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吸血鬼の力の恐るべき可能性

アザリアの衛兵たちが、単なる魔女狩りではなく、何か別の理由で自分を探しているかもしれない――その可能性は、達也の心を重くした。一刻も早く、この追っ手(かもしれない存在)から遠く離れた、自由都市リベルへたどり着きたい。その思いが、達也の中で急速に強まっていく。


しかし、同時に疑問も湧き上がる。なぜ自分なんだ? アイテムボックスやキャンピングカーがそれほどまでに危険視される理由があるのか? それとも…。


達也は、隣に座るリリアの横顔を盗み見た。彼女は窓の外を見ているようだったが、その表情はどこか硬く、何かを考え込んでいるようにも見える。


(こいつなら、何か知ってるかもしれない…)


意を決して、達也は再び小声でリリアに話しかけた。

「…なあ、リリア。今の噂の話だけど…アザリアの奴らが、魔女狩りだけじゃない理由で血眼になってるって…何か、心当たりでもあるのか? アンタ、吸血鬼なんだろ? そういう裏の事情とかに詳しかったりしないのか?」


その質問を投げかけた瞬間、リリアの肩がピクリと震えた。そして、ゆっくりと達也の方へ顔を向けたが、その顔からは血の気が引き、明らかに青ざめていた。赤い瞳は不安げに揺れ、いつもの悪戯っぽい光はどこにもない。


「……っ」リリアは何か言いかけたが、言葉にならないようで、一度唇を噛んだ。そして、動揺を隠すように俯き、震える声で、しかしはっきりと拒絶するように言った。


「……ごめん。…その話は、今は、やめて。リベルに着いたら……話せるかもしれない。でも、今は……だめ」


その声は重く、そしてどこか怯えているようにも聞こえた。達也の質問は、明らかに彼女が触れられたくない、何か深い部分に触れてしまったようだった。


(まずい……何か、本当にヤバいことを聞いちまったみたいだ…)


リリアのただならぬ様子を見て、達也はそれ以上何も聞けなくなった。後悔と、気まずさと、そしてリリアが隠しているであろう秘密への新たな疑念が胸の中に渦巻く。達也は「…わかった」とだけ短く答え、黙り込んだ。


それから一時間ほど、二人の間には針が落ちても聞こえそうなほどの、重苦しい沈黙が続いた。馬車はガタゴトと街道を進み、車窓を流れる景色も代わり映えしなくなり、達也は外を眺めるのにも飽きてきていた。リリアはずっと俯いたまま、膝の上で自分の手を固く握りしめている。


そんな重苦しい空気を破ったのは、前方に座る御者の威勢の良い声だった。


「おーい! 前を見な! あれが自由都市リベルだ! もう少しで到着だぞー! 長旅ご苦労さん!」


その声に、達也もリリアもハッと顔を上げた。馬車の窓から前方を見ると、丘の向こうに、これまで見てきたどの街よりも大きく、そして多様な様式の建物が立ち並ぶ、巨大な都市のシルエットが見え始めていた。城壁の色もアザリアとは違い、どこか開放的な雰囲気が感じられる。


御者の「もうすぐリベルだ」という声からしばらくして、馬車は速度を落とし、大きな街門へと近づいていった。達也が窓から見た自由都市リベルの門構えは、アザリアのそれと比べて威圧感が少なく、衛兵の数もそれほど多くないように見えた。様々な身なりの人々――屈強な冒険者風の男、ローブを着た魔術師らしき人物、尖った耳を持つエルフの姿、さらには獣のような特徴を持つ亜人まで――が、比較的自由に門を出入りしている。アザリアとは明らかに違う、緩やかで多様性に富んだ雰囲気が感じられた。


門番とのやり取りも形式的なもので、簡単な確認だけで馬車はスムーズに街の中へと入ることができた。達也は少しだけホッとする。


馬車は街の中心部ではなく、街の外れにある、だだっ広い馬車用の発着所に到着した。ここで乗客は解散となる。

「さて、着いたぞ! 長旅ご苦労だったな!」御者の声と共に、乗客たちが次々と降りていく。


達也もリリアに続いて馬車を降りた。リリアは特に何も言わず、達也の後ろをついてくる。達也は周囲を見回し、発着所から少し離れた、人通りの少ない倉庫の裏手のような場所を見つけた。


「ここで少し待ってろ」

達也はリリアに短く告げ、周囲に誰もいないことを念入りに確認してから、スマートフォンを取り出し(リリアには怪しまれないよう、ただ何かを取り出すフリに見せかけ)、意識を集中させた。――キャンピングカー、出現!


音もなく、巨大な白い箱が夜の闇(既に日は暮れていた)の中に姿を現す。何度見ても不思議な光景だが、リリアは以前ほどの驚きは見せず、ただ「…やっぱりすごいわね、あなたの力」とだけ呟いた。


「まあな」達也はぶっきらぼうに答え、キャンピングカーのサイドドアを開けた。「さ、入れよ。話があるんだろ?」


リリアは黙って頷き、先に車内へと乗り込んだ。達也も後に続く。ドアを閉めると、外の喧騒が嘘のように静かになった。達也は天井のLED照明をつけた。


リリアは車内のテーブル席に座り、俯いていた。先ほどの馬車の中での、青ざめた表情のままだ。達也も向かいの席に座り、リリアが口を開くのを待った。


しばらくの沈黙の後、リリアが顔を上げた。その赤い瞳には、深い後悔と、悲しみの色が浮かんでいる。

「…さっきの話の、続きだけど」リリアは低い声で話し始めた。「アザリアの騎士たちが血眼になってた理由…あれ、多分、私のせいだと思う」


「え…?」


「私……昔、大きな『吸血騒動』を起こしちゃったことがあるんだ。…まだ若くて、衝動の制御も下手だった頃にね。たくさんの人に迷惑をかけて、多くの血が流れて…結局、その街にいられなくなって、ずっと各地を転々としてる」

具体的な内容は語られなかったが、その言葉には重い後悔が滲んでいた。


そして、リリアは顔を上げ、さらに深刻な表情で付け加えた。

「アザリアの騎士たちが血眼になってたのは、もしかしたら単に私の匂いを嗅ぎつけただけじゃないかもしれないんだ」


「え…? どういうことだ?」


「噂だけどね…」リリアは声を潜めた。「あそこの騎士団とか、その上の偉い人たちは、私たち吸血鬼が…その…血を吸った後に得られるっていう、よく分からない『不思議な力』について、何か躍起になって調べてるって話があるんだ。それがどんな力なのか、本当にあるのかさえ定かじゃないんだけど…」


リリアはそこで一度言葉を切り、さらに声を低くして、まるで禁忌に触れるかのように続けた。

「その噂によればね…吸血鬼が、特に純粋な、強い生命力を持つ者の生き血を大量にすすった時、その力と存在が大きく変質するらしいんだ。まず、容姿が一時的に(あるいは完全に?)成熟した大人のものへと劇的に変わり、そして……信じられないくらい莫大な力が手に入るって」

彼女はゴクリと唾を飲み込む。

「古い伝承や、禁書に残された記録では、その力はかの空飛ぶ脅威、ドラゴンでさえも容易くほふるほどだって……。まあ、ただの伝説かもしれないけどね」


リリアの声には、その強大すぎる力への畏怖と、そして生理的な嫌悪感のようなものが混じっていた。まるで、そんな力など存在しない方が良い、とでも言いたげに。


(大人の姿に…変わる…? ドラゴンを…倒せるほどの力…!?)

達也は、その荒唐無稽にも聞こえる話に、背筋が凍りつくのを感じた。自分がもし血を吸ったら、この少女の姿から、さらに別の、自分ではない「何か」に変わり果て、そんな恐ろしく強大な力を手にしてしまうというのか? それはもはや、力を得るとかそういうレベルではなく、存在そのものが変質してしまうような、底知れない恐怖を感じさせた。アザリアの連中が血眼になるのも無理はないのかもしれない。そんな力が本当に存在するのなら、どの国の権力者だって欲しがるだろう。


「私のせいで、あなたまで『魔女』だと疑われたのは、多分そういう事情も絡んでるんだと思う…。本当に、ごめん」

リリアは改めて深く頭を下げた。


そして、顔を上げ、真っ直ぐに達也の目を見て、真剣な表情で言った。

「だから…本当なら、あなたは私と離れた方が絶対に安全だ。私と一緒にいると、そういう力を求める連中にも本格的に目をつけられるかもしれない」

でも、と彼女は続ける。その声は少し震えていた。

「それでも…私は、あなたと一緒に行きたいんだ。だって、せっかく出会えたんだよ? 私と同じ…かもしれない、特別な存在に。一人でいるのは、もう…嫌なんだ。それに、あなたのその不思議な力や、故郷のことも、もっと知りたいし…」

リリアは懇願するように達也を見た。「…ダメ、かな?」


吸血鬼の力の恐るべき可能性と、それに伴う危険性。そして、リリア自身の孤独と切実な願い。あまりにも重い情報と感情が、達也の肩にのしかかる。彼は、リリアの赤い瞳を見つめ返し、どう答えるべきか、深く、深く考え込んでいた。

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