べるシーンですが、 『リリアは、カップラーメンやホットケーキとは全く違う、スパイシーで濃厚なカレーの味に、みたび衝撃と感動を覚えていた。』 …
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