慎重というか臆病
望遠鏡で捉えたローブの人影。単独行で、装備も質素に見えるが、達也にはその人物が友好的なのか、敵対的なのか判断する材料が全くなかった。
(下手に接触して襲われたら、今の俺じゃひとたまりもない。ここはやり過ごすのが最善手だ)
慎重な達也は、即座に隠れることを選択した。相手がまだ遠くにいるうちに素早くルーフから降り、軽キャンピングカーの中に滑り込む。念のため、全てのドアロックと窓のカーテンを閉め、息を殺して外の様子をうかがった。
キャンピングカーの小さな窓の隙間から、竜也はその人影が近づいてくるのを見ていた。心臓がドクドクと嫌な音を立てる。
(頼む、気づかずに通り過ぎてくれ…!)
しかし、達也の願いは届かなかった。ローブの人物は、明らかにこの奇妙な金属の箱のキャンピングカーに興味を示したのか、迷いのない足取りでまっすぐにこちらへ向かってくる。距離が縮まるにつれて、相手の姿も少しずつはっきりしてきた。
背はそれほど高くない。フードを目深にかぶっているため顔は見えないが、体つきは細身に見える。腰には剣のようなものを下げているのが見えた。
(まずい、武器を持ってる…!)
達也の警戒心は最大に達した。アイテムボックスから、護身用に購入した催涙スプレーと、一番頑丈そうなレンチをこっそり取り出し、手に握りしめる。狭い車内で、どう立ち回ればいいか、頭の中で必死にシミュレーションする。
やがて、足音がすぐそばで止まった。コツ、コツ、とキャンピングカーの側面を軽く叩く音がする。
「…ごめんください。どなたか、いらっしゃいませんか?」
静かだが、よく通る声。性別は…女性のようだ。しかし、達也は油断しない。
応答はない。静寂が車内を支配する。達也は息を詰め、相手の次の出方を待った。
「…奇妙な形の馬車、だろうか? 見たことがないが…」
少し独り言のような声が聞こえる。どうやら、このキャンピングカーが珍しくて近づいてきたようだ。
「もし中に誰かいるなら、返事をいただけると助かるのだが。私は通りすがりの傭兵で、少し道に迷ってしまってね。この辺りの地理について伺いたいのだが…。聞こえているだろうか?」
傭兵? 道に迷った? 言葉の内容は先ほどと変わらないが、達也がいると確信しているわけではなさそうだ。達也は黙ったまま、さらに様子をうかがう。
「……。」
しばらくの間があった。外の傭兵は、諦めたようにため息をつく気配がした。
「…やはり誰もいないか。まあ、こんな草原の真ん中に都合よく人がいるわけないか。物珍しい馬車だったから、つい期待してしまった。仕方ない、もう少し進んでみよう…」
そう呟くと、傭兵はキャンピングカーから離れていくような足音を立て始めた。
(行っちまう…!)
このまま行かせてしまえば、せっかくの情報を得るチャンスを逃すことになる。燃料の問題もあるし、この世界について何も知らないままでは、いずれ立ち行かなくなる。リスクはある。だが…
(ええい、ままよ!)
達也は意を決した。
「待て!」
なるべく低い声を作り、ドア越しに声を張り上げた。
ピタリ、と外の足音が止まる。驚いたような気配がドア越しに伝わってきた。
「…! やはり、誰かいたのか!」
傭兵の声に、安堵と警戒が入り混じったような響きが乗る。
「何の用だ、と言ったはずだが」達也は努めて冷静に、そしてぶっきらぼうに問い返した。
「ああ、すまない。先ほども言ったが、私は傭兵で、道を探している。もしよければ、少し話を伺えないだろうか?」
外の傭兵――マリアと名乗るかもしれない相手――の声には、驚きと共にわずかな安堵が感じられた。しかし、達也は警戒を緩めない。
「待てと言ったのは俺だ。だが、信用できる相手かどうかは別問題だ」ドア越しに、達也は疑念を隠さずに言った。「お前は何者だ? 名前と、その『傭兵』とやらについて詳しく聞かせてもらおうか」
外で、マリアが小さく息をのむ気配がした。いきなり尋問のような口調に面食らったのかもしれない。
「…ずいぶんと警戒心が強いのだな。まあ、無理もないか、こんな場所で奇妙な馬車(?)に乗っているのだから、事情があるのだろう」マリアは少し困ったような、それでいて落ち着いた声で答えた。「私の名前はマリア。見ての通り、しがないフリーの傭兵だ。特定の国や騎士団に所属しているわけじゃない」
「フリーの傭兵…」達也は眉をひそめる。便利屋のようなものか、それとも単なるごろつきか。判断がつかない。「それで、そのフリーの傭兵様が、こんな何もない草原で何を?」
「だから言っているだろう、道に迷ったのだ」マリアは少し語気を強めたが、すぐに冷静さを取り戻した。「私は今、アザリアという町を目指している。新しい仕事を探しにね。地図では近くに街道があるはずだったのだが…どうも見当たらない。それで、この辺りの地理に詳しい人がいないか探していたところ、君のその…乗り物を見つけたというわけだ」
アザリア。初めて聞く町の名前だ。達也は頭の中でその名前を反芻する。
(アザリア…ね。仕事を探してるフリーの傭兵、マリア。話が具体的になってきたが、まだ信用するには早い。嘘をついている可能性もある)
達也はさらに問い詰める。
「アザリアはどの方角にあるんだ? お前が元々いた場所はどこだ?」
「アザリアはこの方角…北東のはずだ。私は南西の商業都市リューンから来たのだが…」マリアは少し歯切れ悪く答えた。「正直に言うと、途中でちょっとしたトラブルがあってな。それで予定のルートから外れてしまったんだ」
トラブル、という言葉に達也の警戒アンテナが反応する。
「トラブル? どんなトラブルだ?」
「…それは傭兵の守秘義務というものがあってね。依頼主に関わることは話せない。だが、君に危害を加えるような類のものではないと誓っていい」マリアはきっぱりと言った。
(守秘義務、か。本当かもしれないし、都合のいい言い訳かもしれない…)
達也は腕を組んで考える。マリアと名乗る傭兵の話は、辻褄が合わないわけではない。しかし、全面的に信用するにはまだ情報が足りない。




